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9日目②
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あの日あの時、メロンを食べてしまった以上、夜会へ参加するという約束は守る。けれど、今のレオナードの発言に少々引っかかりを覚えてしまった。
「ねえ、レオナード、ちょっと聞きたいんだけれど、あなた、あと数日って言ってるけど具体的に夜会って何日後なの?」
「………………後」
「え?」
即座に答えてはくれたけれど、今日はまた一段と小声で聞き取れない。後ずさりした歩数だけ元に戻り、もう一度促せば、わずかに上がった声量で答えてくれた。でも聞かなれば良かったと即座に後悔もした。
「…………6日後だ」
「………………」
積んだなコレ。思わず遠い目をしてしまう私に、レオナードは静かに口を開いた。
「ところでミリア嬢、質問だが…………」
「なあに?」
「君はどのステップが苦手なんだ?それとも、苦手な曲があるのか?」
「………………」
条件反射で返事をしてしまったけれど、レオナードの質問に答えられることができず、そっと視線をずらす。
ダンスが踊れないと口にする人は多くいるけれど、その基準は様々だ。
【見栄えよく踊れない】とか【苦手なステップがある】とか【お前なんかとは踊れない】とか。実は踊れるけど、失敗した時の為に予防線をはっている場合や、遠回しな断り文句の場合があるので、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。
でも、私は鵜呑みにして欲しい人間だ。一度もダンスのレッスンを受けたこともなければ、家族でダンスの真似事すらしたことがない。
その私がたった6日でダンスをマスターするなんて、もはや奇跡の域でしかない。自力で何とかできる次元ではない。あの時、メロンに惹かれた自分を悔やむ。
「レオナード、あのね………………」
もじもじと指を組み合わせながら、レオナードを覗き込む。もう、ここは素直にカミングアウトをして、彼の頭脳に縋るしかない。
「私、そういう次元じゃないの。一度もレッスンを受けたことがないし、ダンスの曲すら殆ど聴いたことがないの」
予言という特技をお持ちのレオナードでも、これはさすがに予期できなかったのだろう。彼の顔色はみるみるうちに白くなった。
「………一度も?」
「ええ」
「………一曲も?」
「ええ」
短い問いの中に『違うと言ってくれ』という彼の悲痛な願いが込められているが、私には肯定しかできなくて、胸が痛い。
そしてレオナードは二つの質問を終えると、天を仰いだ。特に意味はないけれど、前回同様私も同じように天井を見つめる。
あ、この部屋、天井画がある。相も変わらず余分なところに金を使う屋敷だ。そして今日も天使さんは、微笑みをうかべているけれど、ちょっと気まずそう。うん、なんか、ごめんね。
そんなふうに、よそに意識を向けていたら────。
「ミリア嬢、腹を括ってくれっ」
と、レオナードに腕を掴まれた挙句、ぶんっと音がする程勢い良く、直角に頭を下げられてしまった。
「もう、付け焼き刃でしかなくても、この方法しか思い浮かばないんだ」
のっそり顔を上げたレオナードは悲壮な顔をしているけれど、伝家の宝刀である【偽装婚約の契約書】をちらつかせて、脅すような横柄なことはしない。
そんな彼を見て、私も覚悟を決めた。この場をどう逃げ切ることしか考えてなかった私だったけれど、昨日、さんざん愚痴を聞いてもらった手前、不義理はしたくない。
「わっ……わかったわ。もうこうなったら、やるしかないわね」
私は両手をぐっと握りしめて、私は強く頷いた。
女は度胸。成功は精神の別名なり。要は気合と根性なのだ。そして私は気合と根性だけは売るほどある。
「ありがとう、ミリア嬢っ。君は本当に素晴らしい人間だっ」
レオナードは感極まったのか、私の手を両手で握りしめ、潤んだ瞳で見つめてくる。
