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6日目③

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 悪態付きながらの賛辞を受けた私は心の中でせめぎ合った結果、結局、溜息を付く結果に落ち着いた。

 そんな私に、レオナードは不思議そうに眉を上げた。

「ん?どうしたミリア嬢、もしかして照れているのか?」

 ちょっと前かがみになってレオナードに覗き込まれた瞬間、そのニヤニヤ笑いにイラッとして、気付けば今日もまたテーブルを飛び越え彼の胸元を締めあげていた。

「はぁぁ!?照れてる?誰が?レオナードさま、ちょっとお目眼がお疲れのようですわね。このまま寝かせてあげましょうか?………永遠に」
「こ、断る……くっ」
 
 引きつった笑みを浮かべて、更に胸元を捩じ上げれば、レオナードから拒絶の言葉が飛んできたけれど、もう少しだけ力を込めた後、突き飛ばすように手を離してあげた。

 そうすればレオナードは恨めし気に私を睨みつけた。けれどすぐ、肩を落としてポツリとこう言った。

「私には、君がどこで不機嫌になるのかわからない」
「でしょうね」

 思わず頷いてしまったけれど、彼のこの性格についての矯正は契約外なので教えるつもりはない。自分で考えろと吐き捨てる。

 そんな中、レオナードは3歩よろめきながら後退したあと、妙に納得した様子で口を開いた。

「まぁ口より先に手が動く行動力、それに何の抵抗もなく身分差を飛び越える肝の座り具合い。君ならどこの地でも間違い無く、生きていけるだろう」

 再び貶しているのか、褒めているのか判断がつきにくいことをのたまったレオナードは、乱れた胸元をしっかり整えて、ぴんと背筋を伸ばした。

「これも何かの縁だこの一ヶ月間、彼女との駆け落ちの為の準備が最優先だが、君の輝かしい未来の為に私も微力ながら協力させて貰う」

 え、何を言い出したコイツ。っていうか、貰うって何?なんで言い切っちゃってるの?私、頼んでないんですけど!?と、色々言葉が浮かんでくるが、そのどれもを口にすることができなかった。

 ただ一つ分かるのは、今まさに私は理解の範疇を超えてしまっているということだけ。

 そんな、ぽかんとしたまま動けない私に、レオナードはサラサラの前髪をかき上げると、にこりと笑みを浮かべてこう言った。

「さっそく私に何かできることはあるか、ミリア嬢。何でも言ってくれ」

 まるで取ってこいを期待する犬のような目で見つめられて、私はたじろいでしまう。余談だけれど、私は犬派か猫派かと聞かれたら、犬派だ。

 そんな私が、今のレオナードを邪険に扱えるわけがない。な、何か絞り出さなければと、焦った私が、見つけたお願い事はこれだった。

「………えっとね、レオナード。じゃ一つ良いかしら?」
「ああ、何でも言ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えて、今日のこのお菓子、お持ち帰りしても良いかしら?」

 そう望みを口にすれば、レオナードはものすごく微妙というか不服そうな顔をした。そして私は、眉間に皺が寄る。

「何かご不満?レオナード」

 眉間に皺を刻みつつ、返事を求めれば、レオナードは弾かれたように頷いた。

「…………お、お安い御用だ。何なら、クッキーも付けようか?ミリア嬢」
「あら、気が利くわね。是非ともそうして」

 にこりと笑って頷いたら、彼は納得したようで、アルバードを呼ぶためにパチンと指を鳴らした。

 そして瞬きする間もなく現れた執事に、あれこれとお持ち帰り用のスウィーツについて指示を出している。

 その光景を見つめながら、ああ、どうせだったら、アルバードと一回手合せしたいとおねだりした方が良かったな、とちょっぴり後悔したのであった。
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