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4日目③

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 外は季節外れの雷雨。しかも婚約者同士が鍵のかかった密室で二人っきりでいる。そして男性の口から語られる言葉は、愛しい女性への愛の言葉。

 それだけ聞けば、おやおや?婚前交渉、しちゃうわけ!?なんて思われても仕方がない。けれど、もっと詳細を語るなら、偽装婚約をしている相手が、一方的に長年片思いをしている女性への愛の言葉を語っている。

 そう、私はこの密室で、レオナードから聞きたくもない惚気を聞かされているのだ。ぶっちゃけ、聞かされる方からすれば、たまったもんじゃない。これは一種の拷問だ。

 けれど、こうなってしまったのは、少なからず私にも責任がある。本音を言えば、今すぐ殴るなり締め上げるなりして、レオナードの口を閉ざしたいところだが───私も人の子だ。じっと岩のように彼の言葉に耳を傾けることにした。



「───……………と、いうことで、私は彼女にぞっこんなんだ。ああ、ぞっこんなどというのは、もはや死語でしかないか。首ったけ、という言葉の方が相応しいのかもしれないな」

 ぞっこんも、首ったけも、どちらも死語だ。

 なんてことを思ったけれど、口に出すことはしない。なぜなら、これ以上、話を引き延ばしたくはないからだ。

 そして私は、そうですね、と同意するように無言で頷くだけにする。そして、ちらりと窓に目を向ければ、いつの間にか雨が止み、雲間に陽が差していた。けれど、その陽はすでに橙色で所謂、夕陽と呼ばれるものだ。

 ────……………長かった。っとに長かった。

 レオナードが語った全てを、文字にすれば一冊分の本ができてしまう文字数なので、端的に纏めると、レオナードの恋のお相手はアイリーンさんと言う名前で、ロフィ家に勤めていた使用人だったそうだ。ちなみに現在は職を辞して、平民街でひっそりと暮らしているそう。

 そして、レオナードが恋に落ちたのは、今から10年ほど前。…………あくまで推測だけれど、アイリーンさんはどうやらレオナードより少々年上のようだ。いや、年上だと思うことにしよう。

 なぜなら年下だったら犯罪だし、もっと言うなら幼少の頃から働くということは、のっぴきならない事情があって、そんな訳アリの使用人を自分の理想の女性を作り上げようと思ったレオナードの心理に、ガチで引く。っていうか、それが事実なら偽装であっても、この婚約は即刻破棄する案件だ。

 っと、いけない。ついつい話が逸れてしまった。余談はさておいて、最初は気にもかけない使用人だったけれど、健気に働くアイリーンさんに気付けば心を奪われてしまった。というのが、馴れ初め(?)らしいのだ。

 っていうか、こんな2分程度の話を、クソつまらない惚気交じりに数時間聞かされた私の苦痛を察して欲しい。まぁ、今日で4日目だけれど、やっと仕事らしい仕事をしたとも言えるので、口に出すことはしない。

 さて、レオナードと彼女さんの馴れ初めは理解した。でも平民の女性が、公爵家のイケメンから告白を受けて、すぐに二度と来るな、などと暴言を吐くものだろうか。

 レオナードは性格に少々問題はあるかもしれないが、容姿は端麗で金だけは唸るほど持っている。そんな彼に興味は無くても、がめつい根性で貢がせたり生活の援助を申し出たりと、使い道はありそうだ。

 けれどそうしないのは、アイリーンさんが生真面目な性格だからなのか、それとも別の理由があるのか。………と、そこで私は二つの可能性が浮かんだ。

「ねぇ、今更だけれど……………」
「どうした?ミリア嬢。いや、その前に聞いて欲しいことがある。一つ語り忘れたことがあってな………」

 まだ惚気足りないのか、レオナードはアイリーンさんとのお屋敷の廊下で鉢合わせというベタなエピソードを語り出そうとしたので、慌ててそれを遮って質問を投げつけた。

「あのね、アイリーンさん、もう既に恋人とか夫とかいるんじゃないの?もしくは、あなた以外の人に絶賛片思い中だとか?」
「いや、いない。絶対に」

 こわごわと問いかけた私とは真逆で、レオナードはぴしゃりと言い切った。恋人や夫の有無は調べようがあるけれど、片想いかどうかを知る術などあるわけないのに、よくもまあ強気に言い切れるものだ。

 そんな胸の内が、表情に現れてしまっていたのだろう。レオナードは私にちらりと視線を投げた後、立ち会がり窓辺に移動する。そして、夕陽を背に自信たっぷりにこう言った。

「片想い歴10年のこの俺が、彼女の些細な気持ちの変化を見逃すはずはない」
「…………あ、そうですか」

 社交界の女性を一瞬で虜にする笑みで、そんなことをのたまってくれても、私には薄気味悪いだけだった。
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