そんな熱い視線の中、何だかんだ衝突ばかりしていたけれど、やっと私達は一致団結することができて良かったと、私もほっとした笑みが零れる。
まぁ………それは、束の間のことだった。翌日、その団結は音を立てて崩れることになる。
「ねえ、レオナード、ちょっと聞きたいんだけれど、あなた、あと数日って言ってるけど具体的に夜会って何日後なの?」
「………………後」
「え?」
即座に答えてはくれたけれど、今日はまた一段と小声で聞き取れない。後ずさりした歩数だけ元に戻り、もう一度促せば、わずかに上がった声量で答えてくれた。でも聞かなれば良かったと即座に後悔もした。
「…………6日後だ」
「………………」
積んだなコレ。思わず遠い目をしてしまう私に、レオナードは静かに口を開いた。
「ところでミリア嬢、質問だが…………」
「なあに?」
「君はどのステップが苦手なんだ?それとも、苦手な曲があるのか?」
「………………」
条件反射で返事をしてしまったけれど、レオナードの質問に答えられることができず、そっと視線をずらす。
ダンスが踊れないと口にする人は多くいるけれど、その基準は様々だ。
【見栄えよく踊れない】とか【苦手なステップがある】とか【お前なんかとは踊れない】とか。実は踊れるけど、失敗した時の為に予防線をはっている場合や、遠回しな断り文句の場合があるので、その言葉を鵜呑みにしてはいけない。
でも、私は鵜呑みにして欲しい人間だ。一度もダンスのレッスンを受けたこともなければ、家族でダンスの真似事すらしたことがない。
その私がたった6日でダンスをマスターするなんて、もはや奇跡の域でしかない。自力で何とかできる次元ではない。あの時、メロンに惹かれた自分を悔やむ。
「レオナード、あのね………………」
もじもじと指を組み合わせながら、レオナードを覗き込む。もう、ここは素直にカミングアウトをして、彼の頭脳に縋るしかない。
「私、そういう次元じゃないの。一度もレッスンを受けたことがないし、ダンスの曲すら殆ど聴いたことがないの」
予言という特技をお持ちのレオナードでも、これはさすがに予期できなかったのだろう。彼の顔色はみるみるうちに白くなった。
「………一度も?」
「ええ」
「………一曲も?」
「ええ」
短い問いの中に『違うと言ってくれ』という彼の悲痛な願いが込められているが、私には肯定しかできなくて、胸が痛い。
そしてレオナードは二つの質問を終えると、天を仰いだ。特に意味はないけれど、前回同様私も同じように天井を見つめる。
あ、この部屋、天井画がある。相も変わらず余分なところに金を使う屋敷だ。そして今日も天使さんは、微笑みをうかべているけれど、ちょっと気まずそう。うん、なんか、ごめんね。
そんなふうに、よそに意識を向けていたら────。
「ミリア嬢、腹を括ってくれっ」
と、レオナードに腕を掴まれた挙句、ぶんっと音がする程勢い良く、直角に頭を下げられてしまった。
「もう、付け焼き刃でしかなくても、この方法しか思い浮かばないんだ」
のっそり顔を上げたレオナードは悲壮な顔をしているけれど、伝家の宝刀である【偽装婚約の契約書】をちらつかせて、脅すような横柄なことはしない。
そんな彼を見て、私も覚悟を決めた。この場をどう逃げ切ることしか考えてなかった私だったけれど、昨日、さんざん愚痴を聞いてもらった手前、不義理はしたくない。
「わっ……わかったわ。もうこうなったら、やるしかないわね」
私は両手をぐっと握りしめて、私は強く頷いた。
女は度胸。成功は精神の別名なり。要は気合と根性なのだ。そして私は気合と根性だけは売るほどある。
「ありがとう、ミリア嬢っ。君は本当に素晴らしい人間だっ」
レオナードは感極まったのか、私の手を両手で握りしめ、潤んだ瞳で見つめてくる。
そんな熱い視線の中、何だかんだ衝突ばかりしていたけれど、やっと私達は一致団結することができて良かったと、私もほっとした笑みが零れる。
まぁ………それは、束の間のことだった。翌日、その団結は音を立てて崩れることになる。
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