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87・ちやないのよさ

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 窓の方をちらと見たジルコンが、机の上のランプに火を入れる。それで俺も、もう外が暗くなってきていることに気がついた。ジルコンは机の上に肘をつき、組んだ手で口元を隠して俺を見ている。ランプの中で炎が揺らぐたび、光を透かした髪の毛がキラキラ光る。

「それとも、何か。お前はあくまで俺のことが信用できないとでも言うつもりか」
「そうじゃ……ねーけどぉ……」
「じゃあなんだ。この俺が、信じろと言っている。十分だろう。それ以上の何かがお前にあるのか」
「……だってこれ、ゲームじゃん」

 もにょもにょと口の中で呟くと、ジルコンの眉がぴくりと上がった。しまった。まずいこと言っちゃったか。慌てて言い訳を継ぐ前に、ジルコンが音を立てて椅子から立ち上がる。

「チュー太郎。お前、そろそろ勘違いが過ぎるぞ」
「あ、いや、その」
「だいたい」

 表情の消えたジルコンの瞳が、まっすぐに俺を捉えたまま近寄ってくる。思わず椅子ごと逃げかけた俺の顎を、骨ばった指がくっと持ち上げる。

「現時点でのお前と俺の親愛度。お前は把握しているか」
「え? ……っと」
「初期値にプラス20に過ぎない。最大が200のうちでな。ついでに言えば恋愛イベントもほぼ進行していない。つまりお前の言う『ゲーム』的には完全に」

 銀色の瞳がすっと細められた。映っていた俺のアホヅラが、まつげの影に隠れて消える。

「お前と俺は、ただの他人だ。行動を束縛されるいわれも、納得を与えてやる義理も無い」
「……っ!!」

 全身が固まった。頭からさっと血の気が引くのが、自分の感覚でもわかった。
 俺がよっぽどとんでもない顔になったんだろうか。至近距離のジルコンが珍しく、動揺したように瞳を揺らす。

「あ……いや。今のは、つまり」

 続きを聞く前に、顎に添えられた指を振り払い、無言で椅子から立ち上がった。ドアに向かおうとする俺の肩を、ジルコンの手ががしりと掴む。

「おい、まだ話は終わってないぞ」
「……っせ」
「は?」

 伏せた瞳をきっと上げ、ジルコンを精一杯睨みつけた。その戸惑った顔ですら、みじんの崩れもないイケメンだ。ムカつく。腹立つ。息を吸う。

「うっせえ、バーカバーカノンデリ野郎!! ジルコンなんてちやないっ!! アッチョンブリケー!!!」
「お前それひとかけらも可愛くないぞ……おい!」

 力の限りジルコンを振り切って、階下に向かって駆け出した。一拍遅れてジルコンも追ってくる。分厚い階段の踏み板が、割れんばかりの音を立てる。
 極短距離の追いかけっこを、ギリギリでかわして部屋に飛び込んだ。寮全体が震えるくらい強く閉めたドアを、外からジルコンがどんどんと叩く。

「チュー太郎、おい、開けろ! 話を聞けと言ってるだろう!」
「あーあー聞こえませーん今日は閉店でーす! つーか鍵つけろプライバシーポリシーどうなってんだバーカ!」

 ドアに背中をつけて座り込む。ジルコンがその気になればぶち破れるドアだ。用意してもらった靴箱やらその辺に置いてあった椅子やらを、手当たり次第ドア前に引っ張り込む。幸い、ジルコンが実力行使に出てくる気配はなかった。
 多少音は控えめになったものの、それでもしばらく飽きもせずに続いていたノックは、数分ののち唐突に止んだ。ほうっと深い息をつく。今度どっかで鍵買ってこよう。もうあいつなんか信用ならねえ。いや、初めからお互い信頼なんてなかったのかもしれない。なんせ俺たちは──ジルコンの言う通り、他人なんだから。
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