上 下
168 / 200

166・火の玉正論ストレート

しおりを挟む
 ほんの一瞬、何か言いたげな間を置いたあと。サフィールはすっと元の真顔に戻る。

「……いや、俺のことはいい。ともかく俺自身がそう考えているからこそ、余計に解せない。貴方のその感情は俺から見れば、物語や叙事詩に聞くところの恋愛そのものだ。いったい何を引け目に感じることがある?」
「ぅえ……や、だって……」
「ああ、それとも。もしや貴方は誰彼かまわず、他人といれば常にそういう感情を抱くのか? ならば貴方自身が自分を信じられないのも道理ではあるが」
「それは、……ない……多分、ないけど」

 はっきりそう言い切れないのが悲しいところではある。なんせイケメンに優しくされて男でもいっかってなってしまったのが俺って奴だ。それでも俺が今、ジルコンに対して抱いているこの気持ちは、他の誰かに散々感じてきた瞬間的なドキーン! とは全然違う。それだけは断言できる。

「ならばなぜ恥じる。愛に綺麗も邪道もないだろう。それが倫理にもとるものでもないならなおさらだ」
「や、そりゃ……言葉の上ではそうかもしんないけど、現実的にさぁ」
「現実と言うならば、貴方のその心情こそ紛れもない現実のはずだ。そこから目を逸らし続けるのは単純に、不毛ではないのか?」
「ぐ……せ、正論パンチやめろよマジで……てかなんなんだよ、さっきからめっちゃ詰めるじゃん……」
「詰めもするだろう。俺から見れば今の貴方は、年月に磨かれた貴重な鋼玉を、価値もわからず打ち捨てようとしている愚か者だ」

 盛大にふうっとため息をついてから、サフィールはきょろきょろと辺りを見回した。何かよからぬことでも考えているようだ。望遠鏡に目を止め、ひとり合点したかのように頷くと、妙に白々しい笑顔で手を叩く。

「ああ、しかし、そうだな。確かに俺が詰問するまでもなかったかもしれないな。なんせジルコンは引く手数多の男前だ、貴方が何を思おうが本質的にはどうでもいい」
「え」
「ともあれ貴方がそう言うなら、俺としても遠慮は要らないな。今度の星見にジルコンを呼ぶとしよう。彼に焦がれる姫君たちが、きっと勇んで」
「! や、やめっ……!」

 勝手に声が出た。衝動的に手を伸ばし、青い軍服の裾を強く引く。
 理性ではもちろん、これがサフィールの挑発だってわかってる。こんな下手な演技に騙されるほどアホじゃねーわ、なんてことすら考えている。でも頭をかすめたリアルな想像は、まともな思考を焼き切って、俺の体を動かしていた。
 サフィールがちょっと驚いたように目を見開く。それからすがりつくように裾を握る俺を、最初の頃と同じくらい優しい瞳で見下ろした。

「そう思うなら、答えはわかりきっているはずだろう。何も隠すなとまでは言わない。ただ、恥じるな」
「……っ」
「その感情を抱ける貴方を……俺は、羨ましく思う」

 最後の方は、ほとんど聞き取れないくらいの小声になっていた。
 僅かに首を縦に振る俺を見届けてから、サフィールはふいと視線を逸らした。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女体化したおっさんの受難

丸井まー(旧:まー)
BL
魔法省に勤めるアルフレッドは部下のコーネリーのトチ狂った魔法に巻き込まれて女の身体になってしまった。魔法をとく方法は出産すること。アルフレッドの元に戻る為のドタバタ騒ぎ。 ※おっさんが女体化してます。女体化エロあります。男同士のエロもあります。エロは予告なしです。全53話です。 ※ムーンライトノベルズさんでも公開しております。

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

前世で処刑された聖女、今は黒薬師と呼ばれています

矢野りと
恋愛
旧題:前世で処刑された聖女はひっそりと生きていくと決めました〜今世では黒き薬師と呼ばれています〜 ――『偽聖女を処刑しろっ!』 民衆がそう叫ぶなか、私の目の前で大切な人達の命が奪われていく。必死で神に祈ったけれど奇跡は起きなかった。……聖女ではない私は無力だった。 何がいけなかったのだろうか。ただ困っている人達を救いたい一心だっただけなのに……。 人々の歓声に包まれながら私は処刑された。 そして、私は前世の記憶を持ったまま、親の顔も知らない孤児として生まれ変わった。周囲から見れば恵まれているとは言い難いその境遇に私はほっとした。大切なものを持つことがなによりも怖かったから。 ――持たなければ、失うこともない。 だから森の奥深くでひっそりと暮らしていたのに、ある日二人の騎士が訪ねてきて……。 『黒き薬師と呼ばれている薬師はあなたでしょうか?』 基本はほのぼのですが、シリアスと切なさありのお話です。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※一話目だけ残酷な描写がありますので苦手な方はご自衛くださいませ。 ※感想欄のネタバレ配慮はありません(._.)

美醜逆転の異世界で騎士様たちに愛される

恋愛
いつの間にか異世界に転移してしまった沙紀は森で彷徨っていたところを三人の騎士に助けられ、その騎士団と生活を共にすることとなる。 後半からR18シーンあります。予告はなしです。 公開中の話の誤字脱字修正、多少の改変行っております。ご了承ください。

美醜逆転世界でフツメンの俺が愛されすぎている件について

いつき
BL
いつも通り大学への道を歩いていた青原一樹は、トラックに轢かれたと思うと突然見知らぬ森の中で目が覚める。 ゴブリンに襲われ、命の危機に襲われた一樹を救ったのは自己肯定感が低すぎるイケメン騎士で⁉︎ 美醜感覚が真逆な異世界で、一樹は無自覚に数多のイケメンたちをたらし込んでいく!

ポンコツ女子は異世界で甘やかされる(R18ルート)

三ツ矢美咲
ファンタジー
投稿済み同タイトル小説の、ifルート・アナザーエンド・R18エピソード集。 各話タイトルの章を本編で読むと、より楽しめるかも。 第?章は前知識不要。 基本的にエロエロ。 本編がちょいちょい小難しい分、こっちはアホな話も書く予定。 一旦中断!詳細は近況を!

処理中です...