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8日目③

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 ぐしゃりと手紙を握りしめても、一度火がついた父上への怒りは鎮まらない。というよりふつふつと怒りが煮えたぎっている。

 本当に我が父上は、クソ親父と呼ばれる為に生まれてきたような男だ。

「────嬢、………っ」

 軍人時代は強靭な精神と褒められたのかもしれないけれど、今では単なる頑固者でしかなく、神の領域と讃えられた統率力は、今ではウザイだけの支配者でしかない。

「───リ嬢、聞……くれ」

 ぶっちゃけた話、元軍人全てがこうなら、まだ納得できる。が、退役した父上の同僚や上官を少なからず目にしている私には、父上だけが逸脱していることを知っている。

「───リア嬢、ったく………聞い…れ」

 父上の上官の屋敷に招かれた時、霊長類かどうかも怪しい岩のようなその人は、明らかに馬鹿そうな愛犬に顔をベロベロ舐められて至福の表情を浮かべていた。そして、頬に抉れたような傷を持つ父上の同僚は、奥方の顔色を常に窺って3歩後ろを歩いていた。どう見ても、彼は3歩後ろに引かれる側の風貌だというのに。

 そんなこんな、幼い頃に目にしたあの衝撃を私は、今でも忘れられない。ウチって他の家とちょっと違う?いや、めっさ違う!?と思った瞬間だったのだ。

 そして私はあの時、子供ながら『退役すれば、ただの人』ということを学んだ。なのに父上は退役しても現在進行形で軍人のままでいる。いうことは………………父上は未だに何かと戦っているのだろうか。もしそうなら、さっさとその妄想の中の敵を殲滅して、ただの人に戻って欲しいものだ。

 と、ここには居ない父上に向かって悪態をついていたら───。

「ミリア嬢、ちゃんと聞いてくれっ。これは相当問題なことだっ」

 大声と共にいきなり腕を掴まれ、思わず締め上げてしまった。すぐに襲われた小動物のような悲鳴が聞こえてきて、私を驚かせた犯人はレオナードだということに気付く。

「ったく何よ急に、びっくりするじゃない」

 締め上げた手を緩めて、苦情を申し立てれば、床に這いつくばっているレオナードが首だけを持ち上げて、不満げな視線を投げてきた。

「言っておくけれど、急に掴んだわけではない。3回無視された故の断行だ」
「あら、そう。で、断行までして私に伝えたかったことって何?つまらない内容だったら、声帯潰すわよ」

 そう言った途端、レオナードは少々顔が引きつった。けれど、余程私に伝えたいことがあったのだろう。すぐに身を起こして口を開いた。

「何がじゃない。良く見てくれっ。ここだ、ここっ」

 急に切羽詰まった様子でレオナードはくしゃくしゃになった手紙を私の手からひったくると、皺を伸ばして、とある部分を指さした。

 釣られるように覗いた瞬間、私はなんだそんなことかと苦笑した。ちなみにとある部分とは『①異性との接触を一切禁ずる』と書かれているところ。

「ああ、それのことね。大丈夫、心配しないで」

 面倒くさそうに、ひらひらと手を振りながら答えた私に、レオナードは胡乱げな顔をする。

「ミリア嬢、心配しないで済む理由が一つも見つからない」 

 説明不足ばかりしているお坊ちゃんに、お前が言うなと罵りたいけれど、ここでキレたら同じ土俵に立つことになる。なので、コホンと咳ばらいをして、補足を加えることにする。

「世の中には、なんでも抜け道があるのよ。ほら、ちゃんとここを見て。一番下の5番、全ての選択は母に委ねるべしって書いてあるでしょ。だから大丈夫。母上は、この婚約に賛成しているから。大概の禁止事項は大目に見てもらえるわ。ま、偽装ということは知らないけどね」
「………なるほど」

 まだ腑に落ちない様子のレオナードに、私は更に付け加えた。

「それに、父上が領地の視察から戻るのは2ヶ月先のことよ。私達2ヶ月先には、お互いここには居ないじゃない。だから、心配することなんかないわ。安心して。あと、ついでに声帯も潰さないから安心してね、レオナード。………………今のところは」

 と、珍しく茶目っ気のある言葉で締めくくったけれど、レオナードは未だに納得できない様子であった。
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