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魔王はやっぱり魔王なんです
しおりを挟むドラゴンの谷の街から帰って来てからの魔王は、なんだか忙しく真面目に魔王の仕事をしているようで、あまり話す暇も無いくらいだった。
私は私で面倒だけど。朝は、ジョギングにストレッチを5セット。これを毎朝続けていて、サウナとオイルマッサージは1日おきに魔王に言われて仕方な~く続けている。そのおかげか? 私のお肌はツルツルだった。
魔物の先生の授業は1日置きだったので、他の空いた日は魔王がこの前連れて来た魔女のエルザに魔法について色々と授業を受けて、魔力についても学んでいた。
「魔法も色々あるんですね~。それに魔具も種類が沢山あるし。私は魔界へ来てドラゴンが火を吹いているのを遠くから見たくらいで、誰かが魔法や魔術を使ったのを目の当たりにしていなかったから、エルザの授業はすっごく面白いし楽しいです」
「魔王城にいる奥さまには、なかなか魔法なんて目にする機会が無いだろうね。あったとしたら、魔王さまが本気で癇癪を起こした時くらいのもんだろうからね~。フフフフ」
私が機嫌良く鼻歌を歌いながら、エルザに見せてもらった資料を広げて話していると、エルザが魔王について意味深なことを口走ったので、私は立ち上がってエルザに詰め寄って問い詰めた。
「魔王が、癇癪なんかで魔力を使うことがあるの? 本当に? 私は、まだ見たこと無いよ!」
「フフフフフ。今のは、以前の魔王さまの話ですからね。奥さまが魔界へ来られてからは、魔王さまはずいぶんとお変わりになられたようで、城の者はみんな奥さまに感謝しておりますよ」
エルザはケラケラと笑って窓の外を眺めながら、城下の方を指差して私の方に振り返っていた。
「城下にある街に住む者たちも、魔王さまが真面目に公務に出ていることを知ってどれだけ驚いているかなんて、奥さまは知らないでしょう? 傍若無人な魔王さまが、何故かこのわずかな時間でえらくお変わりになられたと。あのベルゼブブさまでさえ驚いているという話もね。フフフ」
「傍若無人は変わってないでしょ? ちょっと逆らったらすぐに目を吊り上げて怒るし! 思い通りにならなかったら子供みたいに癇癪起こすし!」
私がエルザに目を大きくして魔王は変わらずドSな魔王だと強調すると、エルザは左右に首を振って魔王が私にやってることなんて、愛情表現のひとつで可愛いものだとケラケラと笑っていた。
あれが、愛情表現って……。
確かに死ぬほどつらい目には合わされてはいないけど。魔王は、私の前ではただのドSの変態で…巨乳好きなスケベな悪魔だと思ってたから、改めて魔王が本気で怒って魔力を使ったらどうなるか、なんて…想像したことも無かったんだけど。
********
その夜は、エルザに変な話を聞かされてしまったから、いつもの様にベッドに横になって私の胸に顔を埋めて気持ち良さそうに寝ている魔王を見ていると、ついクスクスと声を出して笑ってしまった。
「オイ! 何がそんなにおかしいんだ? ん? もしかして…。オレ様のことを笑ってんじゃねえよなぁ~? 美乃里ちゃ~~~ん?」
「ち、ち、違うよ。違うから。魔王のこと笑ったんじゃ無いから…。エヘヘ」
私がうろたえてるのを面白がっているのか? 魔王は、顔を近付けてじ~っと私の顔をのぞき込んで来た。
「やっぱ、オレ様のことだな? お前は、ほんっと嘘がつけねえやつだな! クククク」
「え~~~~! だから違うって。エルザの話を思い出して笑っただけなの!」
私は魔王にいつの間にかうつ伏せにされて、魔王が馬乗りになっているのに気付いて嫌な悪寒がゾクゾクっと背筋を走った。
「久しぶりにやっちゃおうね~。美乃里ちゃ~~~ん! クククク」
「え? やだ! それは絶対にやだ~~! 無理無理無理~~~!」
魔王に背中を丸出しにされて、何をするのか気付いた私は必死に抵抗したけど。本気の魔王には敵わなかった。魔王は嬉しそうに笑いながら背中に6ヶ所も大きなお灸をおいて火をつけていた。
「ううううううう~~~~。やだよ~~~。熱いのやだ~~~!」
「そんなことを言いながら、本当は気持ち良かったりするんじゃねえのか?」
魔王に手足を縛られて動けなくされた私は観念するしか無かった。
「あうううう~。熱い~~! やっぱ熱い~~~! あううううう~~……」
「オレ様のことを笑った罰だ! まぁ~それと、お前の美容のためでもあるかな? だから、我慢しろ!」
久しぶりに熱さに悶える私を、楽しそうにドSな魔王は見物しながら笑っていた。もともと、普通の人よりも敏感な私は久しぶりに熱さに耐え切れずに気を失ってしまった。それにしても……。あの熱さは普通じゃないから、もしかしたらあれはお灸じゃなくて、魔王の拷問用の小道具かも知れない。
