オカンの店

柳乃奈緒

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オトンの話

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 暑かったり、涼しかったり。夏と秋が入り交じったハッキリしない気候の9月の半ばに、オトンがひょっこりと家に帰って来た。新しい店へ越してからは、海外をずっと旅してたみたいで、LINEで連絡は取りあっていたけど。

家には、なかなか帰って来なかったので
数ヶ月ぶりの夫婦の対面やった。

✡✡✡

「それで? 今回は何で帰って来たん?」
「夢を見たんや。お前がワシに帰って来いって叫んでる夢を何度も見るから、帰らなアカンような気がしてやな~」
「別に帰って来いって思ってなかってんけど、なんやろ? 虫の知らせみたいやん」
「そやろ! 何か気持ちが悪いから、何とか飛行機のチケット取って帰って来たんやで!」

 オトンは、店のカウンターへ座って
仕込みをしてる私を眺めてニッコリと笑った。

「まぁ、お前に何かがあったんじゃなくてほんまに良かったわ~」
「フフフ。心配してくれてありがとう~♪」
「なんやねん。あらたまって礼なんか言われると、変な感じやわ。そやけど…この際やから、少し長めに家にはおるつもりやで!」
「ほんまに? またすぐにふらっと旅に出たくなるんちゃう?」

 珍しいこともあるもんで、オトンはしばらく旅には行かずに家におるからと言ってもう一度ニッコリ笑って立ち上がると、旅の土産話を聞いてもらうために亜夜子ママの店へ出掛けて行った。

✡✡

 オトンと入れ替わりで比奈が絵美里と店に入って来たので、私は比奈にオトンのことを話してみた。

「オトンからしばらく家におるって言われてんけど。比奈はどう思う? やっぱり旅先で何かあったんやろか?」
「嘘!? ほんまに? 家にしばらくおるって? そら、何かあったんちゃう? 今までにそんなことって、店の火事の時以来なんちゃうか?」
「やっぱりそうやんなぁー! オトンが自分から家にしばらくおるやなんて何も無ければ言うわけないよな……」
「まぁ、ええやん! しばらく何も聞かずに様子見てよ!」

 比奈はケラケラと笑って私の背中をさすって、あんまり心配してもオトンのことやからきっと大丈夫やと言って、絵美里と店を開ける準備をしてくれていた。絵美里も比奈の真似をして、私の膝を小さい手で優しくさすってニッコリと笑ってくれていたので、私もあんまり心配せんようにしようと深く深呼吸をしてニィッと絵美里に向かって笑った。

✡✡

 オトンが帰って来て2週間が過ぎていた。あれからオトンは旅に出る様子も無くて店を手伝ったり、時々どこかへ出かけて行っては夜遅くに帰って来る。さすがに比奈もそんなオトンを気味悪がって、絶対に旅先で何かがあったんやと心配するようになっていた。

「2週間やで? オトン、大丈夫なん?」
「何がや?」
「だって、いつもやったら1週間も家におったら、そわそわして出かける準備を始めてる頃やで?」
「ええんや! そやから、しばらく家におるって言うたやろ?」

 比奈が我慢しきれずにオトンに大丈夫なんかと聞くと、オトンはケロッとした表情でええんやと言って笑っていた。

「どこか具合悪いとかと違うよね? 心配かけんとこうと思って黙ってるんやったら早めに話してや!」
「大丈夫や。別にどこも具合悪いとこなんか無い。ワシが家におりたいだけや!」
「それやったらええねんけど。こんなこと初めてやから、何かあったんかなと思って心配になるんよ」
「ちょっとな、ワシも歳を感じるようになったんや。家族とおるんもええなぁって思えるようになってん」

 別にどこか無理してるふうでも無いし、オトンは思ったことを私と比奈に話してくれているようやった。それでも、どこかしら寂しげなオトンの表情が私は少し気になっていた。

✡✡

 オトンが夕方から出かけた夜。こうちゃんが麻由美ちゃんと桃香ちゃんを連れて飲みに来て、こっそりオトンから聞いたことを私に話してくれていた。

「何かオトン、旅先で泊まってたホテルで知り合った同年代の男の人の家族が、その人の留守中に酷い事故に巻き込まれてしもたらしくて、奥さんと息子さんを亡くしはったらしいわ」
「留守中に…。なるほどね。そういうことやったんか…」
「そう言えば、火事の時も飛んで帰って来たもんな!」
「勝手気ままにしてるように見えても、オトンはオトンなりにオカンや比奈ちゃんたちのことを気にしてるんやな!」

 ある日突然、家族を亡くすことほど辛いことは無いやろうからね。きっと、オトンはその人を見て自分自身と重ねてしまったんやと思う。それで、オトンは歳を感じるって言うてたんやわ。若い頃ならそんなこと気にもしてなかったからね。毎日なるようになると思って赴くままに生きるには、そろそろ歳を取り過ぎたんかもしれん。

✡✡

 オトンが帰って来てから2ヶ月が過ぎた夜のことやった。


「ただいまー!!」
「おかえりー!! あれ? お客さん?」
「ちょっとな。ワシの知り合いなんや! どうしても店に来てみたいって言うから連れて来たんや!」
「初めまして。金村康夫かねむらやすおと申します。塩田さんには旅先でえらいお世話になりました。日本にも一緒に帰国してもらって、色々と支えになってもらってるんです。ありがとうございます」

