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8日目⑤
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レオナードは時々こういうことをして、私を驚かせる。
身分の上下に関係なく、分け隔てすることない優しさ。すぐに非を認める素直なところ。世間知らずな部分は致し方ないけれど、彼は貴族特有の横柄さも男性特有の横暴さもない。一体どういう教育を受けてきたのだろう。このお屋敷の乳母だか家庭教師だか知らないけど、すばらしい人材のようだ。是非とも父上への教育もお願いしたい。
とここで、少々脱線気味になっていたけれど、昨日の一件で気になる事を思い出した。
「ねえ、レオナード。そういえば、どうして私に宝石を贈ろうと思ってたの?」
昨日の宝石事件は、激怒したレオナードに私が更に激怒して幕を閉じてしまった。けれど、実は彼が宝石を贈ろうとした明確な理由を聞いていない。
【女性=光り物好き】というくだらない理由だと思う反面、今の彼を見ていると、それ以外の理由かもしれないと純粋な疑問が湧く。
けれど、レオナードにとったら触れて欲しくない話題のようだったので、目を泳がしながら言いにくそうに口を開いた。
「…………あ、あれはだな、ミリア嬢が渡航後に役に立つと思ったんだ」
「具体的には?」
「いずれ行動力のある君なら事業を起こすこともあるだろう。その際、君が取引先や顧客と直接交渉するときは間違いなくある。そうなれば、ある程度、身なりを整えた方が有利に運ぶ時があるのは間違いないし、それに宝石は嵩張らない。贈る側が言うのも何だが…………最悪、売れば金になるしな。だから渡航する君に贈るには、ピッタリだと思ったんだ」
「………………」
どうしよう、想像以上にまともな答えで、言葉を失ってしまった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながらレオナードをじっと見つめていたら、彼は相当、居心地が悪いのだろう。すっと視線を横にずらしながら、ちらちらと私を伺い見てる。
「そうだったのね。あなたがそんなことを考えていたなんて、思いもよらなかったわ。私てっきり───」
「いやっ、いいんだ、ミリア嬢。皆まで言うな」
両手を私の前に突き出して、顔をぶんぶんと横に振ったレオナードは、仕切り直しといった感じでジャケットの襟を正した。
「さあミリア嬢、今日は私に鬱憤をぶつけたまえ。何でも聞くし、時間を気にする必要なんてない。…………ただし、私をサンンドバッグ代わりにするのはやめてくれ」
そう言いながらレオナードは、ポットを手にすると私のカップにお茶を追加した。存分にどうぞ、ということなのだろう。その気遣い心から嬉しい。
窓に映る景色は、相変わらずの雨。実のところ、私はもうアンニュイな気持ちはどこかに行ってしまっている。でもそれは、彼には内緒にしておく。
「ありがとう。レオナード。じゃあ、今日は貴方に聞いてもらうことにするわ」
にこりと笑みを浮かべてそう言えば、レオナードも同じような笑みを返してくれた。
「─────ってことで、本当にクソ親父なのよ、レオナード。以上、終わりっ。はぁーすっきりした」
今までの鬱憤をしっかりがっつり吐き出した私は、軽く伸びをしながら窓を見る。雨はいつの間にか止んでの気持ちと同じように、晴れやかな青空が広がっていた。西日が差している柔らかい空色に、虹までかかってとっても綺麗。
「レオナード、ほら見てあそこ。虹が出ている…………って、ちょっとあなた大丈夫!?」
視線を彼に向ければ、レオナードはぐったりとテーブルに伏せてしまっていた。どうやら顔を上げる気力もないようだった。そして私の大声にゆるゆると顔を上げたレオナードだったが、目は若干うつろになっていた。
「……………ああ、大丈夫だ。問題ない。ときにミリア嬢、気は晴れたか?」
到底大丈夫とは思えない顔色だったけれど、本人がそういうならばと、これ以上は探ることはしないで私は満面の笑顔で頷いた。
「ええ、すっきりしたわ。本当にありがとう」
私の言葉に、彼はちょっと顔色を良くして頷いてくれた。そこですかさず私は、ちょっとしたお願いを口にした。