それよりも、もっと私が気になっていることがあった。……。それは、未だに魔王が私と結ばれようとしないことだった。きっと誰もが、私と魔王はすでに結ばれていると信じているに違いないけど。魔王は全くそんなことをする気配すらなかった。まだまだ、お子ちゃまな私にとっては、有り難いことなんだけど……。魔王が本当にこのままで良いと思ってるのか? 私はちょっぴり不安だった。
**********
そして……。翌朝に事件は起こった。
早朝、バタバタと魔王の配下の兵士が数人で部屋へ血相を変えてやって来て、寝室の部屋のドアを勢い良くノックしていた。
「魔王さま! 魔王さま! 至急お伝えしたいことがございます!」
「オイオイ! こんな時間になんの用だ? まさかドラゴンの奴らか? 動いたのか?」
いつも寝起きの悪い魔王が、ガバっと起き上がってすぐに着替える準備をしていた。
「ドラゴンです! 奴らが動き出しました。魔王さまのご指示を願いたく。このようなお時間ですが参りました。無礼をお許し下さい!」
「あ~~! わかったわかった。 すぐに着替えて行くから外で待ってろ!」
険しい顔付きではあったけど、魔王は癇癪は起こさずに素直に支度を始めていた。
「ねえ~? ドラゴンって? どうしたの? 何かあったの?」
「お前が心配するようなことじゃねえよ! おとなしくオレ様の帰りを待ってろ! いいな? 余計なことを詮索すんなよ!」
魔王は支度を済ませると、乱暴にベットで半分身体を起こして座っている私を抱き寄せていた。しかもドサクサに紛れて片手で胸を揉んでいるし、いつもより長い抱擁だった。
魔王の行為に硬直して私が放心状態で動けなくなっている間に、魔王はケラケラと満足そうに笑って部屋を出て行ってしまった。
やっと正気に戻って、動けるようになった私が部屋の窓から外を眺めてみると、お城の中庭でも武装した兵士たちが慌しく右往左往しているのが見えた。
「何だろう? 気になるなぁ~。ドラゴンがどうしたんだろう?」
こんな状況だから、今日はジョギングどころじゃないなと思って、私は起き上がって小さい魔物を呼んで何があったかだけコッソリ調べてくるように硬貨を渡して頼んでおいた。
さすがにストレッチくらいはやっておこうと思って、部屋で私がストレッチをしながら身体をほぐしていると、小さい魔物が息を切らして慌てて部屋へ戻って来た。
「た、大変でございます! ドラゴンの谷の反魔王派のドラゴンたちが氾濫を起こしたようです。そのドラゴンたちに麓の街や村が襲撃されているそうです。すぐに魔王軍が向かうそうですが、今回は魔王さまもお出になられるようです」
「ドラゴンの谷のドラゴンたちが氾濫って魔王に? どうして? 何があったの?」
身体を乗り出すように窓の外の城下を見てみると、遠くのほうで火の手が上がっているのがわずかに見えた。確かに魔王が連れて行ってくれたあの街のある方向だった。
「ドラゴンたちの中には、魔王さまを良く思っていないものが徒党を組んで定期的に氾濫を起こして暴れまわる奴らがいるのです。和解策は無いに等しいのでいつも魔王さまが魔力でドラゴンたちを押さえ込まれるのでございます。きっと今回もそうなさるおつもりでしょう」
「殺してしまうの? 暴れてるドラゴン全てを?」
私の問いに小さい魔物たちは、深く頷いてから私に頭を下げると部屋をすぐに出て行ってしまった。
暫くすると。窓の外で白い閃光と共に地震のような揺れが何度も起こり、部屋の大きな壺が床へ落ちて割れてしまっていた。
割れた壺を私が片付けようとしていると、小さい魔物が飛んで来て危ないからと止められて、他の魔物たちがパタパタと片付けてしまった。
「美乃里さま! 魔王軍の大勝利だそうです。先程の地震や閃光は魔王さまの魔力によるものでございます」
「そうだったの? なんか凄かったよね? 魔王ってあんなに凄いことが出来るの? って、今更そんなことをお前たちに聞いても困るよね…」
私のアホな質問に、魔物たちは困り顔で固まっちゃって返事が出来ないでいるようだった。そりゃそうだわ。…だって私は、その魔王の妻なんだから。
そんなことは、知ってて当然って思ってるだろうしね。それでも、やっぱり少し私は魔王に脅威を感じていた。
後から聞いた話なんだけど。
氾濫を起こしたドラゴンは、4体で全て魔王が消し炭にしてしまったらしい。それでも魔王は、力の半分も使っちゃいないと笑って私に自慢気に話していた。少し慣れ合って来ていたので、私は魔王が魔王であることを忘れていたのかもしれない。
もしも…。本気で魔王が力を使ったら、世界は全て消えてなくなるんじゃない? 私はその日。改めて大変な力を持った存在と結婚したんだということにようやく気付かされて、デリケートな私は胃がシクシクしていた。
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