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【閑話】祭りの後
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レオナードと別れた私は、色々あったのに足取りは軽く気づけば、ダンスのステップを踏んでいた。うん、これも夜会の余韻の一つだろう。
そんなことを考えながら、自宅玄関の扉を開けた。
「ただいまぁー」
語尾を延ばすのは、使用人が少ない我が家だけのルール。そうしないと誰にも気付いてもらえないのだ。でも、今日は、こっそり自室に戻りたい私は、ちょっとだけ声を落としてみる。
けれど、次の瞬間、ドタバタと遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。しかも、二人。それに気付いた途端、思わず、うげぇっと顔をしかめてしまう。
「ミリア、どこの夜会に行っていたんだ!?」
「ミリア、夜会などお前にはまだ早いっ」
この声の主に捕まらないように、早々に自室に向かおうとしたけれど、予想以上に到着が早かった。そして、露骨に舌打ちをした私を無視して、兄その1であるフィリップが詰め寄ってきた。
「俺はお前が夜会に出席しているのを、つい5分前に聞いたぞ。一体これはどういうことだっ」
「あと、5分聞くのが遅ければ、何も問題なかったですわね」
「そういうことを言ってるわけではないっ」
私を一喝したフィリップは憤慨するさまを隠す様子はなく、腕を組んで私をじろりと睨みつける。そんな中、割り込んで来る男が一人。ちなみにそれが、兄その2であるロイだ。
「だいたい、このドレスは何なんだっ。若い女性が肌を露出するなんて………髪を上げて、うなじを見せるなんて、兄は…………情けなくて、涙がでるぞ」
「じゃあ、一生泣いていてくださいませ」
さらりと斬り捨てた私を見て、ロイは本気で涙ぐむ。
眼力で訴えてくる兄その1と、涙で訴えてくる兄その2。ああ………もう面倒くさい。二人とも微妙に性格は違えど、私にとったら、どちらもウザい存在だ。
そして、せっかくの夜会の余韻が消え失せてしまった。この責任、どう取ってもらおうか。
いや、そんなことを口にしようものなら、余計に事態がややこしくなる。
一瞬の間に諸々考えた私は、無視するという結論に至り、くるりと兄達に背を向けた。
「待て、ミリアっ。話はまだ済んでいないぞっ」
「待ってくれ、ミリア…………昔は、あんなに懐いてくれたのに…………」
すかさず背後から兄二人に呼び止められ、思わずため息が出る。今日はつくづく呼び止められる日だ。でも、それに応じればロクな事にならないことを私は既に学んでいる。
「やかましいっ。これ以上ぴーちく、ぱーちくしゃべり散らかすなら…………二度と会話ができないようにするわよっ」
そしてハウスっと怒鳴って、自室と反対方向を指させば、兄二人はすごすごと去って行った。
自室に戻れば、侍女であるリジーが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ミリア様」
「ただいま、リジー。良い子にしてた?」
「………………ごめんなさい。実は………」
そこまで言って、リジーはぐすっと鼻を鳴らした。良く見れば瞳も潤んでいる。
「言わなくて良いわ。どうせ兄達に質問攻めに会ったんでしょ?」
膝を折って下から覗き込めば、私の可愛い侍女はちょっと迷ってから、こくりと頷いた。
「気にしなくて良いわ。っていうか、兄達は私がシメておくから」
ちょっとおどけてそう言えば、やっとリジーは笑ってくれた。ああ………私の侍女はとても可愛い。ものすごく可愛い。もう、めちゃくちゃ可愛い。
くりくりのつぶらな瞳に、ふわふわの栗色の髪。ちょっと袖が眺めのお仕着せでてくてくと歩く姿は、まさに小動物といっても過言ではないほどに。
でも、リジーは極度の人見知り。そして家事全般は全て苦手ときている。
