120 / 200
118・風の便りか陽の噂
しおりを挟む
不意に、ジルコンが顔を上げてこちらを見据えた。グラス越しに目が合う。反射的に心臓が鳴った。まるで、彼の名を呼ぶ俺の声が向こうまで届いたかのようだった。
もちろん実際のところ、彼は俺が見てることになんて気づきもしてないだろう。俺の感覚は例えるなら、テレビの向こうの推しが俺を見てくれてたと騒ぐようなもんだ。わかっちゃいるけどそれでもなお、そんな錯覚にすがりたくなるくらい今の俺は弱りきっている。
何かを考え込むかのように、ジルコンは手を止めて顎を撫でる。それから革張りの椅子を立ち、背中側に広がる大窓を両手で開け放った。吹き込んだそよ風がわずかにカーテンを揺らす。木立の間から差した陽射しを受けて、ダイヤモンド色の髪の毛がキラキラと輝いている。
(……あぁ)
なんだか。こうして改めて見てみると、ジルコンは本当に、俺とは違う世界の住人みたいだ。当たり前か。二次元で、イケメンで、王子サマ。俺という人間のスペックからしてみれば、接点がないまま一生を終える方が自然だった相手だ。
唇から漏れたため息の理由は、自分でもよくわからない。感嘆のような、悲しみのような、それでいて苦い諦めのような。全部かもしれない。ミマや他の誰かに何を言われるよりも、こんな風に客観的な視点で見つめる方が、かえって俺自身の立場を思い知らされる。
しばらくそのまま、シャワーでも浴びるように風を受けたあと、ジルコンはふっと息を吐いて窓を閉めた。ちょうどそれを待っていたかのように、扉の外からノックの音が聞こえた。
「ディアマンテ殿下。耀燈騎士団員ルビーノ及びサフィールより、討伐のご報告に参りました」
「ああ。入れ」
「失礼いたします」
いつもとは違う堅苦しいセリフとともに、入ってきたのは幼なじみ組のお二人さんだ。そのまま折り目正しく行われ始めた報告を、半ば聞き流しつつぼけっと眺める。やっぱいかに幼なじみといえども、お仕事の最中は敬語なんだな。当然っちゃ当然か。
「……委細承知した。ご苦労だったな、二人とも」
「勿体ないお言葉でございます、殿下」
赤と青の頭が深々と下がり、しばらく静止する。数秒後に二人が頭を上げた。瞬間、一気に空気が緩むのがグラス越しの俺にもわかった。
「はあ。相変わらずこの時間は肩が凝るな。十も年を取ったみたいな気分だぜ」
ジジくさく肩を回しながら、打って変わったラフな口調でルビーノがぼやく。
「ほう。俺としては別に、最初から楽にやってくれても構わないんだがな」
「無茶を言うな、ジルコン。再三言っているが、お前はもう少し自分の立場というものを考えろ」
「杓子定規は美徳にならんぞ、サフィール。誰が見ているわけでもあるまいに」
「はは。まあ、今こうしてぞんざいな口を利かせて頂いている俺たちが、これ以上何かを言える義理でもないな。だが……そうだな」
眉をしかめるサフィールを横目に、ルビーノは壁にもたれて天を仰いだ。肉食獣めいた黄金色の瞳が、天井のシャンデリアを捉えて細くなる。
「肩が凝るのは、頻発しているスキアのせいもあるがな。なあ、ここ最近ますます多くなってきてないか?」
「なんだ、またその話か、ルビーノ。もうやめておけ、無いものねだりは」
「スキアの発生件数自体はここ数年横ばいだ。灯士ミマと我が騎士団の活躍もあって、討伐の効率も良化している、はずではある。……が」
机に肘をついたジルコンが、何かを探すように目線を逸らした。
もちろん実際のところ、彼は俺が見てることになんて気づきもしてないだろう。俺の感覚は例えるなら、テレビの向こうの推しが俺を見てくれてたと騒ぐようなもんだ。わかっちゃいるけどそれでもなお、そんな錯覚にすがりたくなるくらい今の俺は弱りきっている。
