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64・旦那様はガチムチ系

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「要らん話をしすぎたな。お前もそろそろ仕事に戻れ」
「あ……」

 ジルコンが俺の横をすり抜けて、床に置いた湯呑みをひょいと拾い上げる。そのまま台所に去ろうとする背中に、衝動的に声をかけた。

「あの、ジルコン!」
「なんだ」
「その、なんつーか」
「?」
「なんつーか……うまく言えないけど、ありがとな、話してくれて」
「……」

 振り向いたジルコンは、なんとも言えない目で俺を見下ろしている。なんだか少しだけ、困っているようにも見える。

「別に……少なくともこの国の貴族なら誰でも知っている話だ。特別な意図をもって打ち明けたわけでもないんだが」
「いいよ、それでも。それでも、なんか……ありがとうなんだよ、俺にとっては」

 なんとなく相好を崩す俺を、いつもみたいに鼻でひと笑いして。ジルコンはもう一度俺に背を向ける。照れ臭さに後ろ頭を掻いて、俺も浜に繋がる出口に向かう。

「……つくづく、変な奴だな」

 ジルコンがぼそりと呟いた独り言は、俺の耳ではうまく聞き取れなかった。



 浜の作業場に戻ると、ちょうど新たな昆布隊が浜に到着したところだった。砂利浜を急ぎ足でみんなのところに向かう。ハフノンさんが俺に気づいて軽く手を振った。

「どもっす。すいません、休憩もらっちゃって」
「いえいえ。大丈夫、続けられる?」
「あ、ハイ。すいませんね、ひ弱で」
「そんなことないよ。慣れてないと辛いでしょ」
「そうそう。無理はしないでいいからね。大事なこの国の灯士様を、昆布干しで潰したなんてことになったら大変だ」

 網に山盛りされた昆布を運んでいた、背の高い筋骨隆々の男性が、通りすがりに俺に声をかけていく。

「いやいや、そんな。だいじょぶです、ハイ」

 気遣いがありがたく、そしてぎこちない愛想笑いしかできない自分が情けない。っていうか、灯士だって知られてんの、俺?

「あれ、うちの旦那なの」

 俺の疑問を見透かしたように、昆布を広げながらハフノンさんは言った。

「実は君のこと、ちょっと前にジルから聞いてたんだ。灯士寮の管理人をすることになったって報告されたから、どんな子なのって話になって」
「あ、なるほど。……なんて言われたんすか」
「真珠みたいに綺麗な美少年と、黒髪の地味で特徴ない奴の二人、って。それで今日、ジルが君を連れてきたから、たぶん君がその黒髪の方なんだろうなって……違った?」
「いや……合ってますけど」
「よかった。言い方ごめんね、ジルは無神経だから」

 いや、それをそのまま俺に言っちゃうアナタもアナタですけど。しかしハフノンさんに悪びれた様子は微塵もない。うーん、やっぱりこの人も、優しそうに見えてしっかりあいつと血が繋がってる感はある。
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