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5日目②
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レオナードへチェフ家の夜会に出席できない理由を語った私だったけれど、少し話せば彼からいちいちツッコミが入ってしまい、2~3分もあれば終わる話が一向に終わらなかった。
そして最終的に堪忍袋の緒が切れた私は『黙って聞け』と、足元にあった小石を拾って彼に向かって投げつけてしまった。
もちろん本日も手加減したので、彼の眉間にはヒットしなかったけれど、真横を通り過ぎた小石は東屋の柱にめり込んでしまった。きっとあの小石は、この東屋が朽ち果てるまで、柱の一部となるに違いない………というのは、愚にもつかないことなので、ここで語ることではない。
ちなみにレオナードに語った理由は、総括するとたったこれだけのことだった。
半年前、母が体調を崩してしまったため、私は名代としてチェフ家の夜会に出席したのだ。嫌々ながら。
窮屈なドレス。頭皮がヒリヒリするほどきつく結い上げた髪。耳障りな音楽に、尽きることのない貴族連中の噂話。何度足を向けても私は夜会が苦手だった。だから、滅多なことでは参加せず、出席をするとしても、こうして名代を務める時だけだった。
そしてあの日も滞在時間5分を目標に掲げ、私は早々にチェフ家の代表に挨拶をして、辞することにしたのだ。
けれど、会場の入口にはウザい………あ、いえいえ、面倒くさい貴族令嬢の連中が喋りながら輪になって、どうでも良い話題でぺちゃくちゃと盛り上がっていた。ちなみに話の内容は、どこぞの貴族男性とチェフ家の娘が婚約するとかしないとか。
うふふ、おほほと上品に口元を押さえながら語る彼女達の目は笑ってはいなかった。明らかに『はぁ!?なんでアイツが!?』と語っている。
そんな中、彼女達の輪を横断すれば、とばっちりを喰らうのは一目瞭然。ということで、1分1秒でも早く帰りたい私は、少し遠回りになるけれどテラスから庭を通って馬車まで行くルートを選択したのだ。
………急がば回れ、そんな諺が仇になるなんて、あの時は夢にも思わなかったけれど。
ぽつぽつと等間隔で、ガーデンランプがあるおかげで辛うじて足元が見える。ただ木々の間から、いかがわしい声や、すすり泣きや悲痛な謝罪の声が聞こえたりするけれど、間違いなく私に向かってのものではないので、気に留めることはしない。
あちらさんも色んな意味で忙しいそうだな、と呑気に考えてながらとにかく歩を急いでいた。が、そこに予期せぬ人物が飛び出して来たのだ。
『おや、ミリア嬢。今日はお一人でご参加ですか?』
内心、うげっと声を上げたけれど、私に声を掛けたのはチェフ家のご子息シェナンド様だった。
一応格上なので【様】と付けてみたけれど、このシェナンド、女癖は悪いし頭は悪いし、どうやっても彼の長所を見つけることができない超が付くほどにバカ息子だった。本来なら関わり合いたくない相手であり、同じ空間で空気を共有することすら不快な相手なので、無視をしたいところだったが、運悪く彼は主催者のご子息さまでもあったのだ。
というわけで、ここで無下な対応は母の名代の立場としてできることではなく、ひきつった笑みで会釈をして通り過ぎようとした。が、彼は無遠慮な態度で私の腕を取ったのだ。
『せっかくの夜会なのに、もうお帰りですか、ミリア嬢。本日はあなたの兄上も居ないのに、ここでお別れなどつれないな。それとも、僕を誘うために、わざわざこんな人気のいないところまで来たのかな?』
死ね。木っ端みじんに砕け散れ。
そう念を込めて睨めば、シェナンドはくすりと笑って、反対の手を私の腰に回した。
『ああ、その瞳で見つめられるとゾクゾクするよ。さぁ、あっちでもっと僕を詰ってくれ。美しい毒花、ミリア嬢』
そう言って細身の体に似合わない強い力で、私を庭の茂みひ引っ張り込もうとしたのだった。
まぁ、その後はシェナンドのみぞおちに一発拳をお見舞いして、間髪入れずに回し蹴りを食らわし、ついでに2~3発ぶん殴って、彼に二度と寄るな触るな話しかけるなと吐き捨て、事なきを得た────というのが、あの日の夜会の一部始終であり、私がチェフ家の夜会に参加できない理由だった。
「と、いうわけでチェフ家のご長男さまをフルボッコにした私は、この夜会には参加できないの。ごめんね、レオナード。今回は私、役に立ちそうにないわ」
そう言って私は、ティーカップを口元に運んだ。あ、今日はウバ茶だ。香りと風味が素晴らしい。それをゆっくりと飲み干して、前を向けばレオナードは再び天を仰いでいた。
