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96・バランス調整待ったなし

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 ほんの一瞬、ジルコンが戸惑ったように俺を見やった……気がした。しかしそれを確かめる間もなく、その瞳は再びランジンを捉える。銀塗りの剣を構え直し、踏み込んだその一歩は、蹄のように速く硬く敷石を叩いた。

「くっ……!」

 ランジンも慌てて剣を構える。だが一拍遅れている。初撃こそなんとか受け流したものの、明らかに押されているのが見て取れる。対照的に、白い光に包まれたジルコンの動きは、さっきまでとは段違いに鋭く疾い。ランジンを見据え続けてきたその顔に、初めて余裕の笑みが浮かぶ。

「ほう。これはなかなか塩梅がいいな」
「ひ、卑怯だ! チートだこんなん!」
「失礼なことを言うなよな、チュー君。正規に実装されてる魔法だよ。最上位クラスのね」
「にしたって壊れすぎだろ! 害悪! ナーフナーフナーフ!!」
「ああ、煩い」

 剣を閃かせながらジルコンが吐き捨てる。またしても俺をチラ見して、それから今度はわざとらしく視線を外した。

「卑怯も何もあるか、これは」

 ふっと歪んだ口元から、苦笑交じりのつぶやきがこぼれる。

「……絆の力、というやつだ」
「……っ!!」

 耳にした瞬間、急激に全身の力が抜けた。ランプを取り落としそうになるのをなんとかこらえる。ジルコンは頑なにこちらを見ようとしない。なんだよ。なんだよ、それ。
 皮肉っぽい物言いが、彼の本心とは程遠いことは俺にだってわかる。だけど、その偽物の絆すら、今の俺は覆す術をもたない。……ひょっとしたら、この先もずっと。

「うあっ……!」

 上がったランジンの悲鳴に、ハッとして顔を上げた。体勢を崩した彼の手から、メッキの剣がすっ飛んでいく。

「ランジンっ!?」
「終わりだ」
「ぐ、うっ!」

 大剣が真正面から振り下ろされる。思わず息を飲んで目をつぶった。
 だが一瞬後に目を開けたとき、俺の瞳に映ったランジンは、高々と上げた靴底でがっちりと刃を受け止めていた。
 ジルコンの表情が驚きへと変わる。その隙を逃さずランジンは、押し止めた剣をそのまま蹴り飛ばす。しかしジルコンもさるもの、蹴りの力をそのまま受け流し、崩れることなく後ろに引いた。
 荒い息をどうにか整えながら、ランジンがゆらりと立ち上がる。

「木剣であることを……お忘れでしたね。決め切るまで油断は禁物ですよ」
「なるほど。それが闘技場流と言うわけか」

 圧倒的不利を自覚しながら、それでもランジンの眼は闘志を失っていない。視線を受け止めたジルコンもにやりと笑う。その表情はどこか嬉しそうにも見える。
 観客の大歓声が、地響きになって闘技場を揺らす。もはや空間防音はその機能を果たしていなかった。ランジンを、ジルコンを、ミマを口々に呼ぶ声が、陽の落ちた星空に高らかに響く。

 ああ、そうだ。俺だってひとり凹んでる場合じゃない。即席とは言え今の俺はれっきとしたランジンのパートナー。このまま何もせず、何もできずにランジンがやられて終わりです、なんて冗談じゃ済まない。
 焦り辺りを見回した。何かないか。今の俺に、なんでもいいからできること。自然、ランプの持ち手に力がこもる。手を離したら失格と言われているこのランプ。魔力吸収の呪符を仕込んだ、安全装置兼用の豪華なランプ……

「……!」

 ふと、一つの作戦が頭に浮かんだ。もしかしたら、もしかするかもしれない。出たとこ勝負の思いつきで、うまくいくかもわからない賭けだけど──それでも、俺にできることならなんだって、今はとにかくやってみるしかない。
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