転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ！

１０６・友達の唄

「トパシオっ！！」

　木剣を地に投げ捨てて、ランジンはトパシオの元に駆け寄った。倒れたトパシオを抱き起こし、血相を変えてがくがくと揺さぶる。あーあーもう、これがガチ負傷だったら死んでるとこだぞ。勝負がついた瞬間に速攻で抵抗をやめたコラル、そしてミマやジルコンと一緒に、二人の周りで様子をうかがう。

「……う……」
「トパシオ！　ああ、大丈夫ですか！？」
「……ランジン……オレ、は」

　二、三度目をしばたたき、トパシオはゆっくりと身を起こした。うーん、自然だ。役者になってもやってけんじゃねーのか。

「……そうか。オレは、負けたんだな」
「トパシオ……」
「わかってる。これ以上醜態を晒すつもりはないよ。ランジン、この先は……君の好きにしてくれて構わない」

　告げる声が、わずかに震えていたのも演技だろうか。俺にはそうじゃないように聞こえるけれど、本音のところはわからない。なんせこいつは、何においてもいろいろと上手すぎるんだ。
　顔を伏せたトパシオに、だがランジンは静かに首を振る。

「トパシオ。らしくないじゃないですか。契約、忘れてしまったんですか」
「契約？」
「おれたちが勝ったら、おれを解放する約束は無効になる。……試合に勝ったのは、おれたちと、殿下たちです。あなたには契約の履行を主張する権利がある」
「……ははっ。そう、あったね、そんなのも」

　苦笑を浮かべたトパシオが、ランジンの胸を片手で押しのける。

「けどいくらオレだって、今さらそんな無粋な主張をするつもりはないさ。当初の契約……ミマとの間で取り決めた、目標の賭け金額は達成された。君はもう自由だ、ランジン。今まで……ありがとう」
「それなら、なおさらです」
「え？」
「やり直しましょう、最初から」

　まっすぐに言い放たれた言葉に、トパシオは意表を突かれたように顔を上げた。宙に浮いた彼の手を、ランジンは両手で握りしめる。

「おれたちの闘技を、健全な形で立て直しましょう。今度はもっと、まっすぐな形で。おれも協力します。おれたちなら、やれます。チュー太郎さんや、ミマさんや殿下やコラル様……おれたちの大事な人たちを、これ以上心配させないように」
「おいおい……本気で言ってるのか？　何のために？　この先オレに手を貸して、君に何の利があるとでも？」
「そんなの、決まってる」

　澄んだ海のような、一点の曇りもない瞳のままで。ランジンは当たり前のように答えた。

「友達のため。それ以上の利なんて、他に要りますか」
「……ははっ」

　トパシオの唇から、思わず、といったふうな笑いがこぼれる。そのまま彼は仰向けに倒れ込んだ。片方の腕で目元を隠し、聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で呟く。

「まったく……いいね。これだから友情ってのは、さ」

　思わずジルコンと顔を見合わせた。これが演技にしろ本心にしろ、物語の〆にはふさわしいセリフだ。うーん、青春。俺には縁のなかった言葉だけど、妬むよりはむしろ爽やかな気持ちだ。

　夜のとばりが落ち切った空に、試合終了を告げる鐘が鳴り響く。
　大歓声が、満員の闘技場を揺らし続ける。ミマを、ジルコンを、ランジンを、そしてトパシオを呼ぶ高らかな声。その中にちょっとだけ──ほんのちょっとだけ、控えめに俺を呼ぶ声もあったのを、俺はちょっぴりくすぐったい気持ちで聞いていた。