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10日目③
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レオナードとこうして毎日顔を合わせて早10日。何だかんだ言いながら、私はお見合いした日より彼のことを理解していると思う。
例えば、レオナードの脳内のほぼ9割がアイリーンさんのことで埋め尽くされていることも。説明を『だから』の一言で済まそうとするところも。
そして何より、こうと決めたら、周りが見えなくなることも。
だから今さっきの甘えという発言は、猪突猛進のスイッチが入ったが故のもの。でも理解はしているけれど、それを甘受できるほど私は優しい性格ではない。
「ねえレオナード、一つ聞いても良いかしら?」
「時間がない。質問は短めに頼む」
しゅんと肩を落として上目遣いでレオナードに問いかければ、横柄な口調で返してきやがった。その瞬間、再び何かがプツンと切れた音がしたが、敢えてそれに意識を向けないようにする。
「あなた、このステップ、全部マスターするのにどれぐらいの期間が必要だった?」
口元に人差し指を当てながら、無邪気にこてんと小首を傾げれば、レオナードは見る見るうちに苦々しい表情に変わった。
「……………お、覚えていない」
「それは、簡単すぎてあっという間にマスターしたから覚えていないってこと?それとも、記憶にございません的なアレ?」
「……………それは答えなければならないことか?…………いや、愚問だった。答えるべきだろう。全部マスターしたのは、半年はかかった」
「そう、レオナード様でも半年はかかったのね」
この私の発言はレオナードにとって断罪にも等しいものだった。もう既に彼は自分が言い過ぎたことに気付いているけれど、私は追及の手を緩めるつもりは毛頭ない。
「で、あなた今日私に何て言ったかしら?」
一歩踏み込んで、すぅーっと眼を細めて問えば、レオナードは決まり悪そうに私から顔を背けた。なんでか分からないけれど、その彼の態度が今日イチ腹が立った私は────
「何でこっちを見てくれないの?レオナード、私を見て」
という拗ねた声と共に、気付けばレオナードを押し倒していた。といっても、男性が女性を力づくでどうこうするのとは程遠いものであったけれど。
「………ミリア嬢、甘い言葉を吐きながら、私の喉元に刃物を突き付けるのはやめてくれないか。あと、スカートに短剣を仕込むのは君らしいが、頼むから見えないように取り出してくれ。…………目のやり場に困る」
そう。レオナードの言う通り私は現在進行形で、彼の喉元ぎりぎりに短剣を突きつけている。でも、喉元に短剣を突き付けているのは、首を固定するため。殺意は2割程度しかない。
とはいえ、さすがにこの状況で説明もなしに、こんなことをされれば、殺意10割と受け止められても仕方がないことだろう。悲鳴一つ上げずにこうして淡々と語るレオナードは既に恐怖の域を超えてしまっている。口調とは裏腹に、その顔色は紙のように白かった。
「ご忠告ありがとう。確かにそうね。…………で、本題だけれど」
私の心情など説明する気はさらさらない私は、そこで一旦言葉を区切って表情を引き締めた。同時にレオナードもごくりと唾を呑む。
「約束は守るわ。もちろん契約だからね。何が何でも、夜会までにはマスターするわ。でも、根を詰めていい時と悪いときがわるわよね。おわかり?」
「ああ、君の言う通りだ、ミリア嬢。これからは────………ヤバイっ」
レオナードは私の言葉に、神妙な顔で頷いた。けれど、すぐに公爵家のお坊ちゃまにあるまじき言葉を吐いた瞬間、ものすごい早さで私の手から短剣を取り上げると、反対の腕で私をぎゅっと抱きしめたのだ。つまり私はレオナードの腕と彼の胸板に挟まれた状態。
でも私は『ちょっと何するの!?』と、彼を締め上げることはしない。なぜなら───。
「レオナード様、何か倒れる音がしましたが、いかがいたしましたでしょうか?」
というアルバードの低く落ち着いた声がホールに響いたからだった。ちなみに扉の開く音は一切しなかった。
