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第7夜 忘却の地下牢
第6話 消えない悪夢
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パチパチと、木材が燃える音が耳朶を打つ。父が亡くなってから、母と妹の三人で暮らしていた家が炎に包まれていた。
全てを焼きつくさんと燃える、オレンジ色の炎は収まるばかりか、どんどんと範囲を広げていった。
(どこだ……母さんも空もどこに……!)
「お兄ちゃん……」
視線を向けると、炎の中から人影が現れる。聞き覚えのある妹の声に、ほっと胸を撫で下ろした。
「空! よかった、母さんは……」
駆け寄ると、その姿に言葉を失う。
左側の額から目元まで火傷で血に染まり、全身擦り傷や切り傷でボロボロになっていた。
「おまえその怪我……!」
「ごめん、間に合わなかった。 間に合わなくて……! ごめんなさい……! 私、役目を果たせなかった!」
ぐしゃぐしゃに泣き崩れる空を支えようと手を伸ばしたときだった。空がはっと顔を上げて、翼の背後を見る。その顔が、恐怖に染まった。
「やめて……お兄ちゃん逃げて!!」
振り返ると、すぐ目の前に黒い影があった。否、いた。普段目にする無機質な影ではない。墨のように真っ黒であるのに、そこに明確な意志を感じとることができた。これは、悪質なものだ。
祓わなければ──!
しかし、少しも体を動かせなかった。それに加え、影からも目をそらせなかった。影がそっと翼の頬に手を添えた。
そうして──。
「おい、翼!」
はっと目を覚まして見えたのは、無機質な白い電灯と間抜けな面をしている大雅の顔だった。体を起こすと、額に浮かんだ汗を袖で拭う。まるで全力で走ったかのように体全体が汗ばんで、息が上がっていた。
「大丈夫か? うなされてたぞ」
「……問題ない」
そっけなく返すと、ソファの背もたれに寄りかかる。どうせ、いつものことだった。あの日から、夜に目を閉じると浮かんでくる光景。おかげで、睡眠薬を飲まないと深い眠りにつけない。
「ならいいが。空き部屋で寝るなよな。マジでどこにいるかわからなくて薫に聞いたわ」
小さな事務用の棚に、応接室セットが一通り揃っている空き部屋。誰も使ってる奴いないし、好きに使えば。と、とある上級生から鍵を譲り受けてから、たまに利用していた。
「俺がどこにいようが関係ないだろ。ていうかあいつ、バラしたな」
「秘密だったのか? じゃあ黙っててやるから俺にも貸せよ」
「おまえ寝るつもりだろ。仕事しろよ」
「えー、俺だってへとへとだよ。地味に書類仕事多いし、マジ肩こりひどい」
そういって肩をさする大雅を無視し、「それで」と続きを促す。
「何のようだ」
「神野はどこにいる?」
「は?」
「え?」
しーんと部屋が静まり返った。大雅が信じられないものを見るような顔で見る。なんだ、その顔。
翼は青筋を浮かべると、食って掛かった。
「なんで俺があいつの居場所を知ってなきゃならないんだ!」
「それがおまえの任務だろ。基本情報とかの他に害がないか、どこで何して、趣味好みの傾向まで調べる……ストーカーみたいだな」
「俺は調査員であってストーカーじゃない!」
「似たようなもんだろ」
「てんめぇ……!」
こいつ湖の底に沈めてやろうか……!
元はといえば大雅がこんなふざけた任務を持ってきたせいで連日のストレス、疲労の蓄積がひどいのだ。八つ当たり、いや元凶を凹殴りにするだけだ。問題ない。
大雅は翼の殺気を知らずに背を向けた。チャンスとばかりに懐にある札に手を伸ばす。
「知らないならいいや。花咲が見つけらんないなんて珍しいこともあるもんだな」
「あいつが見つけられない?」
札に伸ばした手を止めた。緋鞠の友人である彼女は、翼も一応知ってはいる。
花咲琴音。花咲神社の長女で木花の巫女。
木花の巫女とは、山の神である木花之佐久夜姫を祀る一族の巫女である。その恩恵として植物に関する何らかの能力を生まれもった女性だ。そして、彼女の能力は植物との精神感応だったはず。
星命学園は、悪霊や月鬼を寄せ付けないように結界のほか、桃や南天、槐などの樹木が数多く植えられている。それこそ能力を使えば、居場所くらいすぐに見つかりそうなものだが……。
そのとき、バンっと大きな音をたてて扉が開いた。入ってきたのは、顔が青ざめた愛良だった。愛良は大雅を見つけると、肩を掴む。
「大変ですぅ! 神野さんが地下牢に連れていかれちゃいました!」
二人は驚いたように目を見開いた。
陰陽院の所有する地下牢。主に命令違反をした隊員や陰陽院に仇なした者、悪事を働いた妖怪を捕まえておくための施設だ。
最近ではそのような者もいないため、めったに使われるようなことはなかったはずだった。
「なんでそんなことになってんだ!?」
「どうやら上級生とちょっと揉めたみたいで。しかも相手が悪かったんですよぉ!」
「誰と!」
「最近牢の管理官になった、沼倉の息子ですぅ! 普段から僻みやっかみで周りをかき回しては、格下の家の子を牢にぶちこみまくってるのぉ!」
(沼倉……?)
