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114・全部で9人

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「ジル……っ!」

 思わず声を上げかけると、アメティスタが片目だけ開けてこちらを睨んだ。慌てて自分の口をふさぐ。だが目だけはグラスの像から離れない。
 ジルコンはいつもの白い軍服姿で、画面には映らない誰かに微笑みを向けていた。じわりと涙が滲みかける。自覚していなかった不安が、ここに来て急に溢れ出したみたいだ。ジルコンの顔を見るのすら、何年ぶりかのような気さえする。実際どれくらい経っているかはわからないが、感覚的には一昼夜くらいは寝ていたような……

(……待て。一昼夜?)

 思い浮かべた言葉に、自分で違和感を覚えた。一昼夜。それだけの時間俺の姿が見えなかったら、今ごろは多少なりとも騒ぎになっているはずだ。少なくともジルコンは心配するだろう。なのにグラスの中のジルコンは、まるで何事もなかったかのように執事モードの笑顔を浮かべている。おかしい。絶対に、おかしい。
 俺の疑問に答えるかのように、グラスの底から、曲面をスピーカーにして声が響き始める。

「……いかがでございますか、ミマ様、コラル様」
「うん、美味しい。やっぱりジルコン様のお料理は最高ですね、ふふっ♡」
「ハムッ、ハフッ、相変わらず素晴らしいウデマエですぅ! ボクの専属コックにしてやってもいいくらいですぅ!」
「恐れ入ります、コラル様。謹んでお断りさせていただきます」
「ふふっ、コラルったら。それにしても、なんだかこれだけのお料理、僕とコラルだけのために作ってもらうのがもったいなくなっちゃうなぁ」
「いえ。私の使命は灯士様──この寮をお使いいただくミマ様に、出来うる限り快適な生活を送っていただくことですから」
「いつもありがとうございます。そうだ! こんどみんなでピクニックしましょうよ! 騎士様たちと、コラルと、僕……うん、耀燈騎士団の全員で! あ、でも、9人分ものお弁当を作るのは、ジルコン様が大変ですか?」
「準備の期間さえ頂ければ十分に可能です。皆に予定を聞いてみましょう」
「やったぁ! ふふっ♡」
「わぁい! ですぅ!」

「……なんだよ、これ……」

 無意識にそう呟く。グラスの脚を握る手が、いつの間にか震え始めている。
 ミマとコラルだけなら、まだわかる。普段のミマは部屋で食事を取っているけど、俺がいないときに食堂で食べるってのはありえないことじゃない。9人、という人数に関しても──あいつは騎士様の前ではぶりっ子だから、普通に考えれば俺の名前もいやいやとは言え並べておくはずだけど──それでもなんかのきっかけで、わざとらしく俺だけハブにするってのも考えられなくはない。もちろんそれはコラルも然りだ。
 けれど、ジルコン。あいつがあんな当てつけめいた言い方をされて、何も言わずニコニコしてるだけなんて絶対あり得ない。傲慢で、底意地悪くて、やることなすこといちいちコンプラのかけらもないやつだけど──それでもあいつがあんな陰湿な形で、影でコソコソ俺をいじめるなんて絶対ありえない。
 可能性は、ひとつ思い当たる。そしてそれはさっきアメティスタが言っていた、「誰の中にも見つけられない」って言葉にも合致する。
 だけどそのひとつこそ、俺にとっては、絶対に認めたくないたったひとつでもある。
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