間一髪、危なかった。レオナードが私から短剣を取り上げるのが少しでも遅れていたら、私は公爵家ご長男様殺害容疑で鉄格子に放り込まれるところだった。
例えば、レオナードの脳内のほぼ9割がアイリーンさんのことで埋め尽くされていることも。説明を『だから』の一言で済まそうとするところも。
そして何より、こうと決めたら、周りが見えなくなることも。
だから今さっきの甘えという発言は、猪突猛進のスイッチが入ったが故のもの。でも理解はしているけれど、それを甘受できるほど私は優しい性格ではない。
「ねえレオナード、一つ聞いても良いかしら?」
「時間がない。質問は短めに頼む」
しゅんと肩を落として上目遣いでレオナードに問いかければ、横柄な口調で返してきやがった。その瞬間、再び何かがプツンと切れた音がしたが、敢えてそれに意識を向けないようにする。
「あなた、このステップ、全部マスターするのにどれぐらいの期間が必要だった?」
口元に人差し指を当てながら、無邪気にこてんと小首を傾げれば、レオナードは見る見るうちに苦々しい表情に変わった。
「……………お、覚えていない」
「それは、簡単すぎてあっという間にマスターしたから覚えていないってこと?それとも、記憶にございません的なアレ?」
「……………それは答えなければならないことか?…………いや、愚問だった。答えるべきだろう。全部マスターしたのは、半年はかかった」
「そう、レオナード様でも半年はかかったのね」
この私の発言はレオナードにとって断罪にも等しいものだった。もう既に彼は自分が言い過ぎたことに気付いているけれど、私は追及の手を緩めるつもりは毛頭ない。
「で、あなた今日私に何て言ったかしら?」
一歩踏み込んで、すぅーっと眼を細めて問えば、レオナードは決まり悪そうに私から顔を背けた。なんでか分からないけれど、その彼の態度が今日イチ腹が立った私は────
「何でこっちを見てくれないの?レオナード、私を見て」
という拗ねた声と共に、気付けばレオナードを押し倒していた。といっても、男性が女性を力づくでどうこうするのとは程遠いものであったけれど。
「………ミリア嬢、甘い言葉を吐きながら、私の喉元に刃物を突き付けるのはやめてくれないか。あと、スカートに短剣を仕込むのは君らしいが、頼むから見えないように取り出してくれ。…………目のやり場に困る」
そう。レオナードの言う通り私は現在進行形で、彼の喉元ぎりぎりに短剣を突きつけている。でも、喉元に短剣を突き付けているのは、首を固定するため。殺意は2割程度しかない。
とはいえ、さすがにこの状況で説明もなしに、こんなことをされれば、殺意10割と受け止められても仕方がないことだろう。悲鳴一つ上げずにこうして淡々と語るレオナードは既に恐怖の域を超えてしまっている。口調とは裏腹に、その顔色は紙のように白かった。
「ご忠告ありがとう。確かにそうね。…………で、本題だけれど」
私の心情など説明する気はさらさらない私は、そこで一旦言葉を区切って表情を引き締めた。同時にレオナードもごくりと唾を呑む。
「約束は守るわ。もちろん契約だからね。何が何でも、夜会までにはマスターするわ。でも、根を詰めていい時と悪いときがわるわよね。おわかり?」
「ああ、君の言う通りだ、ミリア嬢。これからは────………ヤバイっ」
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でも私は『ちょっと何するの!?』と、彼を締め上げることはしない。なぜなら───。
「レオナード様、何か倒れる音がしましたが、いかがいたしましたでしょうか?」
というアルバードの低く落ち着いた声がホールに響いたからだった。ちなみに扉の開く音は一切しなかった。
間一髪、危なかった。レオナードが私から短剣を取り上げるのが少しでも遅れていたら、私は公爵家ご長男様殺害容疑で鉄格子に放り込まれるところだった。
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