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62・そういう感じの法則もある

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 漁師さんたちが運んできた十メートルくらいある昆布を、きれいに洗って根っこを切る。そのあと砂利浜の上に広げ、ていねいにシワを伸ばしていく。つやつや光る黒い昆布は、たっぷりの水を含んで想像以上に重い。第三陣の船が沖に戻るころには俺はもうだいぶくたくたになっていて、見かねたハフノンさんに休憩を促されてしまった。うう、不甲斐なし。

 よたよたと浜辺の家に戻る。板張りの広間に足を投げ出すと、お留守番のジルコンがお茶を持ってきてくれた。

「おー、ありがと」

 どことなくジャパニーズワビサビの香りを感じる湯飲みを受け取ると、ジルコンは無言のまま鷹揚に頷いた。うーん、執事モードじゃないジルコンに給仕されるって、なんか変な感じ。爽やかなハーブの香りがするお茶はよく冷えていて、乾いた喉にじんわり染み渡る。ジルコンも俺の隣にあぐらをかいて、片手でお茶を煽り始めた。行儀悪いな、王子様のくせに。

「ふぅ……やー、大変だわこれ。昆布干しなんて言うからちょっと舐めてたけど、思った以上に力仕事なのね」
「そうだな。地味な割に労力の要る作業だ」
「なー。みんなすげーよな、ハフノンさんみたく女の人もいるのに」
「女の……確かに女性もいるが、言っておくが姉は肉体的には男性だぞ」
「ぶっ」

 あまりにもさらりとした暴露に、飲みかけたお茶が気管に入る。盛大に咳き込む俺を、ジルコンはまたしても妙に楽しそうな面で眺めている。

「ゲホッ……ま、マジ?」
「ああ」
「そっかー……あー、そっかー」
「なんだ。何かよからぬことでも企んでいたか」
「ち、ちげーよ! そんなんじゃねーけど!」

 断じてそんなんではないが、驚いたのは驚いた。作業に精を出すハフノンさんは洒落っけも化粧っけもないけれど、それでもどこからどう見ても女の人にしか見えない。文献ネットによればBL作品に出てくる美人と美少女は、4割が主要キャラの姉妹で4割が男性らしいけど、両方兼ね備えてるパターンもアリってわけか。

「てか、勝手にバラしちゃっていいのかよ、そんなこと」
「バラすも何も周知の事実だ。この環境下で個人の肉体的特徴を秘匿できると思うか」
「まあ、それは確かに……」

 改めて家の中を見回した。ジルコンの生家だと言うこの家は、面積のほぼ全部が大きな板敷の広間になっている。漁師さんたちも仕事のときはここで寝泊まりしているらしく、個人の家と言うよりは合宿所か海の家みたいだ。扉で隔てられているのはトイレと台所、それと物置の小部屋くらいか。これじゃ確かにプライバシーも何もあったもんじゃない。

「あ、そうか。なるほどね、そういうことか」
「? なにを一人合点している」
「いやあ、なんでも?」

 ジルコンがデリカシーないのもプライバシーの概念がないのも、こういう場所で生まれ育ったからか──と言いかけて、寸前で飲み込んだ。いやいや、ここで育ったみんながみんなこうなるみたいな偏見はよくない。ジルコンがコンプラ無視野郎なのは本人の責任だし。あと下手にんなこと口に出したら、また例のダイヤが飛んできそうだし。
 再びお茶をすする。外はいつの間にかだいぶ明るくなっている。昆布がよく乾きそうないい日和だ。

「ジルコンはさあ、いつもこれ手伝ってんの」
「いつもとは行かないが、暇がある時にはな」
「ふーん。それは、なんつーか、昔から?」
「ああ。子供時分は漁期のたびに駆り出されていた」
「ふーん……」

 適当な相槌を打って、湯呑みに残った雫を飲み干した。遠くで波の音が聞こえる。昆布を浜に上げる人たちの、威勢のいい掛け声が扉越しに響く。

「……なあ。そろそろ聞いてもいい?」
「……」

 何を、とは、言われなかった。
 代わりにジルコンは、手に持った湯飲みをコトリと置いた。
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