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115・グラスの中の異世界

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 震える指で、グラスに映るジルコンに触れた。瞬間、彼の姿がぐにゃりと歪む。息を飲む俺を置き去りに、グラスの映像は次々に色を変えていく。俺が気づいた可能性を裏付けるような、残酷すぎるセリフと一緒に。


「ふう。まったく、こうも仕事が多いと、もう一人くらい灯士様がいて欲しくなるな」
「無茶を言うな、ルビーノ。灯士は国に二つとない至宝、ミマ一人が顕現しただけでも奇跡だと思え」
「わかってる。ふっと思いついちまっただけさ」
「気持ちはわからなくもないが……無いものねだりと言うものだな、それは」

 町のはずれにある薄暗い森にて、森にて、ルビーノとサフィールはそんな会話を交わしつつ城へと帰っていく。


「……×月〇日。思い立って地下図書室の整理をしに行く。長らく放置されていたはずの部屋には、しかしなぜか最近掃除をしたとおぼしき痕跡があった。恐らく誰かがここを使ったのだろう。一瞬なぜかミマの顔が浮かんだが、可能性としては低いと思われる。彼が私の授業を受けに来たことは一度もないし。受けに来る価値もないと思われているのだろうか。ならば私ももっと研鑽を積んで、一聴の価値を感ぜられる授業ができるようにならねば。
 ……不思議だ。ここ最近、自己の未熟さにどん底まで落ち込み、懊悩する機会がかなり減った気がする。いつからだろう。きっかけになるような出来事も特になかったはずなのだが。なかったはずだ。思い起こしてみても、記憶の中に心当たる事件は見つからない。いずれにせよ良い変化であるのは間違いないことだ」

 ぶつぶつと呟きながらスマラクトは、日記に向かって羽根ペンを走らせていた。


「今日もお疲れ様でした。よくも悪くも、闘技場はずいぶん平和になりましたよね」
「まったくだよ。君もミマも殿下も、よくやってくれたもんだ、本当に」
「いえ、おれよりもミマさんと……ん? ミマさんのおかげ、ですよね?」
「ああ、そうなんじゃないか? そのはずだよな、うん」

 楽屋で語らうトパシオとランジンの頭に、俺の存在はつゆほども思い浮かんでいないようだ。


 取り落としたワイングラスを、敷き詰められたクッションがふわりと受け止めた。
 もはや疑う余地はなかった。間違いない。信じたくなかった可能性は、いまや現実となって俺の目の前に突きつけられている。
 騎士サマたちと、ミマと、コラル。今ここにいるアメティスタを除いた全員の記憶から、俺の存在が丸ごと抜け落ちている。
 すなわち──

「データ……初期化リセットッ……!!」

 絶望的すぎるその響きに、思わずがくりと膝をついた。
 転がったグラスの表面には、追い討ちをかけるようにいくつもの場面が映し出されていく。キラキラ輝く騎士サマたちの日常が。その隣で笑う、彼らにふさわしい主人公たる、ミマが。
 それらは、まるで。無課金アバター丸出しの姿で、地に伏して嗚咽を漏らす俺とは、まったく違う世界で起きている出来事みたいだった。
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