上 下
182 / 200

180・キセキも魔法も、ないリアル

しおりを挟む
「くっはははぁっ!!」

 遠距離から翼を振るいつつ、フォルコが高らかな笑い声を上げた。

「苦しいかあ、苦しいなあ王子様よぉ!! あんだけヨチヨチしてもらった手前、ここで勝たなきゃ格好つかねえのによお!! ええ、どうすんだ!?」

 狂気じみたその叫びは、しかし嫌らしいくらい的確に痛いところを突いてきやがる。羽弾を落とし、影ジルコンと剣を打ち交わすジルコンは、あからさまな煽りにも表情を変えない。だが額には汗が浮いているのが見てとれた。戦況は、防戦一方。見ている俺の方が勝手に焦る。

「く、くそう、てか卑怯だろその羽根! 影任せにしてないでお前が来いよお前がー!」
「ハッ、小ネズミが泣き言かまし始めたぜ! 不甲斐ねえなあ、王子様!」
「ぐぬぬぬぬ……!」

 ダメだ。野次さえ煽りの種にされちまう。唇を嚙みしめる俺の少し後ろで、ミマがぽつりと呟いた。

「やっぱり、無理なんだよ」
「ああ!?」

 思わず語気荒く振り返る。こんなときにまで嫌味かよ。あるいは俺に対する皮肉のつもりか。しかしミマは意外にも真剣な、少し悲しげな視線を地に落としている。

「現実的に考えてみなよ。ジルコン様と同じ力を持った影と、疲弊しているとはいえ超人的な魔力と身体能力を持った翼人のフォルコ。実質二人を相手にして、どうやってジルコン様が勝つっていうの」
「そ、それは……でも、だって、ジルコンならなんとかしてくれるって!」
「ないね。お前だって言ってただろ。人生はままならない。奇跡なんて、そうそう起こるもんじゃない。僕らにとってはもう……目の前にあるこの世界こそが、現実だって」
「うぐっ……」

 淡々と語るミマの表情に、俺に対する悪意は見えない。あるのはむしろ、諦めだ。しょせん現実なんてそんなもん。奇跡なんて期待する方が間違ってる。そんな、かつての俺自身にもよくよく覚えがある感情。ミマのそれが伝染したかのように、俺の視線も重たく落ちていく。
 そのとき。

「殿下っ!?」

 耳をつんざく悲鳴に、ハッと顔を上げた。声の主であるランジンは、舞台際から今にも駆け上がらんばかりに身を乗り出している。その視線の先、ジルコンの左肩口あたりに、フォルコの撃ち出した羽が深々と突き刺さっている。

「ぐ……っ」
「ジルコンッ!?」
「ハハッ、痛ってぇなあ王子様! この先もっと痛くなるぜえ!! どうする、降参するか!?」

 フォルコは舌なめずりをしながら問いかける。赤い血に染まった肩章を、庇うように体勢を変えたジルコンは、それでも剣を構える手だけは下ろさない。

「つくづくよく喋る男だ。俺がそうすると思うか」
「ハッ、だよなあ! んじゃ、お望み通りに!!」
「ジル……ッ!!」

 反射的に舞台に跳ね上がりかけて、寸前で踏みとどまった。ダメだ、んなことしたら今度こそジルコンが失格になる。急ブレーキをかけた足が、意志とは無関係にたたらを踏んだ。
 と。その拍子に俺の腰から、ちゃり、と音を立てて何かが落ちた。見るとズボンのベルトに、財布代わりに結び付けていた麻袋がほどけている。袋の口から何枚かのコインと、かすかな虹色の光がこぼれ出しているのが見えた。

「……あ」

 その輝きを目にした瞬間。頭の中に、ひとつの選択肢が浮かんだ。
 いやむしろ──選択、なんて名ばかりの、一択しかない道筋が。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女体化したおっさんの受難

丸井まー(旧:まー)
BL
魔法省に勤めるアルフレッドは部下のコーネリーのトチ狂った魔法に巻き込まれて女の身体になってしまった。魔法をとく方法は出産すること。アルフレッドの元に戻る為のドタバタ騒ぎ。 ※おっさんが女体化してます。女体化エロあります。男同士のエロもあります。エロは予告なしです。全53話です。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

恋愛
いつの間にか異世界に転移してしまった沙紀は森で彷徨っていたところを三人の騎士に助けられ、その騎士団と生活を共にすることとなる。 後半からR18シーンあります。予告はなしです。 公開中の話の誤字脱字修正、多少の改変行っております。ご了承ください。

美醜逆転世界でフツメンの俺が愛されすぎている件について

いつき
BL
いつも通り大学への道を歩いていた青原一樹は、トラックに轢かれたと思うと突然見知らぬ森の中で目が覚める。 ゴブリンに襲われ、命の危機に襲われた一樹を救ったのは自己肯定感が低すぎるイケメン騎士で⁉︎ 美醜感覚が真逆な異世界で、一樹は無自覚に数多のイケメンたちをたらし込んでいく!

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

処理中です...