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171・舞台は闇に包まれて
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夜の帳が、世界に下りる。
円形の武舞台を中心に据えた、すり鉢状の闘技場。そこここでかがり火がゆらりと燃えている。長く伸びた影が月が生んだそれと重なって、舞台上により深い闇を作り出す。
あの日と同じ宵闇の舞台に、しかし観客はひとりもいない。決闘の日時と場所は一握りの人々にしか知らされていない。見届けるのは舞台脇に居並ぶ俺たちと、翼人側の数名だけだ。そしてもう一つあの日と違うのは、そこに立っている二人の王子。
ジルコンと、フォルコ。
石造りの円台の両端に、二人は距離を置いて対峙する。ジルコンは帯剣しているが、フォルコの手に武器の類は見られない。生まれ持った爪と魔力だけで十分、ってことだろうか。その爪が鉄並の硬度を持っていることは、俺も自分の身をもって知っている。
さっきまでのジルコンと同様、フォルコにも緊張らしきものは見て取れない。どころかなんとなく楽しそうですらある。そういや決闘は散々やってきたとか言っていた。慣れてるのか。慣れんなよ、そんなもん。
「よう、立会人さんよ」
「は、はヒッ」
いきなりフォルコの名指しを受けて、コラルが華奢な肩を震わせた。今のコラルは人間態を取って、ステージの真横に立っている。人間でも翼人でもない中立の種族として、本日の立会人に選ばれたのが彼だ。……正直、不安は否めない。
桃色の大きな瞳を半ば潤ませて、不安そうに舞台を見上げるコラルに、フォルコは嘲るような笑いを向ける。
「お前、さっきまでそっちの控え室で油売ってたらしいじゃねえか。大丈夫かよ? オトモダチ贔屓は見過ごせねえな」
「なっ! し、失礼な、ですぅ! ハイフェン族王子の名に賭けて、判断に私情を持ち込むことは絶対にないですぅ!」
「へぇ? ってことは、私情があんのは認めるわけだ。ニンゲンに狩られまくった妖精の王子様が、ずいぶん心の広いこった」
「なっ……! そ、それはっ……ボクはっ……!!」
唇を噛むコラルの肩に、ミマが宥めるように手をかける。ハッと驚いて振り向くコラルに、フォルコは舞台上からもう一度嘲笑を浴びせた。
「はっ。ま、いじめんのはこんくらいにしておくか。とびきりのメインディッシュが待ってることだしよ」
そう言ってジルコンに向き直る。挑発を受けたジルコンはしかし表情を変えない。
「最後にルール確認だ。武器と魔法の使用は自由。逃げ回んのはこの場内まで。どちらかの戦闘不能、もしくは降参をもって決着とする。当然、生きても死んでも恨みっこなし。で、いいよな?」
「ああ。だが、こちらとしては極力貴殿を死に至らしめるつもりはない」
「へえ。何故?」
ぴくりと眉を上げたフォルコに、ジルコンはいつも通りの微笑を送った。
「我が国と翼人族との関係が、今以上に悪化するのは困る。俺の今後に支障が出るからな」
「……はっ。その余裕ヅラ、いつまで続けられるかな」
とか言いつつフォルコの口端が、ほんの少しだけ不快そうに歪んでいるのを俺は見逃さなかった。いいぞ! もっと言ってやれ! ……なんて野次は心の中にしまいつつ。
夜風が渦を巻いて吹き流れる。
決闘が始まる。
色濃い闇を、その足元に湛えて。
円形の武舞台を中心に据えた、すり鉢状の闘技場。そこここでかがり火がゆらりと燃えている。長く伸びた影が月が生んだそれと重なって、舞台上により深い闇を作り出す。
あの日と同じ宵闇の舞台に、しかし観客はひとりもいない。決闘の日時と場所は一握りの人々にしか知らされていない。見届けるのは舞台脇に居並ぶ俺たちと、翼人側の数名だけだ。そしてもう一つあの日と違うのは、そこに立っている二人の王子。
ジルコンと、フォルコ。
石造りの円台の両端に、二人は距離を置いて対峙する。ジルコンは帯剣しているが、フォルコの手に武器の類は見られない。生まれ持った爪と魔力だけで十分、ってことだろうか。その爪が鉄並の硬度を持っていることは、俺も自分の身をもって知っている。
さっきまでのジルコンと同様、フォルコにも緊張らしきものは見て取れない。どころかなんとなく楽しそうですらある。そういや決闘は散々やってきたとか言っていた。慣れてるのか。慣れんなよ、そんなもん。
「よう、立会人さんよ」
「は、はヒッ」
いきなりフォルコの名指しを受けて、コラルが華奢な肩を震わせた。今のコラルは人間態を取って、ステージの真横に立っている。人間でも翼人でもない中立の種族として、本日の立会人に選ばれたのが彼だ。……正直、不安は否めない。
桃色の大きな瞳を半ば潤ませて、不安そうに舞台を見上げるコラルに、フォルコは嘲るような笑いを向ける。
「お前、さっきまでそっちの控え室で油売ってたらしいじゃねえか。大丈夫かよ? オトモダチ贔屓は見過ごせねえな」
「なっ! し、失礼な、ですぅ! ハイフェン族王子の名に賭けて、判断に私情を持ち込むことは絶対にないですぅ!」
「へぇ? ってことは、私情があんのは認めるわけだ。ニンゲンに狩られまくった妖精の王子様が、ずいぶん心の広いこった」
「なっ……! そ、それはっ……ボクはっ……!!」
唇を噛むコラルの肩に、ミマが宥めるように手をかける。ハッと驚いて振り向くコラルに、フォルコは舞台上からもう一度嘲笑を浴びせた。
「はっ。ま、いじめんのはこんくらいにしておくか。とびきりのメインディッシュが待ってることだしよ」
そう言ってジルコンに向き直る。挑発を受けたジルコンはしかし表情を変えない。
「最後にルール確認だ。武器と魔法の使用は自由。逃げ回んのはこの場内まで。どちらかの戦闘不能、もしくは降参をもって決着とする。当然、生きても死んでも恨みっこなし。で、いいよな?」
「ああ。だが、こちらとしては極力貴殿を死に至らしめるつもりはない」
「へえ。何故?」
ぴくりと眉を上げたフォルコに、ジルコンはいつも通りの微笑を送った。
「我が国と翼人族との関係が、今以上に悪化するのは困る。俺の今後に支障が出るからな」
「……はっ。その余裕ヅラ、いつまで続けられるかな」
とか言いつつフォルコの口端が、ほんの少しだけ不快そうに歪んでいるのを俺は見逃さなかった。いいぞ! もっと言ってやれ! ……なんて野次は心の中にしまいつつ。
夜風が渦を巻いて吹き流れる。
決闘が始まる。
色濃い闇を、その足元に湛えて。
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