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92・ごみむしぬかみそとりごもく

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 耳鳴りにも似た激しい歓声は、すり鉢状の闘技場の中央、円形のステージに立った途端和らいだ。音響の造りと空気の流れが、騒音をさえぎるのは聞いていた。一枚布を被せたようなざわめきの中、視線は対面のふたりに引き寄せられる。いつものブレザーの上にゆったりした白いローブと、真珠のネックレスを幾重にも身に着けたミマ。そして、見慣れた真っ白な軍服姿の、ジルコン。

「最後にお聞きします。退いて頂くわけにはいきませんか」

 石の舞台をカツンと踏んで、ミマが俺たちの方へ一歩進み出た。視線はまっすぐ、ランジンただ一人だけを捉えている。相変わらず俺のことなんか、視界の隅にも入っていないようだ。いいけどさ。

「ごめんなさい。おれにも、そう……矜持ってものがあるんです」
「矜持、ですか。それはこんな場所で、他人の見せ物になり続けなければ守れないものですか?」
「それは……」
「こんなことを続けるくらいなら、僕を頼ってほしかった。だって僕たちは大事な仲間で……友達でしょう」
「もういい、ミマ。ここでの戦いが彼の矜持だと言うのなら、その流儀に則って、剣をもってねじ伏せるまでだ」

 悲しげに顔を背けるミマの肩を、ジルコンが軽く叩いた。その光景にウッと息が詰まる。なんだよなんだよ、結局仲良くなってんじゃん!?
 衝動的に、ランジンを隠すように前に踏み出す。

「おうおうおう! なーに勝手なことばっか抜かしてやがんだおめーら! ランジン本人がいいっつってんだから、本人の好きにさせてやりゃいいだろ!?」
「……チュー君」
「それともなんだ、一方的にこれしろあれしろ決めつけんのが、お前の言う友情ってやつですかぁ!? ハーやだやだ、これだからわざわざ仲間だ友達だ言いたがる奴はよおー!」
「チュー太郎。お前」
「あぁ!?」

 半ば八つ当たりに近い難癖をまくし立てる俺に、ジルコンは呆れたような表情を浮かべながら、客席に向けて顎をしゃくった。

「現状、立派な悪役だぞ。観客の反応を聞いてみろ」
「は!?」

 慌てて客席を見渡した。気づけば空間に防音されたざわめきは、いつのまにか不穏な色を帯びてきている。気流のベールを突き破るように、声高なヤジがいくつも飛び込む。

「引っ込めネズミ野郎ーっ! お前みてーな『じゃない方』灯士が、俺のミマちゃん泣かしてんじゃねーっ!!」
「ランジン様ーっ! もうあんな奴の言いなりにならないでーっ!」
「頼んだぜ、ミマ様、ディアマンテ殿下! 俺たちのランジン様を解放してやってくれーっ!!」
「なんでだよぉ!?!?」

 思わず心からそう叫んだ。あの人質とかなんとかいうストーリー、まだ生きてんのかよ。

「ってか、なんだよ解放してやれって!! お前ら今日まで嬉々として見に来てたくせに、今さらそれ言う!?」
「うるせーっ! 帰れーっ!」
「ゴミ虫ーっ! ヌカミソーっ! トリ五目ーっ!!」

 熱狂状態に陥った観客は、いっぺん黒幕認定した俺の言うことなんてまるで聞きゃしねえ。ち、ちくしょう、これだから愚かな大衆はよう!

「ククッ。まあ、お前の弁に従えば、これもお前が好きにした結果だ。甘受するんだな」
「ぐ、ぐにゅう……!」

 腕を組んだジルコンが、心底面白そうにこちらを眺めている。事前の言とは裏腹に、私情入りまくりじゃねえかよこの性悪王子!
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