手持ち無沙汰になった私は、同じように天を仰いでみる。レオナードから夜会の誘いを取り消す言葉が今度こそ来るようと祈りながら。
そして最終的に堪忍袋の緒が切れた私は『黙って聞け』と、足元にあった小石を拾って彼に向かって投げつけてしまった。
もちろん本日も手加減したので、彼の眉間にはヒットしなかったけれど、真横を通り過ぎた小石は東屋の柱にめり込んでしまった。きっとあの小石は、この東屋が朽ち果てるまで、柱の一部となるに違いない………というのは、愚にもつかないことなので、ここで語ることではない。
ちなみにレオナードに語った理由は、総括するとたったこれだけのことだった。
半年前、母が体調を崩してしまったため、私は名代としてチェフ家の夜会に出席したのだ。嫌々ながら。
窮屈なドレス。頭皮がヒリヒリするほどきつく結い上げた髪。耳障りな音楽に、尽きることのない貴族連中の噂話。何度足を向けても私は夜会が苦手だった。だから、滅多なことでは参加せず、出席をするとしても、こうして名代を務める時だけだった。
そしてあの日も滞在時間5分を目標に掲げ、私は早々にチェフ家の代表に挨拶をして、辞することにしたのだ。
けれど、会場の入口にはウザい………あ、いえいえ、面倒くさい貴族令嬢の連中が喋りながら輪になって、どうでも良い話題でぺちゃくちゃと盛り上がっていた。ちなみに話の内容は、どこぞの貴族男性とチェフ家の娘が婚約するとかしないとか。
うふふ、おほほと上品に口元を押さえながら語る彼女達の目は笑ってはいなかった。明らかに『はぁ!?なんでアイツが!?』と語っている。
そんな中、彼女達の輪を横断すれば、とばっちりを喰らうのは一目瞭然。ということで、1分1秒でも早く帰りたい私は、少し遠回りになるけれどテラスから庭を通って馬車まで行くルートを選択したのだ。
………急がば回れ、そんな諺が仇になるなんて、あの時は夢にも思わなかったけれど。
ぽつぽつと等間隔で、ガーデンランプがあるおかげで辛うじて足元が見える。ただ木々の間から、いかがわしい声や、すすり泣きや悲痛な謝罪の声が聞こえたりするけれど、間違いなく私に向かってのものではないので、気に留めることはしない。
あちらさんも色んな意味で忙しいそうだな、と呑気に考えてながらとにかく歩を急いでいた。が、そこに予期せぬ人物が飛び出して来たのだ。
『おや、ミリア嬢。今日はお一人でご参加ですか?』
内心、うげっと声を上げたけれど、私に声を掛けたのはチェフ家のご子息シェナンド様だった。
一応格上なので【様】と付けてみたけれど、このシェナンド、女癖は悪いし頭は悪いし、どうやっても彼の長所を見つけることができない超が付くほどにバカ息子だった。本来なら関わり合いたくない相手であり、同じ空間で空気を共有することすら不快な相手なので、無視をしたいところだったが、運悪く彼は主催者のご子息さまでもあったのだ。
というわけで、ここで無下な対応は母の名代の立場としてできることではなく、ひきつった笑みで会釈をして通り過ぎようとした。が、彼は無遠慮な態度で私の腕を取ったのだ。
『せっかくの夜会なのに、もうお帰りですか、ミリア嬢。本日はあなたの兄上も居ないのに、ここでお別れなどつれないな。それとも、僕を誘うために、わざわざこんな人気のいないところまで来たのかな?』
死ね。木っ端みじんに砕け散れ。
そう念を込めて睨めば、シェナンドはくすりと笑って、反対の手を私の腰に回した。
『ああ、その瞳で見つめられるとゾクゾクするよ。さぁ、あっちでもっと僕を詰ってくれ。美しい毒花、ミリア嬢』
そう言って細身の体に似合わない強い力で、私を庭の茂みひ引っ張り込もうとしたのだった。
まぁ、その後はシェナンドのみぞおちに一発拳をお見舞いして、間髪入れずに回し蹴りを食らわし、ついでに2~3発ぶん殴って、彼に二度と寄るな触るな話しかけるなと吐き捨て、事なきを得た────というのが、あの日の夜会の一部始終であり、私がチェフ家の夜会に参加できない理由だった。
「と、いうわけでチェフ家のご長男さまをフルボッコにした私は、この夜会には参加できないの。ごめんね、レオナード。今回は私、役に立ちそうにないわ」
そう言って私は、ティーカップを口元に運んだ。あ、今日はウバ茶だ。香りと風味が素晴らしい。それをゆっくりと飲み干して、前を向けばレオナードは再び天を仰いでいた。
手持ち無沙汰になった私は、同じように天を仰いでみる。レオナードから夜会の誘いを取り消す言葉が今度こそ来るようと祈りながら。
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