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124・船出のとき

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「鍵を開ける。下がっていろ」

 や、下がってろも何も元々近寄れる状態じゃ……なんて、俺が返事をするより先に。ドアのほんのわずかな隙間から、一直線に閃光が走った。同時に割れるような爆音が部屋中に響く。み、耳が、耳がキーンとする。くらくらしながら目にした扉は、ドアノブのあたりが盛大にえぐれている。

「チュー太郎っ!!」

 間を置かずジルコンが飛び込んできた。爆煙を裂いて現れた俺の王子サマは、焦燥と心配と安堵をごちゃまぜにしたような表情で、まっすぐに俺の元へ駆けてくる。

「遅くなった。……すまない」
「は、はは……荒っぽいんだよ、相変わらず」

 軽口を叩きながらも潤む目を、袖口でごしごしと擦った。それでもあとからあとから滲む涙の向こうに、プリズムのキラキラが乱反射している。
 ほんのわずか、躊躇うような間を置いて、檻の隙間からジルコンの手が差し込まれた。ススで汚れた俺の頬に触れて、そっと涙を拭う。はっとして目を上げた。真正面からかち合った銀の瞳は、いつになく優しい、慈しむような色をしていた。
 涙の跡を目元までたどってから、ジルコンの手は離れていく。その手を名残惜しく思ってしまうのは、不安と人恋しさのせいだけだろうか。

「鍵は……あそこか」
「あ、うん。でも多分アメティスタが持って」
「問題ない」

 檻の端にある扉に向かって、ジルコンが剣を一閃させる。金属製の南京錠が、高い悲鳴を上げて跳ね上がった。

「あ、相変わらずすげーな……」
「出るぞ。来い」
「お、おう。あ、待って」

 急いで檻を出ようとして、ふと思い立って振り返る。積まれたクッションの上に鎮座するおグラス様を手に取って、檻の外に思い切り投げつけた。かしゃんと軽い音を立ててグラスが割れる。灯っていた光が霧散して、地面に散らばったのはただの薄いガラスだ。

「なんだ、今のは」
「あー……いや、なんとなく? ほら、儀式みたいな」
「あぁー、いいねぇそれ。ボン・ボワイヤージュってやつだねぇ」

 後ろから聞こえた能天気な声に、俺たちはぎょっとして振り返る。入り口をふさぐようにしてこちらに手を振っているのは、見慣れた妖しいローブ姿の男。

「……アメティスタ」
「はぁい。駄目だよぉ、いくら王子サマだからって、ひとの家勝手に壊しちゃぁ」
「ハッ……まさかこんなに早く星見に飽きるとはな。サフィールとルビーノはどうした」
「んんー? 飽きちゃったのは僕以外の方かなぁ。みんなおねむになっちゃったしぃ、勝手に帰ってきちゃった」
「……なるほど」

 手振りで俺を下がらせて、ジルコンは剣の柄に手をかける。それを目にしたアメティスタが、大げさに両手を振った。

「えーやだー、やめてぇ。僕キミと戦う気ぃないよぉ、仲間じゃん? ってか、戦うつもりならヒントとかあげないじゃん?」
「ヒ、ヒント?」
「そーだよぉ、チューにゃん。このヒトも遠見できるじゃん? いっぺん思い出した以上、カマかけすれば絶対追ってくると思ったからぁ」
「な、なるほど……」

 あれ、っていうことはつまり、アメティスタとジルコンが会ったときには、ジルコンはもう俺を思い出してくれてたってこと? い、いつ? なんで? 愛の力で? ……それはなさそう。
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