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【閑話】夜会前夜※レオナード視点
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夕食を終えたレオナードは自室に戻ると、荒々しく上着を脱ぎ、胸元のタイを外た。そしてそれらをソファの上に投げ捨てる。次いで、ガシガシと頭を掻きながら、こう言った。
「マジで、可愛かった」と。
その言葉とは裏腹に、レオナード表情はちょっとだけ拗ねたもの。それは、彼女の本気のダンスが自分に向けられたものではなく、スウィーツを食すためのものだったから。
さて本編の主人公であるミリアは、貴族社会について、まったく興味がない。だから、どこの家がどういう歴史を持っていて、名門なのか、成り上がりなのか、ほとんど知識を持っていない。
そう、だからミリアはずっと勘違いをしているのだ。
ミリアに偽装婚約を持ち掛けた相手である、レオナードは由緒正しき公爵家のお坊ちゃまではなく、3代遡ればただの軍人あがりの末端貴族であったことを。
なので今のように少々無作法な言葉遣いがレオナードの素の状態であり、もっと言うなら、ミリアの兄達のように毎日鍛練を欠かさない日々を送っていたりもする。
そんな彼がミリアに対して徹底して紳士な姿勢でいるのは、屋敷の奥。この家の血を引く男性だけが入室を許されている訓練所に掲げられている石版に理由があった。
『元始、女性は最強であった』
何も知らない人間が目にしたら首を傾げるこれ、掲げるにはそれなりの理由があった。
このロフィ家、呪いなのか何なのかわからないけれど、代々見目麗しい子供に恵まれる。少々不細工な相手を妻や夫に迎えたとしても、だ。
とはいえ、もともと貴族社会に溶け込む気など更々なかったロフィ家は、功績を讃えられて貴族の一員となっても、一匹狼または孤高の虎のような存在だった。そして代々の当主は、総じて面倒事を嫌うようで、ずっとそれを良しとして過ごしていた。
だがしかし、レオナードの曽祖父の代で運悪く王族の血を引くイケメン好きの令嬢に見初められてしまったのだ。
そして頼んでもいないのに、公爵という爵位を押し付けられ、なんだかんだと外堀を埋められ、これでもかという圧力を掛けられ、曾祖父は王族の血を引く令嬢を妻に迎えてしまったのだ。
というのが、ミリアの知らないロフィ家の歴史。そしてミリアが知らないことはもう一つある。
それは、偽装婚約がいつの間にか、本気の婚約期間に変りつつある。ということを。
一応レオナードの名誉の為に言っておくが、彼は本命に見込みがないから、ミリアに乗り換えた。というわけではない。断じてない。
詳細はいつかレオナードの口から語られるであろうから、詳しくはちょっと.........。けれど、ふんわりと説明するなら、何というか豪快に転んだ目の前に綺麗な花があった。という表現が一番ふさわしいのだ。
そしてその場に佇んだレオナードは、その花をじっと見つめ、手折ろうか何事もなかったかのように立ち去ろうか、悩んで決めたのだ。根っこごと持って帰ろうと。
とはいえ、これがなかなか難しい。なにせそれは、花ではく生きた人間なのだから。しかも、あの、ミリアなのだ。
ここだけの話、レオナードは自分の母がミリアのことを気に入り、そのまま婚約という流れを期待していた。
いや、本気でそうなればいいと思って、柄にもなく神に祈りをささげていたようけれど、結果は芳しくなかった。
まぁミリアは、そこら辺にはびこる恋に恋するなよなよとした、か弱い女性とはかけ離れているので、それは致し方ないこと。
でも、レオナードはこうも思っている。いつも背筋を伸ばして、物怖じしないミリアは、この先の未来で頭がいっぱいで、恋愛方面に意識を向ける余裕がないだけだと。
だから、自分は嫌われていない。まだ望みはある。無ければ無いでどうにかする。外堀を埋める方法は、我が家に限っては正攻法である。そしてその道のプロでもあるとも。
けれど、そうされた曾祖父の苦悩も知っているので、それをするのは最終手段にしようと決めていたりする。
「…………明日で折り返しとなるか」
溜息とともに零れたレオナードの言葉は、しんとした部屋に無駄に響いた。そして、おもむろに執務机に足を向けると、机の上に投げ出されている一通の招待状を手に取った。
「まぁ、何はともあれ、礼参りはさせてもらおうか」
ぞっとする程低い声音で、そう言った途端、レオナードは手にしていた招待状をぐしゃりと握りつぶした。
ミリアからチェフ家の長男とのトラブルを聞いた時は、さらりと流してしまったレオナードだけれども、実は今頃になってふつふつと怒りが湧き上がっている。それは、もう激しく。
「アルバードいるか?」
「はい。こちらに」
音もなく現れた執事であるアルバードに、レオナードはゆったりと視線を向けた。
「明日のために体を慣らしておきたい。悪いがちょっと付き合ってくれ」
