オカンの店

柳乃奈緒

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比奈の決意【オカン編】

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◇◇◇◇◇

比奈と絵美里がアメリカから
帰って来て…1ヶ月半が過ぎていた。

比奈は、結婚生活で蓄積されていた
雅章さんへの不満が爆発して…
雅章さんとは、当分の間
別居することを決意した。

離婚するって言わなかっただけでも…
大人になったのかな? 
私は、そう思って黙って
比奈の好きにさせてやることにした。

「どうせ一緒に暮らしてても、暮らして無くても…
状況は、あんまり変わらへんしね…」

比奈は、苦笑いしながら
そう言って…こうちゃんらの
結婚式の打ち合わせに付き合っていた。

「雅章さんは? あれから来てないの?」

ビールを注ぎに来たこうちゃんが
どうしても気になってたらしくて…
私に聞きに来たから、
来る訳ないやんって小声で教えといた。

頭の中が、仕事で一杯の
雅章さんを見てると
オトンの若い頃を思い出す。

比奈が、我慢出来れば…
このまま何とかやっていけると思うねんけど…。

正直…

どうなるんかわからんやろなぁ~

「うちみたいなんが、こうちゃんらの
結婚式を手伝ったら縁起悪いかな?」

比奈は、カウンターまで来て
そんなことを私に聞いてくるから…
私が、そんなん関係ない!って 
笑い飛ばしたら、私と比奈の会話が
聞こえていたらしくて
こうちゃんが比奈に向かって叫んでいた。

「俺らは、比奈ちゃんがおってくれて
助かってるで! そやから、気にせんといて!」
「そうやで! 私は、比奈ちゃんに協力してもらえて
ほんま心強いねんから…そんなこと気にせんといて!」

こうちゃんも麻由美ちゃんも
それはそれやんな~!って笑って
また、比奈と一緒に
結婚式の打ち合わせを続けていた。

比奈が、日本に留まることになったので…
こうちゃんたちは、結婚式を
6月の第2日曜日に変更する事に決めた。

どうせなら、ジューンブライドに
したらええやんって、比奈が提案したらしい。

そう言えば…
比奈もジューン・ブライドに憧れてた。

ところがや、

あの時は、雅章さんに
押し切られるような形で
結婚することが決まって、比奈の
希望とか全く関係なく…
ほとんど向こうの身内が、結婚式の
段取りをして決めたもんやから
その時から少しずつ比奈は
雅章さんに不信感を募らせてたんやけど…
絵美里も生まれて、比奈なりに
耐えてたんやろうと思う。

あの頃、比奈は
20歳になったばかりで…
雅章さんは、ひと回りも歳上で
少し不安はあったけど…相手が大人やったから
私もオトンも結婚を許したんやった。

それでも、結婚が決まってからの
現実はそんな甘いもんではなくて…
殆ど雅章さんが、比奈を無視した形で
何もかもを決めてしまったので
私も少し唖然とした。

「最初は、そんなものかな?って思って
気にせんようにしててんけどな、何時も何時も
事後報告で…不信感みたいなものが、蓄積されていったんや!」

お酒が入ってるせいか…
比奈は、少しずつこうちゃんと
麻由美ちゃんに自分のことを
ぽつりぽつりと話し出した。

「何でも一緒に考える必要は無いとは思うけど、
それでも…結婚式やら海外赴任については、
早めに何か言って欲しかったって今でも思ってる。
今回もな、今こうなってて…自分は、こう考えてるけど
どうかな? とかは、相談して欲しかったし、
何も相談してもらわれへんのなら、おっても
おらんでも一緒やと思ってしまうやん!」

話しながら…比奈は
大きな溜め息を吐いて
少し辛そうに苦笑していた。

「ほんま…雅章さんは、オトンの若い頃に
よう似てるわ! 比奈も私みたいに何か見つければ
雅章さんの気持ちをわかってやれるように
なるんとちゃうかな? 先走って離婚なんかしたら
アカンのやで! それだけは、私は許さんからね」

