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136・毒か薬か

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「だ、そうだ。ご自分の立場を理解できてんのは殊勝だな」

 言いながらフォルコは片方の翼を畳み、天に振り上げるように勢いよく開いた。巻き起こる突風が、ぶわっと音を立てて俺の顔に吹きつける。思わず目をつぶり、また開いたとき、腕を組むフォルコの背後には、いつの間にかもう一つの黒い影が立っていた。

「エイグル。あれを」
「はっ」

 こんな見上げるような巨体を、平坦な道沿いのどこに隠していたのか。名を呼ばれたエイグルは腰に下げた筒の中から、紐で結った書簡を取り出してすっと跪く。

「会談に先立っての通知書です。お納めを」
「安心しな、毒も呪いも付加しちゃいねえ。中身を毒にするか薬にするかはテメェら次第だけどな」
「……あいわかった。ひとまず承っておく」

 ジルコンが書簡を受け取ると、間を置かずエイグルは立ち上がる。これ以上一秒だって膝をついていられるか、とでも言いたげな素早さだ。たじろぐ俺を鋭い眼光でぎろりと見下ろしてから、すっとフォルコの後ろへ下がる。途端に闇に溶け込むかのように存在感が消えた。こ、怖い。いろんな意味で。
 ビビりまくる俺をふふんと鼻で笑ってから、フォルコはふわぁ、と大あくびをする。

「さぁて。せっかくわざわざニンゲンサマの町くんだりまで降りてきてやったんだ。たまには羽根を畳んで色町にでも繰り出すか、なあエイグル」
「なりません。今この瞬間より我ら一族は不退転。色事にうつつを抜かしている暇はありません」
「だったら今のうちに英気を養っておくべきって考えもアリなんじゃねえのか。里の奴らだって鬱憤溜まってんだぜ」
「であれば尚更、人間の匂いをつけて帰るなど言語道断。もう少しご自分の立場を自覚されよ」
「チッ……これだから堅物は」

 気の抜ける会話の最中にも、二人の目は油断なく俺たちを捉えている。もちろんジルコンもそれをわかっていて、二人の動向を視界に収めたまま警戒を解くことはない。あわわあわわしてるのは、俺ひとりだけだ。ま、いつものことだけど。
 やがて。風の向きがほんのわずか動いた瞬間、唐突に二人は翼を広げた。鉤爪のついた足で地面を蹴ると、ふわ、と吸い込まれるように宙に浮く。

「用件、確かに伝えたぜ。期日まで気張って頭回しとけ。じゃあな」
「色良い返事を期待している。貴殿らにとっても、我らにとっても」

 微かな、ほんの微かな羽音を立てて、二人の姿はあっという間に宵闇へと消えていく。残されたのは俺と、厳しい表情をしたジルコンだけだ。

「ど、どうすんの……?」
「会談自体は、受けるしかない。問題はその内容だな。……ひとまず今日のところは、お前を守り切れただけで十分だ」
「おぉん……」

 その言葉自体は嬉しいけど、同時に今になって冷や汗が吹き出てきた。膝の裏がガクガク震えている。どういう形でかは知らないけれど、あんな奴らに命狙われてんのか、俺。逃げきれんのか。いや、逃げ切らなきゃいけないわけだけど。
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