上 下
108 / 114

28日目②

しおりを挟む
 私はこの偽装婚約の契約期間中に、ここだけの話をしてきた。もう何回したかわからないくらいに。

 けれど、これが最大で最後のカミングアウトである。

 ────ここだけの話、私は、レオナードと偽装ではない婚約をしたらと考えた事がある。しかも3回もだ。

 最初にそう思ったのは、レオナードが私が長年抱えていた父上への愚痴を聞いてくれた時。誰かに聞いてもらうだけで、こんなに楽になることを私は初めて知った。

 そして、それを教えてくれたレオナードに、これからもずっと傍にいて、愚痴以外のことじゃなく他の話もしてみたい思ってしまったのだ。

 次に夜会の時。キラキラ、ふわふわした幻想的なあの会場で、私はこれが演技じゃなくって、本当にそうだったら良いのに。と、不覚にも思ってしまったのだ。それくらいレオナードとのダンスは楽しかった。

 そして最後は、アイリーンさんと会った後。レオナードの腕の中で、わんわん泣きながら私は『もういいじゃん、私と婚約しちゃいなっ』と思ってしまったのだ。

 でも、思っただけの事。それを言葉にして伝えなかったのはもちろんのこと。そして、すぐに私達の関係は、そうじゃないという現実に気付き打ち消した。

 だって、私とレオナードは、この一ヶ月、手をつないで、同じ方向を見ていたのだ。

 言い換えると、互いの目的を理解し、尊重し、そうなるよう精一杯、がむしゃらに頑張ってきた仲間なのだ。目的を果たせなかった末路が、婚約だなんて、違うと思ってしまったのだ。

 それに、偽りではない婚約をしたら、どうなってしまうのだろうという不安もある。

 共犯者じゃなくなった、ただの私は、一体どんなふうにレオナードと接して良いのかわからない。

 ────という、超が付くほどデリケートな気持ちは誰にも伝えるつもりはない。特に、このブラコン弟には。

「デリックさん、私は一度もレオナードと歩む未来を想像したことはないですよ」
「…………本当ですか?」
「ええ。本当です」
「兄の事を、しゅきだと言ったことも、嘘でしたか?」
「友情に限りなく近い好意を持ってました。あと、次、しゅきって言ったら、お前のこと、ブラリックって呼ぶぞ。わかったな、ブラコン」
「…………ミリア殿、もう、ブラリックを飛び越えて、ドストレートにブラコンって呼んでいます。あ、いっいえ。お気になさらず。ブラリック、大変、心地よい響きを持つ言葉ですね。ははっ」
 
 デリックは取り繕うように笑った。

 そしてその笑いは次第に弱々しいものになっていき、最後には、嗚咽に変わった。

『兄さん』という言葉を何度も繰り返しながら、片手で顔を覆てむせび泣くデリックを見て、私は胸が締め付けられるように痛ん…………だりするわけもなく、全力で引いていた。

 どうしよう、ガチで気持ち悪い。でもこのまま、すたこらさっさと、ここを去るのは人道的にできない。

 まったくもって世話が焼けると心の中でぼやきながら、私は東屋のテーブルに用意されているティーセットから、自分の分だけお茶を淹れることにした。そして、2杯目のお茶を飲み終えた時、やっとデリックは顔を上げた。

「…………ミリア殿、大変お見苦しいものを、見せてしまいました。申し訳ありません」
「いいえ、デリックさん、大変、面白かっ………いえ、くだらな…………あ、いえいえ。貴重なものを見せて頂きました」

 うっかり本音が出そうになって、慌てて取り繕ったけれど、どうやら失敗に終わってしまったようだ。 

 弟君は拗ねた様子で、顔をぷいっと横に背ける。けれど、すぐにこちらを向いてぽつりと呟いた。

「ミリア殿、気付いていないかもしれませんが、あなたは隣にいる人を、とても居心地良くさせてくれます。兄はきっとあなたと一緒に居て楽しかったと思います」
「ふふっ、ありがとう。面と向かってそんなことを言われたのは初めて。嬉しいわ」

 にこりと笑った私に、デリックも照れくさそうに笑う。でも、やっぱり気まずそうに、私から視線をずらした。

 まぁね。男泣きを見られたのだから、そりゃあ、弟君はさぞかし恥ずかしいだろう。ここは私が大人になってやるか。

「でもね、デリックさん、だからって私を好きになってはいけませんよ」

 優しい気遣いで、私は茶目っ気たっぷりの冗談を言ってあげた。けれど─────。

「あ、それはないです」

 急にデリックは真顔になり、首を横に振った。

 …………貴様、マジで殺す。

 あと、『なんかゴメンね』っぽい顔をするのはやめろ。今すぐやめろ。…………本当に、お願いだから、後生ですからやめてください。お願いします。

 あまりの辛さに耐え切れず、そっと私は、視線をずらした。その先には、我関せずを貫く東屋の天使さん達がいた。
しおりを挟む
感想 44

あなたにおすすめの小説

王が気づいたのはあれから十年後

基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。 妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。 仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。 側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。 王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。 王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。 新たな国王の誕生だった。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!

gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ? 王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。 国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから! 12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

【完結】婚約破棄される前に私は毒を呷って死にます!当然でしょう?私は王太子妃になるはずだったんですから。どの道、只ではすみません。

つくも茄子
恋愛
フリッツ王太子の婚約者が毒を呷った。 彼女は筆頭公爵家のアレクサンドラ・ウジェーヌ・ヘッセン。 なぜ、彼女は毒を自ら飲み干したのか? それは婚約者のフリッツ王太子からの婚約破棄が原因であった。 恋人の男爵令嬢を正妃にするためにアレクサンドラを罠に嵌めようとしたのだ。 その中の一人は、アレクサンドラの実弟もいた。 更に宰相の息子と近衛騎士団長の嫡男も、王太子と男爵令嬢の味方であった。 婚約者として王家の全てを知るアレクサンドラは、このまま婚約破棄が成立されればどうなるのかを知っていた。そして自分がどういう立場なのかも痛いほど理解していたのだ。 生死の境から生還したアレクサンドラが目を覚ました時には、全てが様変わりしていた。国の将来のため、必要な処置であった。 婚約破棄を宣言した王太子達のその後は、彼らが思い描いていたバラ色の人生ではなかった。 後悔、悲しみ、憎悪、果てしない負の連鎖の果てに、彼らが手にしたものとは。 「小説家になろう」「カクヨム」「ノベルバ」にも投稿しています。

子ども扱いしないでください! 幼女化しちゃった完璧淑女は、騎士団長に甘やかされる

佐崎咲
恋愛
旧題:完璧すぎる君は一人でも生きていけると婚約破棄されたけど、騎士団長が即日プロポーズに来た上に甘やかしてきます 「君は完璧だ。一人でも生きていける。でも、彼女には私が必要なんだ」 なんだか聞いたことのある台詞だけれど、まさか現実で、しかも貴族社会に生きる人間からそれを聞くことになるとは思ってもいなかった。 彼の言う通り、私ロゼ=リンゼンハイムは『完璧な淑女』などと称されているけれど、それは努力のたまものであって、本質ではない。 私は幼い時に我儘な姉に追い出され、開き直って自然溢れる領地でそれはもうのびのびと、野を駆け山を駆け回っていたのだから。 それが、今度は跡継ぎ教育に嫌気がさした姉が自称病弱設定を作り出し、代わりに私がこの家を継ぐことになったから、王都に移って血反吐を吐くような努力を重ねたのだ。 そして今度は腐れ縁ともいうべき幼馴染みの友人に婚約者を横取りされたわけだけれど、それはまあ別にどうぞ差し上げますよというところなのだが。 ただ。 婚約破棄を告げられたばかりの私をその日訪ねた人が、もう一人いた。 切れ長の紺色の瞳に、長い金髪を一つに束ね、男女問わず目をひく美しい彼は、『微笑みの貴公子』と呼ばれる第二騎士団長のユアン=クラディス様。 彼はいつもとは違う、改まった口調で言った。 「どうか、私と結婚してください」 「お返事は急ぎません。先程リンゼンハイム伯爵には手紙を出させていただきました。許可が得られましたらまた改めさせていただきますが、まずはロゼ嬢に私の気持ちを知っておいていただきたかったのです」 私の戸惑いたるや、婚約破棄を告げられた時の比ではなかった。 彼のことはよく知っている。 彼もまた、私のことをよく知っている。 でも彼は『それ』が私だとは知らない。 まったくの別人に見えているはずなのだから。 なのに、何故私にプロポーズを? しかもやたらと甘やかそうとしてくるんですけど。 どういうこと? ============ 番外編は思いついたら追加していく予定です。 <レジーナ公式サイト番外編> 「番外編 相変わらずな日常」 レジーナ公式サイトにてアンケートに答えていただくと、書き下ろしweb番外編をお読みいただけます。 いつも攻め込まれてばかりのロゼが居眠り中のユアンを見つけ、この機会に……という話です。   ※転載・複写はお断りいたします。

傲慢令嬢は、猫かぶりをやめてみた。お好きなように呼んでくださいませ。愛しいひとが私のことをわかってくださるなら、それで十分ですもの。

石河 翠
恋愛
高飛車で傲慢な令嬢として有名だった侯爵令嬢のダイアナは、婚約者から婚約を破棄される直前、階段から落ちて頭を打ち、記憶喪失になった上、体が不自由になってしまう。 そのまま修道院に身を寄せることになったダイアナだが、彼女はその暮らしを嬉々として受け入れる。妾の子であり、貴族暮らしに馴染めなかったダイアナには、修道院での暮らしこそ理想だったのだ。 新しい婚約者とうまくいかない元婚約者がダイアナに接触してくるが、彼女は突き放す。身勝手な言い分の元婚約者に対し、彼女は怒りを露にし……。 初恋のひとのために貴族教育を頑張っていたヒロインと、健気なヒロインを見守ってきたヒーローの恋物語。 ハッピーエンドです。 この作品は、別サイトにも投稿しております。 表紙絵は写真ACよりチョコラテさまの作品をお借りしております。

処理中です...