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186・ふつつかなオタクですが

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 伸べられたジルコンの骨張った手に、ためらわず俺の手を乗せた。その手がぐっと握られ、ジルコンに向かって引き寄せられた──と思った、瞬間。

「わぁっ!?」

 視界がぐるんと回った。同時に体がふわっと宙に浮き、慌てて手近なとこにしがみつく。目に飛び込んできたのは星空と、俺を見下ろすジルコンの顔。
 一瞬後に状況を把握した。腰と膝裏を支えているジルコンの両腕の感触。いつの間にか彼の首に回っている俺の腕。全身を包むなんとも言えない、けれどどこか安心できる浮遊感。えーっと、これはもしかしなくても、いわゆるひとつのお姫様抱っこってやつですね!?

「ちょちょちょちょ、ま、へぇ!? えぇえええ!?」
「煩い。暴れるんじゃない」
「やっ、だっ、ひ、人が見てらしてよ!?」

 や、嫌ってわけじゃねえけど、断じて嫌ってわけじゃねえけど! それにしてもなんつーかその、タイミングとか心の準備とかあるわけで!!
 びちびちと体をくねらせる俺に、外野からヤジが飛んでくる。

「……ハッ。王子と姫ってよりは、釣り人と人面魚だな」
「誰が人面魚だコラァ!!」

 反射で言い返してから、あ、と動きを止める。復活後の開口一番から減らず口を叩きやがったのは、フォルコだ。エイグルに肩を支えられながら、なんとかかんとかって感じで身を起こしている。翼の傷に宿るほのかな光は、エイグルの回復魔法だろうか。
 俺を抱き上げたままのジルコンは、その体勢を一切恥じることもなく、悠然とフォルコを見下ろした。

「では、約束通りこいつは俺が頂く。ついでに北の森の支配権もな」
「あーあー、好きにしな。ただそいつの意志がどうなのか、オレには知ったこっちゃねえけどよ」
「え、お、俺?」
「……ふむ」

 思わず上げた顔の先、ジルコンの瞳とバッチリ目が合った。もの言いたげな、しかしちょっとばかし圧を感じる瞳が、俺の目をじっと見つめている。

「確かに、一理あるな。どうなんだ、チュー太郎」
「あ、ぇ」

 口ごもりかけたところで、ごくりと唾を飲んだ。いやもう、常々思うけどデリカシーがないのよ。もっと雰囲気とか俺の気持ちとか大事にして? ゴーイングマイウェイは美徳じゃないのよ?
 ……ま、でも。
 約束しちゃったし。この戦いが無事に終わったら、ってフラグもきっちり回避したことだし。
 つーか、そもそも。仮に約束なんてしなくても、心はもう、決まってるし。

 そっと手を伸ばして、ジルコンの頬に触れた。今の俺にはここまでが精一杯です。これ以上のスキルを使うには経験値が足りないです。この先は対戦よろしくお願いします、ってことで。
 息を吸って、吐いて、もう一回吸って。決意を込めて、口を開いた。

「ふ……ふつつかなオタクですが、よろしく……お願いしマス。や、優しくしてね?」
「ククッ。保証はできんな」
「嘘ぉ……」

 情けない声でそう呟いて、へにょへにょと眉を下げた俺に。
 俺のSSRキラキラ王子様は、楽しげに声を上げて笑った。
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