何かを考え込むかのように、ジルコンは手を止めて顎を撫でる。それから革張りの椅子を立ち、背中側に広がる大窓を両手で開け放った。吹き込んだそよ風がわずかにカーテンを揺らす。木立の間から差した陽射しを受けて、ダイヤモンド色の髪の毛がキラキラと輝いている。
(……あぁ)
なんだか。こうして改めて見てみると、ジルコンは本当に、俺とは違う世界の住人みたいだ。当たり前か。二次元で、イケメンで、王子サマ。俺という人間のスペックからしてみれば、接点がないまま一生を終える方が自然だった相手だ。
唇から漏れたため息の理由は、自分でもよくわからない。感嘆のような、悲しみのような、それでいて苦い諦めのような。全部かもしれない。ミマや他の誰かに何を言われるよりも、こんな風に客観的な視点で見つめる方が、かえって俺自身の立場を思い知らされる。
しばらくそのまま、シャワーでも浴びるように風を受けたあと、ジルコンはふっと息を吐いて窓を閉めた。ちょうどそれを待っていたかのように、扉の外からノックの音が聞こえた。
「ディアマンテ殿下。耀燈騎士団員ルビーノ及びサフィールより、討伐のご報告に参りました」
「ああ。入れ」
「失礼いたします」
いつもとは違う堅苦しいセリフとともに、入ってきたのは幼なじみ組のお二人さんだ。そのまま折り目正しく行われ始めた報告を、半ば聞き流しつつぼけっと眺める。やっぱいかに幼なじみといえども、お仕事の最中は敬語なんだな。当然っちゃ当然か。
「……委細承知した。ご苦労だったな、二人とも」
「勿体ないお言葉でございます、殿下」
赤と青の頭が深々と下がり、しばらく静止する。数秒後に二人が頭を上げた。瞬間、一気に空気が緩むのがグラス越しの俺にもわかった。
「はあ。相変わらずこの時間は肩が凝るな。十も年を取ったみたいな気分だぜ」
ジジくさく肩を回しながら、打って変わったラフな口調でルビーノがぼやく。
「ほう。俺としては別に、最初から楽にやってくれても構わないんだがな」
「無茶を言うな、ジルコン。再三言っているが、お前はもう少し自分の立場というものを考えろ」
「杓子定規は美徳にならんぞ、サフィール。誰が見ているわけでもあるまいに」
「はは。まあ、今こうしてぞんざいな口を利かせて頂いている俺たちが、これ以上何かを言える義理でもないな。だが……そうだな」
眉をしかめるサフィールを横目に、ルビーノは壁にもたれて天を仰いだ。肉食獣めいた黄金色の瞳が、天井のシャンデリアを捉えて細くなる。
「肩が凝るのは、頻発しているスキアのせいもあるがな。なあ、ここ最近ますます多くなってきてないか?」
「なんだ、またその話か、ルビーノ。もうやめておけ、無いものねだりは」
「スキアの発生件数自体はここ数年横ばいだ。灯士ミマと我が騎士団の活躍もあって、討伐の効率も良化している、はずではある。……が」
机に肘をついたジルコンが、何かを探すように目線を逸らした。
1
お気に入りに追加
324
あなたにおすすめの小説
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!
芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️
ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。
嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる!
転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。
新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか??
更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
【BL】【完結】序盤で殺される悪役王子だと気づいたので、全力でフラグを壊します!