「この手紙、定期的に届くの。だから………また、お願いね」
瞬間、レオナードの顔色はついさっきと同じ、どす黒い色に戻ってしまった。
身分の上下に関係なく、分け隔てすることない優しさ。すぐに非を認める素直なところ。世間知らずな部分は致し方ないけれど、彼は貴族特有の横柄さも男性特有の横暴さもない。一体どういう教育を受けてきたのだろう。このお屋敷の乳母だか家庭教師だか知らないけど、すばらしい人材のようだ。是非とも父上への教育もお願いしたい。
とここで、少々脱線気味になっていたけれど、昨日の一件で気になる事を思い出した。
「ねえ、レオナード。そういえば、どうして私に宝石を贈ろうと思ってたの?」
昨日の宝石事件は、激怒したレオナードに私が更に激怒して幕を閉じてしまった。けれど、実は彼が宝石を贈ろうとした明確な理由を聞いていない。
【女性=光り物好き】というくだらない理由だと思う反面、今の彼を見ていると、それ以外の理由かもしれないと純粋な疑問が湧く。
けれど、レオナードにとったら触れて欲しくない話題のようだったので、目を泳がしながら言いにくそうに口を開いた。
「…………あ、あれはだな、ミリア嬢が渡航後に役に立つと思ったんだ」
「具体的には?」
「いずれ行動力のある君なら事業を起こすこともあるだろう。その際、君が取引先や顧客と直接交渉するときは間違いなくある。そうなれば、ある程度、身なりを整えた方が有利に運ぶ時があるのは間違いないし、それに宝石は嵩張らない。贈る側が言うのも何だが…………最悪、売れば金になるしな。だから渡航する君に贈るには、ピッタリだと思ったんだ」
「………………」
どうしよう、想像以上にまともな答えで、言葉を失ってしまった。
ぱちぱちと瞬きを繰り返しながらレオナードをじっと見つめていたら、彼は相当、居心地が悪いのだろう。すっと視線を横にずらしながら、ちらちらと私を伺い見てる。
「そうだったのね。あなたがそんなことを考えていたなんて、思いもよらなかったわ。私てっきり───」
「いやっ、いいんだ、ミリア嬢。皆まで言うな」
両手を私の前に突き出して、顔をぶんぶんと横に振ったレオナードは、仕切り直しといった感じでジャケットの襟を正した。
「さあミリア嬢、今日は私に鬱憤をぶつけたまえ。何でも聞くし、時間を気にする必要なんてない。…………ただし、私をサンンドバッグ代わりにするのはやめてくれ」
そう言いながらレオナードは、ポットを手にすると私のカップにお茶を追加した。存分にどうぞ、ということなのだろう。その気遣い心から嬉しい。
窓に映る景色は、相変わらずの雨。実のところ、私はもうアンニュイな気持ちはどこかに行ってしまっている。でもそれは、彼には内緒にしておく。
「ありがとう。レオナード。じゃあ、今日は貴方に聞いてもらうことにするわ」
にこりと笑みを浮かべてそう言えば、レオナードも同じような笑みを返してくれた。
「─────ってことで、本当にクソ親父なのよ、レオナード。以上、終わりっ。はぁーすっきりした」
今までの鬱憤をしっかりがっつり吐き出した私は、軽く伸びをしながら窓を見る。雨はいつの間にか止んでの気持ちと同じように、晴れやかな青空が広がっていた。西日が差している柔らかい空色に、虹までかかってとっても綺麗。
「レオナード、ほら見てあそこ。虹が出ている…………って、ちょっとあなた大丈夫!?」
視線を彼に向ければ、レオナードはぐったりとテーブルに伏せてしまっていた。どうやら顔を上げる気力もないようだった。そして私の大声にゆるゆると顔を上げたレオナードだったが、目は若干うつろになっていた。
「……………ああ、大丈夫だ。問題ない。ときにミリア嬢、気は晴れたか?」
到底大丈夫とは思えない顔色だったけれど、本人がそういうならばと、これ以上は探ることはしないで私は満面の笑顔で頷いた。
「ええ、すっきりしたわ。本当にありがとう」
私の言葉に、彼はちょっと顔色を良くして頷いてくれた。そこですかさず私は、ちょっとしたお願いを口にした。
「この手紙、定期的に届くの。だから………また、お願いね」
瞬間、レオナードの顔色はついさっきと同じ、どす黒い色に戻ってしまった。
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