 歳の頃は私とオトンの間くらいかな? 多分、こうちゃんにオトンが話していた旅先で知り合った男の人が、金村さんなんやと私はオトンと金村さんを見て確信していた。

「こちらこそ、わざわざお店まで来てもらえて嬉しい限りです。今日はゆっくりして行ってくださいね♪」
「ワシら、晩御飯まだやから夜定食を2つ頼むわ!」
「はいはい♪ 飲み物は生でええんかな?」

 私が金村さんのコートを預かってから、熱いおしぼりを2人に渡してカウンターへ座ってもらってると、比奈がすぐに生を2つジョッキに注いで出してくれていた。

「ほんまに猫がおるんですね。なんかホッとします。1人でも気軽に立ち寄れそうやわ」
「やっちゃんも猫を飼ってみたらどうや? ええで? こいつらほんま癒しの生き物やから」
「四十九日も済んだし、落ち着いたら考えて見よかな?」
「知り合いに保護猫のボランティアさんがおるから、いつでもワシに相談してな」

 座敷におるがんもとミケを眺めながら、金村さんが目を細めて笑っているとオトンは猫を飼ってみたらどうやと金村さんに勧めているようやった。どうやら、ちょこちょこ出かけて行っては夜遅くに帰って来てたオトンの行き先は金村さんのお宅やったみたいで、オトンは急に1人になってしまった友人をどうしても放っておくことが出来んかったようやった。

✡✡

 そんなオトンの気持ちを察したのか? 金村さんは凄く優しい表情でオトンに自分はもう大丈夫だからと伝えてくれていた。

「僕のことはもう大丈夫ですよ。俊夫さんのおかげで自分が1人ぼっちや無いって思えるようになったしね。小さいけど古書店ももうすぐ始められそうやし、妻も息子も安心してくれてると思います」
「そうか? 無理したらアカンで? 寂しいって思ったらいつでも呼んでや! たいしたことは出来んけど。出来るだけ力にはなるからな」
「それより、旅には行かないんですか? 俊夫さんの生きがいやって言うてはったでしょ?」
「へへへ。なんかな……歳を感じてしもうたんや! ワシのことは心配せんでええ! 大丈夫や!」

 オトンは金村さんに旅には行かんのかと聞かれて、少し困り顔で苦笑しながら答えていた。

「前から少しずつ色んなことが変わり始めてたんや。家でジッとしてたことが無いから、退職してからはずっとワシのわがままで旅をしてたんやけど。この歳になると、旅先で夜に布団に入ると何やら不安になるんや。このまま目が覚めんかったらどうしようとか思ってな!」
「ああ。それは、僕もわかります。若い頃とは違って眠る前に色々考えてしまうんですよね」
「ずっと、ごまかして来たんやけど。やっちゃんが奥さんと息子さんを事故で急に亡くした姿を見てやな……ワシは家族と後どれだけ一緒に過ごせるんやろうって考えさせられたんや」
「ですよね。私もあの時は目の前が真っ暗でした……」

 もの凄くしんみりして来たから、私が芋焼酎のお湯割を2人に出してやったら、オトンも金村さんも一気にそれを飲み干して目には薄っすらと涙を浮かべていた。

「それでも、たまには2人で国内を旅しましょう。さすがにもう海外はしんどいですからね」
「ほんまやな! どうやろ? 春になったら四国にでも行ってみよか?」
「良いですね。行きましょう♪」

 先に気持ちを切り替えた金村さんに2人で旅しようと誘ってもらって、オトンの表情がパッと明るくなるのが目に見えてわかった。

✡✡

 その後は、しんみりすることも無く2人は楽しそうに今まで行った旅先での話を焼酎をちびちび飲みながら、閉店前まで話していた。

「良かったなぁー! また、少しは旅に行こうって気持ちになれたみたいで」
「そうやなぁー。オトンもなんか、色々と考えてるんやな」
「オカンは? オカンは考えたこと無いん?」
「無いことは無いけど。お互いにやりたいことをして過ごせたらええって思ってるから、それで死ぬなら本望ちゃうかな?」

 酔いつぶれてしまったオトンと金村さんをこうちゃんと宗ちゃんにオトンの部屋まで運んでもらって、私が店を閉める作業をしてると比奈が私の気持ちを聞いて来たから正直に思ってることを答えてやった。

「やっぱり女の方が図太いんやわ。私もオカンと同じようなこと思ってるもん」
「そやろ? なんやかんや考えたって、死ぬ時は死ぬんやから仕方ないんよ」
「あ。でも、やっぱり、絵美里のことはまだまだ心配やわ」
「そらそうやろ! 私もそうやった。比奈が小さい頃はほんま自分になんかあったらどうしようって、色々考えてたわ」

 こんな風に比奈と同じ親の気持ちを語れる日が来るなんて。あの頃は想像も出来ひんかったけど、何事にも一生懸命やったことを私は思い出して少し胸が熱くなってしまった。

 その翌朝。目を覚ました金村さんは何度も何度も私に頭を下げて酔いつぶれてしまったことを詫びるので、私はそんなことは気にしないでいつでもまた、遊びに来てやって欲しいと金村さんの手をぎゅっと握り締めて頼んでおいた。

✡✡

 その後もオトンは毎週のように、金村さんとはちょくちょく会って古書店の古書の買い付けも手伝うようになっていた。もともとそういう仕事が好きやったオトンは、ほんまに楽しそうに毎日を過ごしていたのでなんか私も嬉しかった。


 そして、オトンは春になると金村さんと一緒に四国へ1週間の旅に行って来ると朝早くから張り切って、出かけて行った。
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