私が心配して念押ししたら
比奈は、何度も頷いていた。

離婚については…。

雅章さんが、浮気でもしたら
わからんけどね。と、クスクスと
比奈は、笑って絵美里のオムツを替えていた。

仕事人間やからありえへんけどな~って
呟いてから、1人で比奈は
何かを思い出したように
またクスクスと笑い出した。

「そんなん。男やからわからんで!
こんな時に優しくしてくれる女が側におったら
フラフラ~っと出来心で…なんて事もあるかも知れへんやん」

こうちゃんが、冗談のつもりで
比奈に向かって答えたら、横に座ってた
麻由美ちゃんが、持ってた雑誌を丸めて
こうちゃんの頭を力一杯叩いていた。

「もう~! こうちゃんは、デリカシーが無いんやから! 
それは、弱い男の話や。きっと、仕事が恋人の雅章さんは
浮気なんかせえへんねん! 大丈夫や!」

女性陣に反感を買ったこうちゃんは
カウンターへ避難してきて
素早く宗ちゃんの横に座った。

「怖い怖い! ほんま冗談やって! しんみりして来たから
ちょっと冗談言うただけやん!」

両手を合わせて頭を下げながら
こうちゃんは、堪忍してくれって
麻由美ちゃんに何度も謝っていた。

「ここはほんま変わらんなぁ~! やっぱりうちは
ここが一番ホッとする。ここでなら私1人でも
絵美里を育てて行けそうやわ♪」

比奈は立ち上がって絵美里を抱き上げて
ここでこの子を育てたい! と叫んだ。

 その時やった。

「…………」

無言のまま…
店の戸を開けて
入って来たのは雅章さんやった。

表で中の様子を伺って
話を聞いていたのか? 
雅章さんは、青い顔をして
その場で黙ったまま立っていた。

「おかえり~!」

私は、とっさに愛想笑いをして…
雅章さんのカバンと上着を預かって
背中を押して座敷に連れて行って座ってもらった。

それから…私は、慌ててお絞りと
取り敢えず温かいお茶を出して、
2人にゆっくり話したらええんやでと
言ってから、カウンターへ戻った。

「ほんまに。ここで、比奈は暮らすのか?
絵美里と…これからずっと?」

少し声を震わせて
雅章さんは比奈に聞いていた。
比奈は全く迷わずに頷いて即答していた。

「私は、ここが一番心が落ち着く所や思うから…
私は、絵美里をここで育てたいと思ってる」

比奈の気持ちを聞いて
深く深呼吸をして、雅章さんは
出来るだけ冷静になろうとしていた。

「それって、俺と別れるつもりで言ってるんか?」

比奈に向かって話す
雅章さんの声が、さっきよりも
かなり震えていた。

すると…

比奈は、麻由美ちゃんから
丸めた雑誌を差し出されて…
無言で頷いて受け取ると…
それで雅章さんの頭を
バシバシ叩いて叫んでいた。

「そんなんありえへんわ! 雅章と別れずに
やって行くために…ずっとうちは、いっぱい悩んで
どうするか、色んな人に話を聞いてもらって考えて
ここでやったら何とか疑心暗鬼にならずに
絵美里と一緒に雅章を待ってられるって感じたから
ここが一番やって思ったのに。
何でそんな風に決め付けるんよ!」