そんな彼女が何故、侍女なんか!?と思うかもしれないけれど、親友のナナリーの妹の友達のお兄さんの恋人の隣の家に住んでいる引きこもりをどうにかして欲しいと、母が相談を受けたのだ。
そして極度の人見知りの故、引きこもってしまっていたリジーを母が一目見て気に入り、我が家の侍女として迎えたのだ。
ということで、我が家ではリジーに家事のスキルなど求めていない。求めているのは癒しだけ。
花壇も絵画も無い家なので、リジーが屋敷で引きこもっていてくれているのは、ぶっちゃけ雇い主の私達も嬉しかったりする。
「それにしても、ミリア様、これ素敵なドレスですね」
うっとりとリジーを見詰めていたら、リジーもうっとり見つめ返してくれた。でも視線は私の顔ではなく、残念ながらドレスの方だった。
これがレオナードからの贈り物だったら素直に頷けるけれど、送り主はそのお母様。だから褒められても、微妙な気持ちになってしまう。
「まぁ………そうかもしれないわね。私的には、あなたのリフォームするドレスのほうが好きだけど」
「そうでしょうか?」
腑に落ちないといった感じで首を傾げるリジーは、最高級に可愛い。特に夜会で魔物のような令嬢を目にした後は、なんだか清めてもらえるような気までしてくる。もう、可愛いを通り越して、ありがたい。
そんなリジーの為に、私はさっさと着替えて、お茶でも入れてあげようと、ドレスを豪快に脱ぎ捨てる。
「ところで夜会はいかがでしたか?」
脱ぎ捨てたドレスをクローゼットにしまおうと悪戦苦闘しているリジーは、思い出したかのように私に問いかけた。
「そうねぇ…………」
そこまで言って、今日の夜会に出席していた面々を思い出してみる。そして、素直な感想を伝えることにした。
「色んな人種が集まるのを、改めて実感したわ」
そう言った瞬間、リジーは真っ青になった。そして震える声でこう言った。
「そんな恐ろしいところに……………。ミリア様、よく無事で」
再び、うるうるし始めたリジーを見て、私は思わず頬擦りをしてしまった。
そんな彼女にレオナードとの一件を伝えなかったのは、敢えての事。だって、あれは特別で、私だけの秘密にしたかったから。
そんなことを考えながら、自宅玄関の扉を開けた。
「ただいまぁー」
語尾を延ばすのは、使用人が少ない我が家だけのルール。そうしないと誰にも気付いてもらえないのだ。でも、今日は、こっそり自室に戻りたい私は、ちょっとだけ声を落としてみる。
けれど、次の瞬間、ドタバタと遠くからこちらに向かってくる足音が聞こえてきた。しかも、二人。それに気付いた途端、思わず、うげぇっと顔をしかめてしまう。
「ミリア、どこの夜会に行っていたんだ!?」
「ミリア、夜会などお前にはまだ早いっ」
この声の主に捕まらないように、早々に自室に向かおうとしたけれど、予想以上に到着が早かった。そして、露骨に舌打ちをした私を無視して、兄その1であるフィリップが詰め寄ってきた。
「俺はお前が夜会に出席しているのを、つい5分前に聞いたぞ。一体これはどういうことだっ」
「あと、5分聞くのが遅ければ、何も問題なかったですわね」
「そういうことを言ってるわけではないっ」
私を一喝したフィリップは憤慨するさまを隠す様子はなく、腕を組んで私をじろりと睨みつける。そんな中、割り込んで来る男が一人。ちなみにそれが、兄その2であるロイだ。
「だいたい、このドレスは何なんだっ。若い女性が肌を露出するなんて………髪を上げて、うなじを見せるなんて、兄は…………情けなくて、涙がでるぞ」
「じゃあ、一生泣いていてくださいませ」
さらりと斬り捨てた私を見て、ロイは本気で涙ぐむ。
眼力で訴えてくる兄その1と、涙で訴えてくる兄その2。ああ………もう面倒くさい。二人とも微妙に性格は違えど、私にとったら、どちらもウザい存在だ。
そして、せっかくの夜会の余韻が消え失せてしまった。この責任、どう取ってもらおうか。
