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110・Sunrise & Sunset

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『陽は昇り、そしてまた沈む。夜は巡る。その身のうちに、闇をはらんで。
 静けき夜に翼を潜め、魔を蓄えし再臨の皇帝。
 そして輝く陽の元に鎖を解き放ち、闇をも喰らいし耀狼の騎士。
 今宵の決戦を制するのは──果たして、どちらだ!』



「……よーやるよなぁ」

 夕暮れどきの闘技場、関係者席の一画にて。
 バターたっぷり乗せフライドポテトと、ベリーの粒入りジュースを片手に俺が眺めるは、闘技場における今週の目玉試合・『再臨の魔犬皇帝vs御闇の耀狼騎士!』だ。

「性懲りもなくまた現れましたね、魔犬皇帝! 今度という今度はあなたを滅します……!」
「ははっ! やってみるといいさ、耀狼騎士! 今こそ再び世界が闇に包まれるとき!」
「そうはさせません! グルルルルッ……! 行きます!」

 真ん中の円形舞台から、増幅されて場内全体に響き渡るのは、おなじみランジンとトパシオの声。トパシオは炎を描いたマントを翻し、ランジンは片手を地に着いた前傾姿勢から低い唸りを上げる。もう何度目になるかも知れない、ある種様式美のような光景だ。

「……相変わらず、解せんな」

 俺の隣で足を組んだジルコンが、渋い顔をして呟いた。

「何故あの茶番で沸き立つことができるんだ。既に虚構だとわかりきっているだろう、観客も、本人たちも」
「そんなんお約束ってやつよ。お互いのノリと勢いが一致してこそなのよ、ショウってもんはさ」
「理解できん。まあ、規定が守られている以上は文句をつける筋合いもないが」
「そーそー。無粋なこと言うもんじゃないよ、まったく」

 俺たちが総登場して戦ったあの試合ののち、しばらくしてから。インペリアル剣術闘技協会──つまりトパシオの闘技会と耀燈騎士団は、共同で新たな倫理規定を発表した。過度の演出や危険行為の防止、闘技場の演出がフィクションであることの周知、マナー向上の呼びかけ等等。賭け試合の暗部を一掃するこの規定は、人々からおおむね好意的な反応を受けた。俺たちが戦ったあの試合も、今では広報のためのパフォーマンスと受け止められているようだ。実際のところ私情バリバリだったのは内緒ってことで。
 その中でもひとつ、怪我の功名というかなんと言うか。トパシオ演じる『魔犬皇帝』は、普段の客層を超えた反響を呼んだ。闘技場の主たる耀燈騎士が闇堕ちし、仲間であった騎士と戦うストーリーは大きな話題を生み、早くも人気演目として定着しかけている。気になる点と言えばランジンが犬キャラ継続してることだが、一度本人にこっそり聞いてみたところ……曰く、白い頬を朱に染めながら、「おれ、実は嫌いじゃないんです、こういうの」と。そういやこいつもこの「宝石騎士」、問題児揃いがウリのソシャゲキャラだったんだ……と、変なところで納得をしてしまった俺である。
 ま、それならそれで万事よし。なりゆきで乗っちまったイベントだけど、いいとこに収まってなによりだ。
 小さなあくびを漏らしたジルコンが、片手で俺のポテトをつまみ取った。目ざとく見つけて声を上げる。

「あってめ、イモ泥棒!」
「泥棒? 聞き捨てならんな。金を出したのは俺だろう」
「俺が選んで俺が食ってんだから俺のだろ! あーヤダ、将来モラハラ旦那不可避だわこの人」
「ああ、煩い」

 俺の嫌味を片手を振って受け流し、ジルコンはひとり席を立った。元々試合半ばで切り上げる予定と聞いてはいたけれど。

「もう帰んの?」
「ああ。視察としては十分だろう。お前はどうする」
「俺は見てくよ。昼間に負けた分、ランジンで取り戻さねーと」
「……言っておくが、賭博はくれぐれも程々にしておけよ」
「わ、わーってるよ! ほら、早く仕事仕事! 行ってらっしゃい!」
「まったく……」

 俺に背を押されたジルコンが、出口に向かって歩き出す。その背をなんとなく目で追って、再び闘技場中央に目をやろうとしたとき。

 視界の端に、紫に光る何かが見えた。
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