目に涙をいっぱい溜めて、
比奈はさらに力を込めて雅章さんを叩き続けた。

「痛い! 痛い! ちょ、マジで痛いって! 比奈! 
ごめんって、悪かった。痛いって、ほんまやめてくれ~!」

笑ったらアカンねんけど、
2人を見てたら、我慢出来なくなってしまって
私は吹き出して声を出して笑ってしまった。

「お母さん! 笑うなんて酷いですよ~! 
比奈を早く止めて下さいよ~!」

雅章さんは、助けを求めたけど…
私は、笑って助けてやらんかった。

「比奈ちゃん! そろそろ許したり~もうええやん!」

そんな比奈を止めてくれたのは
麻由美ちゃんやった。でも、
顔はしっかり笑ってたんやけどね。

「女はこれやから怖いんや!雅章。取り敢えず避難しよか?」

カウンターで見物してた健ちゃんが
2人に割って入って
雅章さんを助けて、カウンターに座らせた。

比奈はまだ少しだけ興奮状態やったから…
落ち着くまで待とうと言って
麻由美ちゃんと美花ちゃんに任せた。

「何か飲んだら? 雅章さんは日本酒がええんやった? 
冷でええやろか?あ、ぬる燗にしとこか?」

私が雅章さんに聞いてやったら
うんうんと頷いて
おしぼりで、顔を拭いて一息ついていた。

「仕事は結局どうなったんや?
本社の方は少しは落ち着いたんか?」

雅章さんと飲み友達やった健ちゃんが
やんわりと、今の様子を聞いてくれていた。

「こっちの仕事は一応落ち着いて来たから…
今度は支店の方に戻って、引き継ぎと取引先に
挨拶を済まして、戻って来ようと思ってるんやけど
それを2週間でやって、本社に戻って来なアカンから…」

比奈には、弱音を吐かない雅章さんも…
健ちゃんには、同じ男やから話せるようで
お酒を呑みながら吐き出していた。

「正直、比奈には悪いと思ってます。
向こうでも、俺は仕事仕事で家のことは
放ったらかしやし。何でも勝手に決めて事後報告やったし…
比奈が怒るのも無理ないんです。本当にすみませんでした」

雅章さんは申し訳無さそうに
私に謝ると、立ち上がって頭を深々と下げていた。

「雅章は歳が離れてるのもあったから比奈には
なかなか弱音が吐けへんかったんやろけどな? 
少しでも弱音吐いて頼ってやらんと、どんだけ物分かりの
いい女でも、待てるもんも待てんようになってしまうんやで」

私の代わりに健ちゃんが
雅章さんに言いたかったことを
全部言うてくれていた。

「比奈! 雅章は、仕事頑張ってるんやからな! 
そこは、怒ったったらアカンのやで。確かに…
こいつは、1人で先走って周りを見てないこと多いけどな」

こんなんで、仕事は完璧なんやから
信じられへんねんけどなあ。と
雅章さんの肩をポンポンと叩いて
健ちゃんは、ケラケラと笑ってた。

比奈は、やっと落ち着いたみたいで
雅章さんにこれからどうするん?って聞いていた。

雅章さんも少し腹が座ったみたいで
比奈に向き合って
ゆっくりと今後のことを話し出した。

「俺は、本社勤務になるから…本社の寮で
寝泊まりしようって思ってる。暫くは忙しいから
なかなか会われへんかも知らんけど、それは一緒に
住んでてもあんまり変わらんし…俺も本音を言えば、
ここにおってくれる方が安心して仕事に打ち込めると思うわ」

比奈の頭を優しく撫でながら…
雅章さんは、仕事人間でごめんと言って謝っていた。

「但し、その前にNYの社宅にある大事な物は
全部日本へ送らなあかんから1度一緒に帰って
荷物の整理を手伝って欲しいねんけど…それでもええか?」

雅章さんに聞かれて比奈は苦笑しながら
確かに2ヶ月程で帰るつもりやったから
荷物は、ほとんど置いたままやもんね…と
1度荷物の整理をするために
あちらへ戻ることを承諾していた。

その後は、何もなかったかのように
比奈も雅章さんも仲睦まじく、久し振りに
色々な話を健ちゃんも交えて話しながら
楽しそうに笑ってお酒を呑んでいた。

そして…

翌朝になって、比奈は
こうちゃんと麻由美ちゃんの
結婚式までには帰るからと言って
雅章さんとNYへ帰って行った。

内心…ヒヤヒヤしていた私は
ホッと胸を撫で下ろして…
オトンに【何とか離婚は回避しました】とだけ
LINEを送っておいた。
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