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5日目④

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 思わず間の抜けた声を出してしまった私とは対照的に、レオナードは勝手に夜会までの段取りを話し出そうとしている。いやいやいや、そうは問屋が卸さない。

「相も変わらず、大事な部分を端折ってくれたけれど、チェフ家との縁談が白紙に戻ってないからって、なんで私が夜会に出席しないといけないのよ?さっさと手紙を書くなり、有り余っている権力を行使すれば良いだけの話じゃない」
「それができるなら、とっくにそうしている」
「まぁ、確かにね」

 ちょっとむっとしながら答えたレオナードが、君は頭が悪いと言われたような気がして、私のほうがむっとする。無意識に指の関節をぽきりと鳴らせば、彼はしまったという表情を見せながら、慌てて口を開いた。

「ああ、すまない、説明不足だった。きちんと説明をするから、まず両手は膝の上に置いて聞いてくれ。そう…………そのままでお願いする。でだな、安心してくれ。夜会では婚約者として出席はしてもらうが、それは匂わす程度の話だ。あの場ではっきり公言したりしないし、君の名誉を傷つけるようなことはしない。それは約束する。実は、一つ策を思いついたんだ」
「………と、いうと?」
「君も知っているだろう。夜会ではダンスの最中に話しかけるのはご法度だ。だから、私たちは『この二人まさか、そういう関係!?』と周りに思わせておきながら、ずっと踊っておけば良いんだ。そして、適当な時間に切り上げて、帰宅をする」
「ちょ、」
「踊り続けるのは、かなり体力を必要とするけれど、君なら大丈夫そうだ。間違いなく乗り切れるだろう。我ながら素晴らしい名案だ」
「はぁ!?」

 一応説明を受けたけれど、余計に意味が分からなくなった。っというかこっちの都合を無視してなんていう無茶ぶりをするというのだろう。…………彼には教育的指導が必要だ。そう思って、立ち上がろうとしたその瞬間、

「今日は、とっておきのスウィーツを用意した」

 一足早く、レオナードはそう言うと優雅な手つきで指をぱちんと鳴らした。次の瞬間、背後から気配を感じ振り向けば、そこには執事のアルバードが銀の盆を手にして立っていた。初老とも呼べるこのアルバード、実は相当な剣の使い手と見た。

「ミリア様、御前を失礼します」

 おののく私を無視して、アルバードは流れるような所作で私の前に白いナプキンに覆われた一皿を静かに置いた。そして、その布ををふわりと取る。────出てきたのは、丸々したメロンが一個。

「……………レオナード、私のこと、とうとうゴリラか何かに見えてきたってわけ?」

 怒りを通り越して唖然とする私に、レオナードは前髪をさらりとかき上げながら口を開いた。

「ふっ、困るな。ミリア嬢。黙って中を開けたまえ」

 優雅な所作で人差し指を伸ばし、わたしの目の前にある丸ごとメロンのヘタの部分にくるりと円を描く。

 その指をへし折りたくなる衝動を何とか抑えて、そこを良く見れば、メロンにはヘタの少し下の部分に切れ込みが入っていた。なるほど、メロンの上の部分が蓋となっているわけだ。それは正にパンドラの箱のようなもの。開けてしまえば私に災いが降りかかることは間違いない。

 けれど、私は蓋を開けてしまった。スウィーツに対する飽くなき探求心の為…………といえば聞こえは良いけれど、単純に中身を知りたかっただけなのだ。

 そして蓋を開けた瞬間、思わずめまいを覚えてしまった。

 高級フルーツの代表とも言えるメロンを丸ごと出されるというだけでも贅沢だというのに、このメロンの中身をくり抜き、中に旬のフルーツやゼリーがたっぷりと入っている。

 しかも初夏の爽やかな風に乗せて、フルーツの甘みや酸味の香りが漂ってきて、まだ食していないのに、これが至高の一品だというのが容易にわかってしまう。

 …………じゅるり。思わず唾を飲み込んでしまった私に、すかさずレオナードが口を開いた。

「これは、全て君のものだ。さぁ思う存分、堪能してくれ」

 そう言って彼は恭しくスプーンを差し出す。そして私は、夜会の誘いの是非を伝える前に差し出されたスプーンを手に取ってしまった。

「交渉成立だな、ミリア嬢」

 一仕事終えたようなレオナードの声で、これで私は彼の要求を呑んでしまったことを知る。


 こうなっては仕方がない。百歩譲って、夜会に参加はする。でも、どうしよう…………私は、ダンスがさっぱりできないのであった。

 でも、それを伝えるのは、今日ではなく、後日としよう。なぜなら、今はこのスウィーツを頂くことに忙しいからである。あと、どうでもいいけど、アルバードはいつの間にか姿を消していた。
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