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22日目③

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 運良く絞殺死体になることを免れたデリックは、その自覚がないのだろう。更に言葉を紡いでいく。

「私は、実は………………拗ねていたんです。兄にとって一番身近な人間のはずの私が、婚約という重大な案件を事後報告で済まされたことに。それで、勝手に思い込んでしまったんです。兄はどこの馬の骨ともわからない女に誑かされてしまったのだと」
「………………」

 ぶん殴って良いかしら?

 そう喉までせり上がった言葉を、必死で押しとどめる。最終判決を下すのは話を全部聞いた後だ。そう自分に言い聞かせて。

 反対にデリックは、私の心情などお構いなく、どんどん話を進めていく。けれど、私とは絶対に目を合わせようとはしない。それは多分、私の顔がものすごく引き攣っているからなのだろう。

「だから私は兄の為を思って、この婚約をぶち壊そうと思いました。運の良いことに、その婚約者の領地は私の家の領地と隣同士。しかも、あの手この手を使って調べたところ、婚約者の父上は、更に運良く、領地に滞在している。これは神のお導きだと思いました」

 お前、本当に神様のところに召されたいのか?

 再び喉までせり上がった言葉を、これまた必死で押しとどめる。でも、最終判決の内容は、ほぼほぼ確定しているから、これ以上聞く必要はないような気がする。

 が、僅かな好奇心でデリックに向かい小さく頷いて、私は話を続けるよう促した。

「…………顔色が悪いようですが、このまま話を続けても…………ひぃっ。い、いえ、何でもないです。話しますっ。えっとそれで、私は父上に、提案をしました。『隣の領地も、同じ害獣被害に悩んでいるようなので、ここは結託して問題を解決しましょう。しかも、その領地の娘様は、最近、兄上と婚約をしたそうです。挨拶も兼ねて、隣の領地へ足をむけましょう』と」
「…………で、あなたのお父様はなんとおっしゃいましたの?」

 ここに来て、思わず口を開いてしまった。

 だって、やっぱり気になる。息子であるレオナードが、何の断りもなく一方的に決めてしまったこの婚約、お父様の立場としてどう考えているのかを。

 そうすれば、デリックは複雑な表情を浮かべて口を開いた。

「はい。てっきり私は、激怒すると思いました。けれど、父上は『やっと息子は自立したのか。良かった、良かった。じゃあ、ちょっと挨拶に行こう』と、大変ノリノリで、あなたのお父様と連絡を取り合い、対面しました。………………私としては、大変不本意でしたが」
「……………それで、どうなりましたか?」
「私としては…………というか、【あの時の私】と言わせてもらいますが、ぶっちゃけ、父上は貴族社会に馴染まない、あなたのお父様を目にすれば、さすがにこの婚約を取り潰すと思いました。けれど、なぜか父上はあなたのお父様にも好感を持ってしまいました。............茂みの影から見守っていた私が、悔しさのあまり、目に付いた枝をへし折ったのは、今となっては良い思い出です」
「………………あら、そうですか」

 一先ず頷いてみたものの、デリックはまだカミングアウトし足りない顔をしている。まだ、あるのか。ぶっちゃけもうお腹いっぱいだ。

 そんな私の気持ちを無視して、デリックは本日最大級のカミングアウトを始めてしまった。

「正直言ってあの時、私は、父上に失望しました。マジ使えねぇ、と。だからもう、単身乗り込んで、兄上の婚約をぶち壊すしかないと思いつめてました。………幸いなことに、あなたのお父様はこの婚約を良しとしないということはわかりましたし。それを保険にして、兄上の目を覚まさせようと…………」
「で?」

 中途半端なところで言葉尻を濁したデリックに、苛立ちを隠せず、素の自分が出てしまう。でも、今更取り繕うつもりはない。私は、早く続きが知りたいのだ。

 そんな気持ちは、しっかりはっきり表情に現れていたようで、デリックはすぐさま続きを語りだした。

「実際会ってみたあなたは、兄上の隣に立つのに相応しい、魅力的な女性でした。そして、私の挑発を緩やかに交わす、知性のある女性でした。…………先日の、あなたとのお茶会はとても楽しい時間でした。それ故に…………」
「故に?」
「私はあなたに、このチクリの一件を伝え忘れてしまいましたっ」
「……………………………」

 ならば、腹を切れ。

 という言葉を飲み込む為に、私は無言で空を見上げた。

 本日は雲一つない、晴天なり。

 パラソルを持ってこなかったことが悔やまれる。…………うん、もう本当に悔やまれる。

 だって、今、パラソルを手にしていたら、二度とデリックがそんなわんぱくなことをのたまうことができぬよう、その口に放り込めたというのに。

 っていうか、事の真相は、重度のブラコンの思い込みから始まった悲劇だったのだ。

 メルヘン乙女のお母様の時もそうだったけれど、レオナードの敵は常に身内にあり。…………ロフィ家恐るべし。 
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