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第1夜 陰陽師
第7話 いざ、大和へ──。
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気絶した後のことは、仁から聞いた。
夜間に廃材置き場から轟音が聞こえたと騒ぎになったり、仁が帰って来ないと捜索隊が結成されたり。捜索隊が立入禁止の廃材置き場で、仁と倒れている傷だらけの少女を発見したものだから、上から下への大騒ぎ。
月鬼との闘いで大怪我をした緋鞠は救急車で運ばれ、入院することに。意識を取り戻した緋鞠は、事情を話せと質問攻めにあった。
一般人は月鬼との闘いなど知らない。正直に話せば頭がおかしくなった、とか言われるに違いない。そこで助け船を出したのが銀狼だ。人の姿に化けて、仁が緋鞠にシロを捜す手伝いをして、両親が探していなかった廃材置き場に入った途端にガラクタが崩れてきた。そこを緋鞠が助けた、ということにしたのだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
そう言って銀狼が微笑むと、一番大騒ぎしていた仁の母親はぽっと顔を赤らめて渋々納得してくれた。
それを見て、仁と緋鞠は顔を見合わせ、ほっと息をついた。
そして、三日が経つ。
仁はシロの好物だったビーフジャーキーと小さな花束を廃材置き場のフェンス前に置いた。フェンスには管理者によって、厳重にチェーンが巻かれてあった。
仁が地面に膝をついて手を合わせていると、背後から一人と一匹の足音が聞こえてくる。
「身体は平気なのか?」
仁が振り返ると思った通り、緋鞠と銀狼がいた。
ぼさぼさだった緋鞠の黒い髪は丁寧に梳かれ、絹糸のような光沢を放っている。顔立ちはひどく整っているのに、どこか残念臭がするのは頭のてっぺんにアホ毛がびょんびょんとしなっているからか。
「私、怪我が治るの早いんだ」
「へえ」
緋鞠がコートの袖を捲れば、傷だらけになっていた白い腕が治っていた。不思議だとは思ったが、口には出さない。
この世には不思議なことなど、いくらでもある。
緋鞠は仁の隣に膝をつくと手を合わせた。
銀狼が月鬼から奪った青白い珠。あれはシロの霊力の結晶──霊魂と呼ぶそうだ。
シロの霊魂を取り出し、月鬼との縁を完全に断ち切ったことで、月鬼の封印にシロが巻き込まれずに済んだ。
そして緋鞠が仁に渡したのは、白紙の霊符。命令式は書いておらず、ただ霊力のみを宿した霊符だ。
それを縁結びに利用して、こっそりとシロを仁の守護霊にしたのだった。
「身体に変化はない?」
「うん! 逆に前より調子がいいくらいだよ」
仁が大きくジャンプする傍らで、守護霊となったシロもいっしょにぴょんと跳ねる。仁にはその姿は見えていない。けれど、それでも仁はそばにいてくれればいいと喜んでいた。
しかし、この荒業はいつでも可能というわけではない。
仁とシロの絆が強かったから出来たことだ。死してもなお仁のそばにいたいという、シロの想いが強かったから。
緋鞠は傍らにいる銀狼を見やった。
緋鞠がシロを巻き込むのに迷ったのは、自身と銀狼の姿を重ねたからだろう。銀狼とは、契約だけでなく信頼し合える相手になりたい。
「もう行くのか?」
「うん。そろそろ試験も始まるしね」
「……あの化け物と闘う力がもらえるんだろ?」
「そうだよ」
「どうしても、やるの?」
心配そうな仁に向かって、緋鞠は力強く頷いた。
──一生をかけてでも、会いたい人がいる。
ペンダントにそっと、服の上から触れた。
「頑張れよ! 絶対死ぬなよ!」
「もちろんだよ!」
ぐっと差し出された拳に、緋鞠もこつんと合わせる。
「……ありがとな。陰陽師のお姉さん」
ぶっきらぼうに仁が呟くのが聞こえた。その頬は赤い。
「仁くん!」
感激して思わず目の前の少年を抱きしめると、真っ赤になった顔で抵抗を受けた。
ぷっと頬を膨らませる緋鞠を横目に、仁が膝をついて銀狼に耳打ちをした。
「緋鞠に慎みを持てって言って」
言っても聞かんのだ、と銀狼は諦めたように鼻を鳴らす。
当の本人はその様子を見て「いつのまに仲よしになったの?」と、不思議そうに首を傾げている。
まったくのんきな陰陽師である。
「あ、そろそろ行かないと!」
コートの内ポケットから懐中時計を取り出した緋鞠が声を上げる。
「じゃあね! 仁くんはもう無茶なことしちゃだめだよ!」
「おまえが言うな! でも、また遊びに来いよ!」
「もー仁くん、ツンデレなんだから~」
「うっさい!」
緋鞠は大きく手を振る仁とシロに別れを告げ、大和に向かって歩み始めた。
吹く風に春の息吹を感じる。
これからどんな出会いがあるのか、緋鞠は胸をときめかせながら大和への道を急ぐのだった。
夜間に廃材置き場から轟音が聞こえたと騒ぎになったり、仁が帰って来ないと捜索隊が結成されたり。捜索隊が立入禁止の廃材置き場で、仁と倒れている傷だらけの少女を発見したものだから、上から下への大騒ぎ。
月鬼との闘いで大怪我をした緋鞠は救急車で運ばれ、入院することに。意識を取り戻した緋鞠は、事情を話せと質問攻めにあった。
一般人は月鬼との闘いなど知らない。正直に話せば頭がおかしくなった、とか言われるに違いない。そこで助け船を出したのが銀狼だ。人の姿に化けて、仁が緋鞠にシロを捜す手伝いをして、両親が探していなかった廃材置き場に入った途端にガラクタが崩れてきた。そこを緋鞠が助けた、ということにしたのだ。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありません」
そう言って銀狼が微笑むと、一番大騒ぎしていた仁の母親はぽっと顔を赤らめて渋々納得してくれた。
それを見て、仁と緋鞠は顔を見合わせ、ほっと息をついた。
そして、三日が経つ。
仁はシロの好物だったビーフジャーキーと小さな花束を廃材置き場のフェンス前に置いた。フェンスには管理者によって、厳重にチェーンが巻かれてあった。
仁が地面に膝をついて手を合わせていると、背後から一人と一匹の足音が聞こえてくる。
「身体は平気なのか?」
仁が振り返ると思った通り、緋鞠と銀狼がいた。
ぼさぼさだった緋鞠の黒い髪は丁寧に梳かれ、絹糸のような光沢を放っている。顔立ちはひどく整っているのに、どこか残念臭がするのは頭のてっぺんにアホ毛がびょんびょんとしなっているからか。
「私、怪我が治るの早いんだ」
「へえ」
緋鞠がコートの袖を捲れば、傷だらけになっていた白い腕が治っていた。不思議だとは思ったが、口には出さない。
この世には不思議なことなど、いくらでもある。
緋鞠は仁の隣に膝をつくと手を合わせた。
銀狼が月鬼から奪った青白い珠。あれはシロの霊力の結晶──霊魂と呼ぶそうだ。
シロの霊魂を取り出し、月鬼との縁を完全に断ち切ったことで、月鬼の封印にシロが巻き込まれずに済んだ。
そして緋鞠が仁に渡したのは、白紙の霊符。命令式は書いておらず、ただ霊力のみを宿した霊符だ。
それを縁結びに利用して、こっそりとシロを仁の守護霊にしたのだった。
「身体に変化はない?」
「うん! 逆に前より調子がいいくらいだよ」
仁が大きくジャンプする傍らで、守護霊となったシロもいっしょにぴょんと跳ねる。仁にはその姿は見えていない。けれど、それでも仁はそばにいてくれればいいと喜んでいた。
しかし、この荒業はいつでも可能というわけではない。
仁とシロの絆が強かったから出来たことだ。死してもなお仁のそばにいたいという、シロの想いが強かったから。
緋鞠は傍らにいる銀狼を見やった。
緋鞠がシロを巻き込むのに迷ったのは、自身と銀狼の姿を重ねたからだろう。銀狼とは、契約だけでなく信頼し合える相手になりたい。
「もう行くのか?」
「うん。そろそろ試験も始まるしね」
「……あの化け物と闘う力がもらえるんだろ?」
「そうだよ」
「どうしても、やるの?」
心配そうな仁に向かって、緋鞠は力強く頷いた。
──一生をかけてでも、会いたい人がいる。
ペンダントにそっと、服の上から触れた。
「頑張れよ! 絶対死ぬなよ!」
「もちろんだよ!」
ぐっと差し出された拳に、緋鞠もこつんと合わせる。
「……ありがとな。陰陽師のお姉さん」
ぶっきらぼうに仁が呟くのが聞こえた。その頬は赤い。
「仁くん!」
感激して思わず目の前の少年を抱きしめると、真っ赤になった顔で抵抗を受けた。
ぷっと頬を膨らませる緋鞠を横目に、仁が膝をついて銀狼に耳打ちをした。
「緋鞠に慎みを持てって言って」
言っても聞かんのだ、と銀狼は諦めたように鼻を鳴らす。
当の本人はその様子を見て「いつのまに仲よしになったの?」と、不思議そうに首を傾げている。
まったくのんきな陰陽師である。
「あ、そろそろ行かないと!」
コートの内ポケットから懐中時計を取り出した緋鞠が声を上げる。
「じゃあね! 仁くんはもう無茶なことしちゃだめだよ!」
「おまえが言うな! でも、また遊びに来いよ!」
「もー仁くん、ツンデレなんだから~」
「うっさい!」
緋鞠は大きく手を振る仁とシロに別れを告げ、大和に向かって歩み始めた。
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