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121・ワンチャンスありません

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 と、言うわけで。今日も今日とて、朝飯を終えた俺は部屋の真ん中、無駄に祭壇みたく祀り上げたグラスに目を向けている。なんと言っても今の俺にとってはおグラス様だ。大事に崇め奉らねーと。
 三つ重ねたクッションの上で淡く光るグラスに、映っているのはジルコンの姿。一度だけ入れてもらった彼の自室の中、何やら難しい顔で案内板とにらめっこしている。朝もはよからお忙しいこった。ミマのスケジュールでも考えてるんだろうか、それともネットでも見てるのか。つーかどんなサイト見るんだこいつ。まさかエロサイトってことはないだろうけど、あいつに鍵って。……あ、なんか、考えてたら手が震えてきた。

「な、なあ、アメティスタ」
「なぁーにぃー」
「ちょっとダメ元で聞いてみるんだけど、このグラスってさあ、ワンチャンインターネット見れたりしない?」
「は?」
「いや動画なんて贅沢は言わねーよ、でもせめてニュースサイトとか、もうこの際キッズフィルターかかっててもいい。とにかくさぁ、手が震えて仕方ないんだよ、俺にインターネットをくれよぉ」
「何それ、意味わかんない」
「……あぅ」

 ばっさりと切り捨てられて撃沈する。それはつまりインターネットって単語の意味がわからないのか、それとも俺の生き様自体が意味不明ってことなのか。あえて問いただすのはやめておく。
 床のクッションに突っ伏す俺をよそに、アメティスタは自分のワイングラスをガラステーブルに置いた。朝っぱらから並々注いでいたワインは、注いだ端からすぐさま空になっている。酔ってる気配がないのが不思議だ。人生まるごと酔っ払ってるような奴だからか。

「んじゃ、僕そろそろ行くねぇ。いい子にしててねぇ、くふふぅ♪」
「んー」

 クッションから顔を上げないまま、片手だけを軽く上げた。俺を監禁中の騎士サマは、今日も素知らぬ顔してお城に出勤だ。素直にいってらっしゃいとは言いたくない。とは言え呑気に挨拶してるだけでもどうなのって感じではあるけど。
 この部屋と外界をつなぐ唯一の出口、総金属製の重そうなドアが、盛大な音を立てて開き、閉まり、ついでに外からガチャンと鍵がかけられる。そこまでのルーティンを聞き届けて初めて、俺はむっくりと体を起こした。

「……傷ーつかない、けーがれないー、いつもまっすぐなわーたしでありたい……」

 喉の奥でぼそぼそと歌うのは、最推しダイアちゃんのキャラソン(サビ部分)だ。この鼻歌ももう何回目だっけ。推しは心の支えと言うけれど、こんな形で支えられることになるとは夢にも思わなかった。
 見るともなく見つめるグラスの中では、相変わらず各色のキラキラが入れ代わり立ち代わり表示されている。誰より早く登城したルビーノが、俺の知らない正規軍の人たちと朝練してるとことか。城に向かう道中、道行く女性が落としたハンカチを、サフィールが拾ってあげてポーっとされてるとことか。普段の俺からは見えない、俺の立てたスケジュールの外で生きている彼らを、俺はただ外側からぼんやりと眺め続けている。

「……ん?」

 その中に、ふっと紛れ込むようにして。今現在嫌と言うほど目にし続けている、紫色の輝きが映り込んだ。
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