まほりろ
BL
【完結】自分がゲームの序盤で殺される悪役王子だと気づいた主人公が破滅フラグを壊そうと奮闘するお話。
破滅フラグを折ろうと頑張っていたら未来の勇者に惚れられてショタ同士でキスすることになったり。
主人公の愛人になりたいといういとこのフリード公子に素またされたり。エッチな目に会いながらも国を救おうと奮闘する正義感の強い悪役王子様の物語。
ショタエロ有り、Rシーンはぬるいです。
*→キス程度の描写有り
***→性的な描写有り
他サイトにもアップしています。
過去作を転載しました。
全34話、全84000文字。ハッピーエンド。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
【BL】【完結】闇属性の兄を助けたら魔力がなくなり、王太子候補から外された
まほりろ
BL
【完結済み】闇属性の兄を救うため、光属性のボクの魔力を全部上げた。魔力かなくなった事を知った父(陛下)に、王子の身分を剥奪され侯爵領に送られた。ボクは兄上を救えたから別にいいんだけど。
なぜか侯爵領まで一緒についてきた兄上に「一緒のベッドで寝たい」と言われ、人恋しいのかな? と思いベッドに招き入れたらベッドに組敷かれてしまって……。
元闇属性の溺愛執着系攻め×元光属性鈍感美少年受け。兄×弟ですが血のつながりはありません。
*→キス程度の描写有り、***→性的な描写有り。
「男性妊娠」タグを追加しました。このタグは後日談のみです。苦手な方は後日談は読まず、本編のみ読んでください。
※ムーンライトノベルズとアルファポリスにも投稿してます。
ムーンライトノベルズ、日間ランキング1位、週間ランキング1位、月間ランキング2位になった作品です。
アルファポリスBLランキング1位になった作品です。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
※表紙イラストは「第七回なろうデスゲーム」の商品として、Jam様がイラストを描いてくださいました。製作者の許可を得て表紙イラストとして使わせて頂いております。Jam様ありがとうございます!2023/05/08
【BL】【完結】「幼なじみに婚約破棄された僕が、隣国の皇子に求婚されるまで」【第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品】
まほりろ
BL
【第9回BL小説大賞、奨励賞受賞作品】
【全122話、完結済み】
ザフィーア・アインスは異世界から現れた神子にはめられ、長年慕ってきた王太子に婚約破棄された。「エルガー様、僕は何も……!」「うるさい! 貴様の声など聞きたくない! 耳障りだ!」ザフィーアは弁明しようとするが、王太子は聞く耳を持たない。
アインス公爵は牢屋に入れられたザフィーアを「アインス公爵家の恥さらしが!」と罵り頬を叩く。
婚約者に裏切られ、親に見捨てられたザフィーアは、神子を害した悪人として国境近くの教会に幽閉されることになる。
恵みの雨を降らせ民の信仰を集める神子、その神子を害したザフィーアに民から浴びせられる言葉は冷たい。「死ね! 悪魔!」「くらえろくでなし! 天誅!」「消えろ!」「くたばれ! 化け物!」民衆から石を投げられ、失意のままた王都をあとにするザフィーア。
国境で神子の刺客に襲われたザフィーアは「剣《そんなもの》を使う必要はないよ、僕は一人で死ねるから……」崖に身を投げ自ら死を選ぶのだった…………。
婚約破棄、美青年×美少年、溺愛執着、執着攻め、ハッピーエンド。
*→性的な描写有り、***→性行為の描写有り。
ムーンライトノベルズ、pixivにも投稿しております。
表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。
ムーンライトノベルズBL、日間ランキン1位。アルファポリス、BLランキング1位、HOTランキング4位に入った作品です。
「Copyright(C)2020-九十九沢まほろ」
※第9回BL小説大賞で奨励賞を受賞しました。応援してくださった皆様のおかげですありがとうございます。m(_ _)m
【完結】TL小説の悪役令息は死にたくないので不憫系当て馬の義兄を今日もヨイショします
七夜かなた
BL
前世はブラック企業に過労死するまで働かされていた一宮沙織は、読んでいたTL小説「放蕩貴族は月の乙女を愛して止まない」の悪役令息ギャレット=モヒナートに転生してしまった。
よりによってヒロインでもなく、ヒロインを虐め、彼女に惚れているギャレットの義兄ジュストに殺されてしまう悪役令息に転生するなんて。
お金持ちの息子に生まれ変わったのはいいけど、モブでもいいから長生きしたい
最後にはギャレットを殺した罪に問われ、牢獄で死んでしまう。
小説の中では当て馬で不憫だったジュスト。
当て馬はどうしようもなくても、不憫さは何とか出来ないか。
小説を読んでいて、ハッピーエンドの主人公たちの影で不幸になった彼のことが気になっていた。
それならヒロインを虐めず、義兄を褒め称え、悪意がないことを証明すればいいのでは?
そして義兄を慕う義弟を演じるうちに、彼の自分に向ける視線が何だか熱っぽくなってきた。
ゆるっとした世界観です。
身体的接触はありますが、濡れ場は濃厚にはならない筈…
タイトルもしかしたら途中で変更するかも
イラストは紺田様に有償で依頼しました。
転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!
梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。
あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。
突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。
何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……?
人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。
僕って最低最悪な王子じゃん!?
このままだと、破滅的未来しか残ってないし!
心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!?
これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!?
前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー!
騎士×王子の王道カップリングでお送りします。
第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。
本当にありがとうございます!!
※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる