上 下
2 / 2

2話

しおりを挟む
 思い返してみれば、どこに住んでいたのかもどういう仕事をしていたのかも分からなくなってしまっている。
 その記憶が入っていたはずの場所は書き換えられたかのように別の記憶と、人格が入っていて私が”元々“の私でないということは、違和感という今にもちぎれてしまいそうな感覚の糸で何とか成り立っていたのだ。

 そして、今の私の体に馴染んでいる記憶は、

『私は足立 久実くみという人物で、現在私立東晴とうせい学園で学生をしていること』

『私立東晴学園は現在春休み中であり、次に登校するのは高校の入学式である明後日であるということ』

『友人関係では世田谷 千恵里ちえりという同級生の女子やその周りにいる人物と仲がいいこと』

 といったところである。
 それにしても、私立東晴学園だとか世田谷 千恵里だとか妙に聞き覚えがある……。とまたしても違和感を覚えた。
 それは、先ほどの自らのアイデンティティを失った時のような衝撃とはまた違う衝撃が走った。

 間違いない。これは私が熱中していた恋愛シュミレーションゲーム「サクラハレーション」と同じ設定だ!
 この発見は今の私と元の私を線引きするのには十分すぎるものだった。
 なぜならこの世界の人間がこの世界について恋愛シュミレーションゲームの中にいる状態だということは思うはずもないからである。
 そして同時に、私は先ほどとは打って変わって嬉しさすら感じるようになっていた。

「ゲームに出てきていた登場人物にも会えるってことだよね……!?」

 そう、元々のゲームは恋愛シュミレーションゲームなのだから攻略対象のイケメンたちにも簡単に会うことができる。また、あわよくば実際に恋愛までできてしまうかもしれないと考えると、それは願ってもないことだったのだ。

 ……ただ、問題があるとするのならばそれは私の立場だった。
 そのゲームには「足立 久実」という人物の名前は出てこない。それもそのはず、千恵里は主人公の邪魔をする、いわゆる悪役令嬢というやつで一緒に主人公をいじめている取り巻きには「取り巻きA」というような表現しかされてこなかったからで、いわゆるモブというやつだ。

 そんな人物がゲーム内のイケメンたちに好印象でないことは間違いないわけで、何としてでも汚名返上しなければならない……むしろ、名前を覚えてもらわなければならない?
 ともかく千恵里をなんとかする必要があった。

 このゲームにおける千恵里の悪役っぷりは大したもので、仲良くなってしばらくすると嫌がらせを始めるが本人はあくまで主人公と仲がいいようにふるまい、その後裏切るシーンは何ともまあ、よくこんなシナリオが思いついたものだと逆に感心してしまうほどのものである。
 その後も様々な嫌がらせをするが、どれもこれも巧妙で千恵里だと疑われないレベルのものばかりである。

 最終的には悪事がすべてばれ、千恵里は家族から縁を斬られてしまうというオチまでついた。
 主人公側からすれば「ざまぁ」で済むのだが、いざ友人となってみてみればなかなかひどい仕打ちである。
 当然因果応報であることに変わりはないのだが。

 何にしろ、千恵里を悪役令嬢にさせないようにしたかったのだ。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

ヤンデレ王子とだけは結婚したくない

小倉みち
恋愛
 公爵令嬢ハリエットは、5歳のある日、未来の婚約者だと紹介された少年を見てすべてを思い出し、気づいてしまった。  前世で好きだった乙女ゲームのキャラクター、しかも悪役令嬢ハリエットに転生してしまったことに。  そのゲームの隠し攻略対象である第一王子の婚約者として選ばれた彼女は、社交界の華と呼ばれる自分よりもぽっと出の庶民である主人公がちやほやされるのが気に食わず、徹底的に虐めるという凄まじい性格をした少女であるが。  彼女は、第一王子の歪んだ性格の形成者でもあった。  幼いころから高飛車で苛烈な性格だったハリエットは、大人しい少年であった第一王子に繰り返し虐めを行う。  そのせいで自分の殻に閉じこもってしまった彼は、自分を唯一愛してくれると信じてやまない主人公に対し、恐ろしいほどのヤンデレ属性を発揮する。  彼ルートに入れば、第一王子は自分を狂わせた女、悪役令嬢ハリエットを自らの手で始末するのだったが――。  それは嫌だ。  死にたくない。  ということで、ストーリーに反して彼に優しくし始めるハリエット。  王子とはうまいこと良い関係を結びつつ、将来のために結婚しない方向性で――。  そんなことを考えていた彼女は、第一王子のヤンデレ属性が自分の方を向き始めていることに、全く気づいていなかった。