いや、そんなことを口にしようものなら、余計に事態がややこしくなる。
一瞬の間に諸々考えた私は、無視するという結論に至り、くるりと兄達に背を向けた。
「待て、ミリアっ。話はまだ済んでいないぞっ」
「待ってくれ、ミリア…………昔は、あんなに懐いてくれたのに…………」
すかさず背後から兄二人に呼び止められ、思わずため息が出る。今日はつくづく呼び止められる日だ。でも、それに応じればロクな事にならないことを私は既に学んでいる。
「やかましいっ。これ以上ぴーちく、ぱーちくしゃべり散らかすなら…………二度と会話ができないようにするわよっ」
そしてハウスっと怒鳴って、自室と反対方向を指させば、兄二人はすごすごと去って行った。
自室に戻れば、侍女であるリジーが出迎えてくれた。
「おかえりなさいませ、ミリア様」
「ただいま、リジー。良い子にしてた?」
「………………ごめんなさい。実は………」
そこまで言って、リジーはぐすっと鼻を鳴らした。良く見れば瞳も潤んでいる。
「言わなくて良いわ。どうせ兄達に質問攻めに会ったんでしょ?」
膝を折って下から覗き込めば、私の可愛い侍女はちょっと迷ってから、こくりと頷いた。
「気にしなくて良いわ。っていうか、兄達は私がシメておくから」
ちょっとおどけてそう言えば、やっとリジーは笑ってくれた。ああ………私の侍女はとても可愛い。ものすごく可愛い。もう、めちゃくちゃ可愛い。
くりくりのつぶらな瞳に、ふわふわの栗色の髪。ちょっと袖が眺めのお仕着せでてくてくと歩く姿は、まさに小動物といっても過言ではないほどに。
でも、リジーは極度の人見知り。そして家事全般は全て苦手ときている。
そんな彼女が何故、侍女なんか!?と思うかもしれないけれど、親友のナナリーの妹の友達のお兄さんの恋人の隣の家に住んでいる引きこもりをどうにかして欲しいと、母が相談を受けたのだ。
そして極度の人見知りの故、引きこもってしまっていたリジーを母が一目見て気に入り、我が家の侍女として迎えたのだ。
ということで、我が家ではリジーに家事のスキルなど求めていない。求めているのは癒しだけ。
花壇も絵画も無い家なので、リジーが屋敷で引きこもっていてくれているのは、ぶっちゃけ雇い主の私達も嬉しかったりする。
「それにしても、ミリア様、これ素敵なドレスですね」
うっとりとリジーを見詰めていたら、リジーもうっとり見つめ返してくれた。でも視線は私の顔ではなく、残念ながらドレスの方だった。
これがレオナードからの贈り物だったら素直に頷けるけれど、送り主はそのお母様。だから褒められても、微妙な気持ちになってしまう。
「まぁ………そうかもしれないわね。私的には、あなたのリフォームするドレスのほうが好きだけど」
「そうでしょうか?」
腑に落ちないといった感じで首を傾げるリジーは、最高級に可愛い。特に夜会で魔物のような令嬢を目にした後は、なんだか清めてもらえるような気までしてくる。もう、可愛いを通り越して、ありがたい。
そんなリジーの為に、私はさっさと着替えて、お茶でも入れてあげようと、ドレスを豪快に脱ぎ捨てる。
「ところで夜会はいかがでしたか?」
脱ぎ捨てたドレスをクローゼットにしまおうと悪戦苦闘しているリジーは、思い出したかのように私に問いかけた。
「そうねぇ…………」
そこまで言って、今日の夜会に出席していた面々を思い出してみる。そして、素直な感想を伝えることにした。
「色んな人種が集まるのを、改めて実感したわ」
そう言った瞬間、リジーは真っ青になった。そして震える声でこう言った。
「そんな恐ろしいところに……………。ミリア様、よく無事で」
再び、うるうるし始めたリジーを見て、私は思わず頬擦りをしてしまった。
そんな彼女にレオナードとの一件を伝えなかったのは、敢えての事。だって、あれは特別で、私だけの秘密にしたかったから。
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