インテリジェンスタクシー

源燕め

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第一章

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「しまった。飲みすぎたな」
 池袋駅、午前一時二十分。
 とっくに埼玉方面の終電は出た後だった。
 地元の後輩と偶然駅前で会い、一緒に飲むことになった。旬の秋刀魚をつつきながらの熱燗。すっかり秋の風情だ。彼の仕事の話が面白く、ついつい酒が進んでしまった。嫁には、遅くなると連絡したが、さすがに朝帰りはまずいだろう。
 俺は、スーツの袖を少し上げ、ついさっき後輩からもらった、腕時計型のモバイルデバイスに目をやった。
 見た目は、これまでにもあった商品に似ているが、これを開発した後輩の話によると、腕の微弱な電流から脳波を検知することができるらしい。ようやく試作品ができあがったので、パイロットテストに参加しないかと持ちかけられた。
『タクシー』
 わざと声にださず、軽く念じてみた。
 しかし、時刻が表示されているだけの画面は、何の変化も起きなかった。
「なんだ、不良品か。いや、未完成ってとこか」
 早々に諦めて、タクシー乗り場に向かおうと、足を踏み出した。
 そのとき、俺の脇にタクシーが静かに停車し、後方のドアが開いた。
「お、ラッキー」
 そのときは、たまたま近くにいたタクシーが気を利かせたんだと思った。座先に乗り込もうとしたとき、運転席から声がかった。
「このたびは、ご依頼ありがとうございます」
「え?」
「お手元のデバイスから、脳波を検知させていただきました」
 俺はおもわず、腕にはめたデバイスに目をやった。画面はただ時間を表示しているだけで変化はない。ただ、『タクシー』と思っただけで、タクシーを呼べるというのなら、大した発明だ。
「インテリジェンスタクシーのご利用、誠にありがとうございます。本日は、大塚五郎がご案内いたします」
 運転席からは男の声がする。しかし、人の気配はない。
 シートベルトに手をかけていた俺は、少し体を乗り出して運転席を覗き込んだ。
 誰もいない。
 そこにあるのは、子どもが抱きかかえるくらいの大きさのクマのぬいぐるみが、シートベルトを締めて座っている。
 最近ニュースになっていた、自動運転タクシーか。運転席に座らせないために、こんなことをしているのだろう。
 どうやら、飲みすぎて、幻聴が聞こえたのかもしれない。
「恐れ入りますが、シートベルトをお願いします」
 運転席に座ったクマから、はっきりとした声が聞こえる。
「あれ、空耳じゃないよな? あんた大塚五郎って言ったよな、さっき」
「はい。当社では、お客様に親しみをもっていただけるように、AIにも従業員名をつけております。私は大塚営業所所属の5台目のタクシーですので、大塚五郎と名乗っております」
「はは、じゃあ、六郎とか、七郎とかもいるんだ?」
「いえ、六実と、七緒です」
「そこは、女子? なんで?」
「さあ、開発者に聞いてみないことには…。お客様、発車いたします」
 後方から車が迫り、軽くパッシングされている。とにかく車を動かす必要がありそうだ。
 車が動き出した途端、その揺れで急に眠気が襲ってきた。慣れない日本酒を飲んだからだろう。行き先を言わないとと思ったが、一度沈みかけた意識を浮上させることはできなかった。
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