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169・約束

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 自分を鼓舞するように、深く息を吸って、吐く。怪訝そうにしているジルコンに一歩踏み出して、濡れた髪の毛に手を伸ばした。
 思えば俺が初めて彼を認識したのも、この髪の毛の輝きが目に入ったからだった。太陽を浴びた海のきらめきみたいに、すべての色を含んで乱反射するこの光。
 指先でそっと、髪の先端に触れた。ジルコンははっと息を呑んで、黙ったまま俺を見下ろしている。毛先から垂れた雫が一粒、吸い込まれるように俺の指を伝う。

「……あのさ」
「ああ」
「あの、……あのさ……」

 一瞬、今、この瞬間に言ってしまおうかとも思った。そうじゃなきゃ俺はまた逃げたくなるかもしれない。またしてもくよくよいらんことばっか考えて、一人で間違った出口にたどり着いてしまうかもしれない。そうなる前に、今、って。
 でも、そんな理由でジルコンに伝えてしまうというのなら、それはそれで別の逃げ方を選んだだけだ。
 なら──俺は。
 とっくに限界突破している心臓を、抑えるようにふーっと息を吐いた。髪の先にとらわれていた視線を、ジルコンの瞳にまっすぐ向ける。

「……勝ってくれよ。約束」

 微笑んで言ったその言葉に、銀の瞳孔がわずかに開く。

「当然だ」

 間髪入れず返すジルコンが浮かべていたのは、見慣れたいつもの不敵な笑みだった。



 決戦の場として定められたのは、闘技場。トパシオに乗せられて俺たちが激戦を演じた、例のあの闘技場だ。
 初め俺が疑問に思ったのは、俺たちの領内でやっていいもんなの、ということだ。この決闘は俺たちにとっても一大事だが、向こうにとってはそれ以上だ。人間側のテリトリーで行うなんて、普通難色を示すもんだろう、と。
 だが話を聞いてみれば、翼人たちにとってもこの会場は都合がいいらしい。闘技場は城下町の中心部からはやや外れたところにあり、屋根がなく、近くに高い建物も少ない。つまり潜んだ弓兵に、矢を射掛けられるような不安も少ない。万一の時は飛んで逃げるさ、とはフォルコの弁だ。つくづく舐められたもんだとは思うが、実際翼人ならそれくらいやってのけるのは、彼らが会談の場に現れた時点で見せつけられている。
 余談として。トパシオは最後の最後まで、ぜひとも観客を入れたいとゴネまくっていた。国の一大事に何言ってんだって感じだけど、まあ、あいつらしいっちゃらしい。当然全員の反対にあって却下されたけど。唯一フォルコだけは最初ちょっと乗り気だったけど、血相を変えたエイグルに怒られまくって渋々鞍替えした。正直、トパシオとフォルコの組み合わせは混ぜるな危険の予感しかしねえ。

 とにかく、そういういきさつを経て。
 とうとうやってきた、決戦の日の朝。
 あの日ランジンとこもった控え室に、今日の俺はジルコン、そして騎士団のみんなと一緒に詰めている。
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