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190・青い満月の夜に
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ディアマンテ=ジルコニアス=エーデルシュタイン王子が翼人族との決闘に打ち勝ち、見事に国の平和を守り抜いた。
城に届けられたそのニュースは、たちまちのうちに国中を駆け巡った。夜も遅くに鳴り響いた朗報は、町にお祭り騒ぎをもたらし、酒場を賑わせ、歓喜を歌わせ、商売のチャンスを嗅ぎ取ったトパシオを西へ東へと走らせた。
詰めかける賓客や新聞屋をいなし、決闘の疲れと傷を癒したい、という口実で、早々に自室へと帰還したはずの英雄ディアマンテ殿下は──
どういうわけか、ってかむしろ俺だけは理由知ってんだけど、とにかく現時刻をもって、俺の部屋に鎮座ましましている。
嵌め殺しの窓からは、まんまるの青い月が覗いている。テーブルに置かれたランプの上で、白い火が時折揺らめいている。そしてジルコンはその灯の向こう側、俺と斜めに向かい合う位置のソファに悠然と腰を下ろしている。
たぶん彼の目から見た俺は、緊張で死にそうな顔をしてるんだと思う。両の膝に置いたげんこつが、ガチガチに固まったままぴくりとも動かない。や、だって俺、こういうときどんな顔すればいいのかわからないもの。一応、一応ね、ジルコンが来る前に先にシャワーだけは浴びてきましたけども! でも何を期待してってわけでもなくて、いやでももしジルコンがそう望むなら、やぶさかではない決意もきっちり固めては参りましたけども!!
「チュー太郎」
「ヘィ!!」
突然名前を呼ばれて、またしても喉から変な音が飛び出した。しまった。最悪。このシーンでヘィはねえだろ丁稚の小僧かよ。だがジルコンは珍しくぴくりとも笑わずに、俺に向かって片手を差し出してみせる。
「決闘の傷が少々残っていてな。回復を頼めるか」
「あ、ハイ……って、傷!?」
「ああ」
「まだ傷残ってんのかよ!! だったら俺じゃなくて、もっとちゃんとした医者にっ」
「いや、大事はない。大方の負傷はスマラクトの治療で完治している。小傷を一つ忘れていただけだ」
「な、なんだ、よかった」
ジルコンが裏返してみせた手の甲には、地面に擦ったようなすり傷がついていた。血は止まっている。これくらいなら俺でもなんとかなるだろう。
「ん、じゃあ、見して」
「ああ」
ジルコンの手を俺の手の上に置いて、傷に向けて手をかざす。なんか、前にもこういうことあったな。あれは確か、翼人たちが襲来してすぐ後のことだっけ。重ねた手はあのときと同じように温かくて、心臓もあのときと同じくらいにドキドキしている。ただ、俺とジルコンの関係は、あのときよりちょっとは、進んだ。
「……あ」
ジルコンが、俺の手を包むように指を折り込んだ。思わず顔を上げる。銀の瞳は真摯な、けれどほんの少しだけ不安そうな色で、まっすぐに俺を見つめている。
ほんのわずかなためらいは、揺れる火みたいなその目に焼かれて消えた。
大きく骨張ったジルコンの手のひらを、俺はおずおずと握り返した。
城に届けられたそのニュースは、たちまちのうちに国中を駆け巡った。夜も遅くに鳴り響いた朗報は、町にお祭り騒ぎをもたらし、酒場を賑わせ、歓喜を歌わせ、商売のチャンスを嗅ぎ取ったトパシオを西へ東へと走らせた。
詰めかける賓客や新聞屋をいなし、決闘の疲れと傷を癒したい、という口実で、早々に自室へと帰還したはずの英雄ディアマンテ殿下は──
どういうわけか、ってかむしろ俺だけは理由知ってんだけど、とにかく現時刻をもって、俺の部屋に鎮座ましましている。
嵌め殺しの窓からは、まんまるの青い月が覗いている。テーブルに置かれたランプの上で、白い火が時折揺らめいている。そしてジルコンはその灯の向こう側、俺と斜めに向かい合う位置のソファに悠然と腰を下ろしている。
たぶん彼の目から見た俺は、緊張で死にそうな顔をしてるんだと思う。両の膝に置いたげんこつが、ガチガチに固まったままぴくりとも動かない。や、だって俺、こういうときどんな顔すればいいのかわからないもの。一応、一応ね、ジルコンが来る前に先にシャワーだけは浴びてきましたけども! でも何を期待してってわけでもなくて、いやでももしジルコンがそう望むなら、やぶさかではない決意もきっちり固めては参りましたけども!!
「チュー太郎」
「ヘィ!!」
突然名前を呼ばれて、またしても喉から変な音が飛び出した。しまった。最悪。このシーンでヘィはねえだろ丁稚の小僧かよ。だがジルコンは珍しくぴくりとも笑わずに、俺に向かって片手を差し出してみせる。
「決闘の傷が少々残っていてな。回復を頼めるか」
「あ、ハイ……って、傷!?」
「ああ」
「まだ傷残ってんのかよ!! だったら俺じゃなくて、もっとちゃんとした医者にっ」
「いや、大事はない。大方の負傷はスマラクトの治療で完治している。小傷を一つ忘れていただけだ」
「な、なんだ、よかった」
ジルコンが裏返してみせた手の甲には、地面に擦ったようなすり傷がついていた。血は止まっている。これくらいなら俺でもなんとかなるだろう。
「ん、じゃあ、見して」
「ああ」
ジルコンの手を俺の手の上に置いて、傷に向けて手をかざす。なんか、前にもこういうことあったな。あれは確か、翼人たちが襲来してすぐ後のことだっけ。重ねた手はあのときと同じように温かくて、心臓もあのときと同じくらいにドキドキしている。ただ、俺とジルコンの関係は、あのときよりちょっとは、進んだ。
「……あ」
ジルコンが、俺の手を包むように指を折り込んだ。思わず顔を上げる。銀の瞳は真摯な、けれどほんの少しだけ不安そうな色で、まっすぐに俺を見つめている。
ほんのわずかなためらいは、揺れる火みたいなその目に焼かれて消えた。
大きく骨張ったジルコンの手のひらを、俺はおずおずと握り返した。
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