[完]本好き元地味令嬢〜婚約破棄に浮かれていたら王太子妃になりました〜

桐生桜月姫
恋愛
 シャーロット侯爵令嬢は地味で大人しいが、勉強・魔法がパーフェクトでいつも1番、それが婚約破棄されるまでの彼女の周りからの評価だった。  だが、婚約破棄されて現れた本来の彼女は輝かんばかりの銀髪にアメジストの瞳を持つ超絶美人な行動過激派だった⁉︎  本が大好きな彼女は婚約破棄後に国立図書館の司書になるがそこで待っていたのは幼馴染である王太子からの溺愛⁉︎ 〜これはシャーロットの婚約破棄から始まる波瀾万丈の人生を綴った物語である〜 夕方6時に毎日予約更新です。 1話あたり超短いです。 毎日ちょこちょこ読みたい人向けです。

【完結】悪役令嬢に転生したけど『相手の悪意が分かる』から死亡エンドは迎えない

七星点灯
恋愛
絶対にハッピーエンドを迎えたい! かつて心理学者だった私は、気がついたら悪役令嬢に転生していた。 『相手の嘘』に気付けるという前世の記憶を駆使して、張り巡らされる死亡フラグをくぐり抜けるが...... どうやら私は恋愛がド下手らしい。 *この作品は小説家になろう様にも掲載しています

悪役令嬢ですが、どうやらずっと好きだったみたいです

朝顔
恋愛
リナリアは前世の記憶を思い出して、頭を悩ませた。 この世界が自分の遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気がついたのだ。 そして、自分はどうやら主人公をいじめて、嫉妬に狂って殺そうとまでする悪役令嬢に転生してしまった。 せっかく生まれ変わった人生で断罪されるなんて絶対嫌。 どうにかして攻略対象である王子から逃げたいけど、なぜだか懐つかれてしまって……。 悪役令嬢の王道?の話を書いてみたくてチャレンジしました。 ざまぁはなく、溺愛甘々なお話です。 なろうにも同時投稿

おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます

ちゃんゆ
恋愛
男爵家の三女に産まれた私。衝撃的な出来事などもなく、頭を打ったわけでもなく、池で溺れて死にかけたわけでもない。ごくごく自然に前世の記憶があった。 そして前世の私は… ゴットハンドと呼ばれるほどのエステティシャンだった。 サロン勤めで拘束時間は長く、休みもなかなか取れずに働きに働いた結果。 貯金残高はビックリするほど貯まってたけど、使う時間もないまま転生してた。 そして通勤の電車の中で暇つぶしに、ちょろーっとだけ遊んでいた乙女ゲームの世界に転生したっぽい? あんまり内容覚えてないけど… 悪役令嬢がムチムチしてたのだけは許せなかった! さぁ、お嬢様。 私のゴットハンドを堪能してくださいませ? ******************** 初投稿です。 転生侍女シリーズ第一弾。 短編全4話で、投稿予約済みです。

ヒロインではないので婚約解消を求めたら、逆に追われ監禁されました。

曼珠沙華
恋愛
「運命の人?そんなの君以外に誰がいるというの?」 きっかけは幼い頃の出来事だった。 ある豪雨の夜、窓の外を眺めていると目の前に雷が落ちた。 その光と音の刺激のせいなのか、ふと前世の記憶が蘇った。 あ、ここは前世の私がはまっていた乙女ゲームの世界。 そしてローズという自分の名前。 よりにもよって悪役令嬢に転生していた。 攻略対象たちと恋をできないのは残念だけど仕方がない。 婚約者であるウィリアムに婚約破棄される前に、自ら婚約解消を願い出た。 するとウィリアムだけでなく、護衛騎士ライリー、義弟ニコルまで様子がおかしくなり……?

当て馬の悪役令嬢に転生したけど、王子達の婚約破棄ルートから脱出できました。推しのモブに溺愛されて、自由気ままに暮らします。

可児 うさこ
恋愛
生前にやりこんだ乙女ゲームの悪役令嬢に転生した。しかも全ルートで王子達に婚約破棄されて処刑される、当て馬令嬢だった。王子達と遭遇しないためにイベントを回避して引きこもっていたが、ある日、王子達が結婚したと聞いた。「よっしゃ!さよなら、クソゲー!」私は家を出て、向かいに住む推しのモブに会いに行った。モブは私を溺愛してくれて、何でも願いを叶えてくれた。幸せな日々を過ごす中、姉が書いた攻略本を見つけてしまった。モブは最強の魔術師だったらしい。え、裏ルートなんてあったの?あと、なぜか王子達が押し寄せてくるんですけど!?

ヤンデレお兄様に殺されたくないので、ブラコンやめます!(長編版)

夕立悠理
恋愛
──だって、好きでいてもしかたないもの。 ヴァイオレットは、思い出した。ここは、ロマンス小説の世界で、ヴァイオレットは義兄の恋人をいじめたあげくにヤンデレな義兄に殺される悪役令嬢だと。  って、むりむりむり。死ぬとかむりですから!  せっかく転生したんだし、魔法とか気ままに楽しみたいよね。ということで、ずっと好きだった恋心は封印し、ブラコンをやめることに。  新たな恋のお相手は、公爵令嬢なんだし、王子様とかどうかなー!?なんてうきうきわくわくしていると。  なんだかお兄様の様子がおかしい……? ※小説になろうさまでも掲載しています ※以前連載していたやつの長編版です

処理中です...