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8日目④

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 顎に手を当てながら小さくうーんと悩み声を上げるレオナードに、私は苛つきを通り越して溜息を付いてしまった。

「レオナード、あなた、まだ心配事があるの?きちんと説明したつもりだったけれど、これでも納得できないなら、もうそれは強迫性障害の疑いがあるわよ。一回診察受けてみたら?独りで行くのが不安なら、私、付き合ってあげるわよ。それに、チップによって口の堅さが変わる医者を紹介するわ。あなた程の身分の人間が渡すチップなら、その医者、間違いなく爪を剥がされても、足の指を潰されても、きっと口を割ることはないわ。安心して」
「相変わらずの肺活量だな。ついでに言えば、なぜ励ましから物騒な内容に変わるんだ?というか、なぜ私が要診察扱いになっているんだ?………いや、今はそれは良い。まず私の方は問題ない。このまま粛々とことを進めさせてもらう。ただ……………」
「ただ?」
「なぜ、ミリア嬢は憂いているんだ?私達と同様、君も父上の帰還前に渡航するなら、こんな手紙、気にしなければ良いだけの話ではないか?」

 思わぬ正論に、うっと言葉が詰まる。レオナードの言うことはもっともだ。

 そう、こんなもの無視すればいいだけの話だ。でも、たかが手紙、されど手紙だったりもする。

 長年、父上の支配下で生活していると、文字を見ただけでも、面と向かって命令されているような気分になってしまうのだ。だから破り捨てたい手紙でも、握りつぶすまでしかできなかったりもする。

 これは理屈で説明できるものではない。卑屈になってしまった私の性格に問題がある。

「それはそうなんだけどね…………まぁ、なんていうか………その………」
「条件反射と長年の習慣による思い込み、か?」

 珍しく言葉を濁す私に、レオナードが伺うように手助けする。ドンピシャとまでは言えないけれど、なかなか的を得た言葉に、私は素直に頷いた。

「なるほど。つまりミリア嬢が落ち込んでいるのは、ただ単に父君からの手紙をもらって、テンションが落ちているだけなのか?」

 『だけ』と、聞かれると、なぜか素直に認めたくはない。けれど、反論しない私を見て、レオナードは是と認識したようだ。そして、表情を一変させると、爽やかな笑顔を私に向けた。

「なら、君が元気を取り戻す、良い方法がある」
「え?」

 長い間、父上への苛立ちを解消する方法を見つけられなかったというのに、出会って10日そこらしか経っていないレオナードは、いとも簡単に見つけたというのか。舐めんなよと言いたいけれど………ま、まぁ………聞くだけは聞いてみよう。っていうか知りたい

「教えて、レオナード」
「簡単なことだ。私に思う存分、愚痴を吐けばいい」
「ん?」

 ちょっと間抜けな声を出した私に、レオナードは嫌な顔をせず説明を始めた。

「どうにもならない、且つ、時間を置けば解決する問題なら、溜まったイライラを口に出せばスッキリする。知らないのか?愚痴を吐くというのは一種のセラピーだ。普段ミリア嬢には、何かと世話になっているからな。今日は私に向かって愚痴を存分に吐き出したまえ」
「………………」

 あんぐりと口を開けて固まってしまった。

 だって【女の愚痴は長くて、うんざりするもの】が世の常識だ。なのに、目の前のお貴族様は、それを知っていて、どうぞと言ってくれている。何なのこの人………。

 蟻のような狭小の心の持ち主だと思っていたけれど、レオナードは私の想像の500倍、包容力のある人だった。
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