翼はここに来る前にやたらと突っかかってきた腹の立つ顔をした上級生を思い出した。翼は大雅を押し退けて部屋から出る。
全てを焼きつくさんと燃える、オレンジ色の炎は収まるばかりか、どんどんと範囲を広げていった。
(どこだ……母さんも空もどこに……!)
「お兄ちゃん……」
視線を向けると、炎の中から人影が現れる。聞き覚えのある妹の声に、ほっと胸を撫で下ろした。
「空! よかった、母さんは……」
駆け寄ると、その姿に言葉を失う。
左側の額から目元まで火傷で血に染まり、全身擦り傷や切り傷でボロボロになっていた。
「おまえその怪我……!」
「ごめん、間に合わなかった。 間に合わなくて……! ごめんなさい……! 私、役目を果たせなかった!」
ぐしゃぐしゃに泣き崩れる空を支えようと手を伸ばしたときだった。空がはっと顔を上げて、翼の背後を見る。その顔が、恐怖に染まった。
「やめて……お兄ちゃん逃げて!!」
振り返ると、すぐ目の前に黒い影があった。否、いた。普段目にする無機質な影ではない。墨のように真っ黒であるのに、そこに明確な意志を感じとることができた。これは、悪質なものだ。
祓わなければ──!
しかし、少しも体を動かせなかった。それに加え、影からも目をそらせなかった。影がそっと翼の頬に手を添えた。
そうして──。
「おい、翼!」
はっと目を覚まして見えたのは、無機質な白い電灯と間抜けな面をしている大雅の顔だった。体を起こすと、額に浮かんだ汗を袖で拭う。まるで全力で走ったかのように体全体が汗ばんで、息が上がっていた。
「大丈夫か? うなされてたぞ」
「……問題ない」
そっけなく返すと、ソファの背もたれに寄りかかる。どうせ、いつものことだった。あの日から、夜に目を閉じると浮かんでくる光景。おかげで、睡眠薬を飲まないと深い眠りにつけない。
「ならいいが。空き部屋で寝るなよな。マジでどこにいるかわからなくて薫に聞いたわ」
小さな事務用の棚に、応接室セットが一通り揃っている空き部屋。誰も使ってる奴いないし、好きに使えば。と、とある上級生から鍵を譲り受けてから、たまに利用していた。
「俺がどこにいようが関係ないだろ。ていうかあいつ、バラしたな」
「秘密だったのか? じゃあ黙っててやるから俺にも貸せよ」
「おまえ寝るつもりだろ。仕事しろよ」
「えー、俺だってへとへとだよ。地味に書類仕事多いし、マジ肩こりひどい」
そういって肩をさする大雅を無視し、「それで」と続きを促す。
「何のようだ」
「神野はどこにいる?」
「は?」
「え?」
しーんと部屋が静まり返った。大雅が信じられないものを見るような顔で見る。なんだ、その顔。
翼は青筋を浮かべると、食って掛かった。
「なんで俺があいつの居場所を知ってなきゃならないんだ!」
「それがおまえの任務だろ。基本情報とかの他に害がないか、どこで何して、趣味好みの傾向まで調べる……ストーカーみたいだな」
「俺は調査員であってストーカーじゃない!」
「似たようなもんだろ」
「てんめぇ……!」
こいつ湖の底に沈めてやろうか……!
元はといえば大雅がこんなふざけた任務を持ってきたせいで連日のストレス、疲労の蓄積がひどいのだ。八つ当たり、いや元凶を凹殴りにするだけだ。問題ない。
大雅は翼の殺気を知らずに背を向けた。チャンスとばかりに懐にある札に手を伸ばす。
「知らないならいいや。花咲が見つけらんないなんて珍しいこともあるもんだな」
「あいつが見つけられない?」
札に伸ばした手を止めた。緋鞠の友人である彼女は、翼も一応知ってはいる。
花咲琴音。花咲神社の長女で木花の巫女。
木花の巫女とは、山の神である木花之佐久夜姫を祀る一族の巫女である。その恩恵として植物に関する何らかの能力を生まれもった女性だ。そして、彼女の能力は植物との精神感応だったはず。
星命学園は、悪霊や月鬼を寄せ付けないように結界のほか、桃や南天、槐などの樹木が数多く植えられている。それこそ能力を使えば、居場所くらいすぐに見つかりそうなものだが……。
そのとき、バンっと大きな音をたてて扉が開いた。入ってきたのは、顔が青ざめた愛良だった。愛良は大雅を見つけると、肩を掴む。
「大変ですぅ! 神野さんが地下牢に連れていかれちゃいました!」
二人は驚いたように目を見開いた。
陰陽院の所有する地下牢。主に命令違反をした隊員や陰陽院に仇なした者、悪事を働いた妖怪を捕まえておくための施設だ。
最近ではそのような者もいないため、めったに使われるようなことはなかったはずだった。
「なんでそんなことになってんだ!?」
「どうやら上級生とちょっと揉めたみたいで。しかも相手が悪かったんですよぉ!」
「誰と!」
「最近牢の管理官になった、沼倉の息子ですぅ! 普段から僻みやっかみで周りをかき回しては、格下の家の子を牢にぶちこみまくってるのぉ!」
(沼倉……?)
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