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86・さしもしらじなさしもぐさ
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まごまごしている俺が切り出す前に、ジルコンが先に口火を切った。
「大方のところは予想がついている。闘技場イベントの話だな」
「……っ、そ、それ!」
「俺がミマと組むことを耳にして、後先考えず問いただしに来た。そんなところだろう。違うか?」
「う……」
一言でさらっとまとめられてしまった。口ごもる俺に、ジルコンは大袈裟なため息をひとつつき、長い脚を見せつけるように椅子の上で組んだ。
「安心しろ。俺は別にミマに肩入れしているわけじゃない」
「じゃ、じゃあなんでっ」
「……確かに、イベント上の選択肢として、俺がミマのパートナーに選ばれたのは事実だが」
ジルコンはおもむろに立ち上がり、書棚から一枚の書類を取り出した。紋様の描かれた丈夫そうな紙。俺たちが結んだのと同じ、トパシオとの契約書だ。
「俺は俺で一度トパシオに灸を据えておかねばならないと思っただけだ。いかに合法、いかに合意の上とは言え、このところの奴のやり口は少々目に余るものがあるからな。王子として、騎士団を束ねる長として、団の品格を傷つけかねない行為は止めねばならない」
「……それだけ?」
「ああ、それだけだ。この俺が理由もなくミマにほだされるなど、断じてありえない」
「ぐ……」
膝の上でぐっとこぶしを握る。確かに、理屈の上ではそういうことになるのかもしれない。でもこの世界は、ゲームの世界だ。それもイベントの進行に従って、主人公とキャラが仲を深めていく恋愛ゲームだ。
何も言わない俺に、ジルコンは不服そうに眉根を寄せる。
「なんだ。まだ俺が信じられないとでも言うつもりか」
「や、そうじゃねーけど……そうじゃねーけど、いや、そうなのかもしんねーけどぉ……」
「は?」
「だって……だってさぁ~! 今のお前がどう思おうが、そんなイベントあったら否応なく親愛度は上がるじゃん!?」
「それは……まあ、そうなるが」
「だろぉ~!? そんなんわかっててさぁ、よかった! あなたを信じてます! いってらっしゃい! って送り出せるほど人間できてねーのよ俺はさぁ~!!」
「お前……」
机に突っ伏して身悶える。ジルコンの呆れたような視線が頭頂部に刺さる。わかってる。ジルコンが約束を違えるような奴じゃないってことも、理不尽なのは俺の方だってのも理解してる。
でも、事実として。この物語の主人公は俺じゃなくてミマだ。みんなの称賛を受けるのも、ジルコンとの仲を深めていくのも、本来のストーリーでは俺じゃなくて、彼のはずなのだ。
俺の不安なんてまるっきり無視して、ジルコンはどかりと椅子に腰を下ろす。
「つくづく理解しがたい生き物だな。お前も少しは公私の別というものを覚えろ」
「あぁ!? 生き物ってなによ!!」
「俺はジルコン個人ではなく、王子としてミマと組むんだと言ってるだろう。そこに俺自身の感情が介在する余地はない。数値上の親愛度がどう左右されようと、だ」
「わ、わかってるよ! わかってるけど!」
「本当か? いらん杞憂に振り回されるくらいなら、少しは魔法の練習でもしたらどうだ。試合は一月後に迫ってるんだぞ」
「ぐにゅ……」
確かに。ジルコンの言葉には理しかない。でも裏返して言えば、つまり感情の方面は全然考慮に入れてくれてないってことだ。俺の感情はもちろん、ミマと行動を共にすることによって、芽生えるかもしれないジルコン自身の感情にすら。正直俺が怖いのは、そこだ。
「大方のところは予想がついている。闘技場イベントの話だな」
「……っ、そ、それ!」
「俺がミマと組むことを耳にして、後先考えず問いただしに来た。そんなところだろう。違うか?」
「う……」
一言でさらっとまとめられてしまった。口ごもる俺に、ジルコンは大袈裟なため息をひとつつき、長い脚を見せつけるように椅子の上で組んだ。
「安心しろ。俺は別にミマに肩入れしているわけじゃない」
「じゃ、じゃあなんでっ」
「……確かに、イベント上の選択肢として、俺がミマのパートナーに選ばれたのは事実だが」
ジルコンはおもむろに立ち上がり、書棚から一枚の書類を取り出した。紋様の描かれた丈夫そうな紙。俺たちが結んだのと同じ、トパシオとの契約書だ。
「俺は俺で一度トパシオに灸を据えておかねばならないと思っただけだ。いかに合法、いかに合意の上とは言え、このところの奴のやり口は少々目に余るものがあるからな。王子として、騎士団を束ねる長として、団の品格を傷つけかねない行為は止めねばならない」
「……それだけ?」
「ああ、それだけだ。この俺が理由もなくミマにほだされるなど、断じてありえない」
「ぐ……」
膝の上でぐっとこぶしを握る。確かに、理屈の上ではそういうことになるのかもしれない。でもこの世界は、ゲームの世界だ。それもイベントの進行に従って、主人公とキャラが仲を深めていく恋愛ゲームだ。
何も言わない俺に、ジルコンは不服そうに眉根を寄せる。
「なんだ。まだ俺が信じられないとでも言うつもりか」
「や、そうじゃねーけど……そうじゃねーけど、いや、そうなのかもしんねーけどぉ……」
「は?」
「だって……だってさぁ~! 今のお前がどう思おうが、そんなイベントあったら否応なく親愛度は上がるじゃん!?」
「それは……まあ、そうなるが」
「だろぉ~!? そんなんわかっててさぁ、よかった! あなたを信じてます! いってらっしゃい! って送り出せるほど人間できてねーのよ俺はさぁ~!!」
「お前……」
机に突っ伏して身悶える。ジルコンの呆れたような視線が頭頂部に刺さる。わかってる。ジルコンが約束を違えるような奴じゃないってことも、理不尽なのは俺の方だってのも理解してる。
でも、事実として。この物語の主人公は俺じゃなくてミマだ。みんなの称賛を受けるのも、ジルコンとの仲を深めていくのも、本来のストーリーでは俺じゃなくて、彼のはずなのだ。
俺の不安なんてまるっきり無視して、ジルコンはどかりと椅子に腰を下ろす。
「つくづく理解しがたい生き物だな。お前も少しは公私の別というものを覚えろ」
「あぁ!? 生き物ってなによ!!」
「俺はジルコン個人ではなく、王子としてミマと組むんだと言ってるだろう。そこに俺自身の感情が介在する余地はない。数値上の親愛度がどう左右されようと、だ」
「わ、わかってるよ! わかってるけど!」
「本当か? いらん杞憂に振り回されるくらいなら、少しは魔法の練習でもしたらどうだ。試合は一月後に迫ってるんだぞ」
「ぐにゅ……」
確かに。ジルコンの言葉には理しかない。でも裏返して言えば、つまり感情の方面は全然考慮に入れてくれてないってことだ。俺の感情はもちろん、ミマと行動を共にすることによって、芽生えるかもしれないジルコン自身の感情にすら。正直俺が怖いのは、そこだ。
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