「かしこまりました」
机に立て掛けてある剣を手に取ると、レオナードは慇懃に一礼するアルバードと共に裏庭へと足を向けた。
「マジで、可愛かった」と。
その言葉とは裏腹に、レオナード表情はちょっとだけ拗ねたもの。それは、彼女の本気のダンスが自分に向けられたものではなく、スウィーツを食すためのものだったから。
さて本編の主人公であるミリアは、貴族社会について、まったく興味がない。だから、どこの家がどういう歴史を持っていて、名門なのか、成り上がりなのか、ほとんど知識を持っていない。
そう、だからミリアはずっと勘違いをしているのだ。
ミリアに偽装婚約を持ち掛けた相手である、レオナードは由緒正しき公爵家のお坊ちゃまではなく、3代遡ればただの軍人あがりの末端貴族であったことを。
なので今のように少々無作法な言葉遣いがレオナードの素の状態であり、もっと言うなら、ミリアの兄達のように毎日鍛練を欠かさない日々を送っていたりもする。
そんな彼がミリアに対して徹底して紳士な姿勢でいるのは、屋敷の奥。この家の血を引く男性だけが入室を許されている訓練所に掲げられている石版に理由があった。
『元始、女性は最強であった』
何も知らない人間が目にしたら首を傾げるこれ、掲げるにはそれなりの理由があった。
このロフィ家、呪いなのか何なのかわからないけれど、代々見目麗しい子供に恵まれる。少々不細工な相手を妻や夫に迎えたとしても、だ。
とはいえ、もともと貴族社会に溶け込む気など更々なかったロフィ家は、功績を讃えられて貴族の一員となっても、一匹狼または孤高の虎のような存在だった。そして代々の当主は、総じて面倒事を嫌うようで、ずっとそれを良しとして過ごしていた。
だがしかし、レオナードの曽祖父の代で運悪く王族の血を引くイケメン好きの令嬢に見初められてしまったのだ。
そして頼んでもいないのに、公爵という爵位を押し付けられ、なんだかんだと外堀を埋められ、これでもかという圧力を掛けられ、曾祖父は王族の血を引く令嬢を妻に迎えてしまったのだ。
というのが、ミリアの知らないロフィ家の歴史。そしてミリアが知らないことはもう一つある。
それは、偽装婚約がいつの間にか、本気の婚約期間に変りつつある。ということを。
一応レオナードの名誉の為に言っておくが、彼は本命に見込みがないから、ミリアに乗り換えた。というわけではない。断じてない。
詳細はいつかレオナードの口から語られるであろうから、詳しくはちょっと.........。けれど、ふんわりと説明するなら、何というか豪快に転んだ目の前に綺麗な花があった。という表現が一番ふさわしいのだ。
そしてその場に佇んだレオナードは、その花をじっと見つめ、手折ろうか何事もなかったかのように立ち去ろうか、悩んで決めたのだ。根っこごと持って帰ろうと。
とはいえ、これがなかなか難しい。なにせそれは、花ではく生きた人間なのだから。しかも、あの、ミリアなのだ。
ここだけの話、レオナードは自分の母がミリアのことを気に入り、そのまま婚約という流れを期待していた。
いや、本気でそうなればいいと思って、柄にもなく神に祈りをささげていたようけれど、結果は芳しくなかった。
まぁミリアは、そこら辺にはびこる恋に恋するなよなよとした、か弱い女性とはかけ離れているので、それは致し方ないこと。
でも、レオナードはこうも思っている。いつも背筋を伸ばして、物怖じしないミリアは、この先の未来で頭がいっぱいで、恋愛方面に意識を向ける余裕がないだけだと。
だから、自分は嫌われていない。まだ望みはある。無ければ無いでどうにかする。外堀を埋める方法は、我が家に限っては正攻法である。そしてその道のプロでもあるとも。
けれど、そうされた曾祖父の苦悩も知っているので、それをするのは最終手段にしようと決めていたりする。
「…………明日で折り返しとなるか」
溜息とともに零れたレオナードの言葉は、しんとした部屋に無駄に響いた。そして、おもむろに執務机に足を向けると、机の上に投げ出されている一通の招待状を手に取った。
「まぁ、何はともあれ、礼参りはさせてもらおうか」
ぞっとする程低い声音で、そう言った途端、レオナードは手にしていた招待状をぐしゃりと握りつぶした。
ミリアからチェフ家の長男とのトラブルを聞いた時は、さらりと流してしまったレオナードだけれども、実は今頃になってふつふつと怒りが湧き上がっている。それは、もう激しく。
「アルバードいるか?」
「はい。こちらに」
音もなく現れた執事であるアルバードに、レオナードはゆったりと視線を向けた。
「明日のために体を慣らしておきたい。悪いがちょっと付き合ってくれ」
「かしこまりました」
机に立て掛けてある剣を手に取ると、レオナードは慇懃に一礼するアルバードと共に裏庭へと足を向けた。
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