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4日目②

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 まぁよくよく考えれば、服が濡れるのは誰でも嫌なことに気付いたのは、それから数分後。

 ちょっと気付くのに遅れたのは、我が家の父上と兄二人が無頓着だったから。あの連中は、雨だろうと雪だろうと、みぞれが降ろうが霰が降ろうが、顔色一つ変えずに暇さえあれば鍛錬をしているのだ。

 と、これもまたどうでも良いことなので、私はこほんと小さく咳払いをしてレオナードに視線を向けた。

「レオナードさまったら、少々大げさに言っただけじゃないですか。言葉のまま取らないでくださいませ」

 敢えて丁寧語で伝えて、冗談よとウィンクをすれば、彼は不安と疑惑が拭いきれない様子で極めて慎重に頷きやがった。

 そこまで警戒される云われはない。本当に失礼なヤツと、むっとするけれど、ここでまた面倒くさいやり取りはごめんなので、さっきの会話の要点をまとめた。

「昨日あなたは彼女さんに会いに行って、もう来るなって言われたのよね。つまりフラれたってことよね?っていうか、それ以外無いわよね。うん無いわ、絶対。で、あなたはそう言われても諦めきれずにいるのよね?で、そんなことを言われるなんて思ってもみなかったあなたは、今頃になって彼女の心が自分に欠片もミクロも向いていないのかって思うようになったということよね?」
「………………ああ、その通りだ。そして今日も素晴らしい肺活量だな」
「ありがとう。でも、まだ肺の残量は半分以上残っているわ。ま、そんなことはどうでもいいんだけれどね」

 賛辞を素直に受け止めれば、レオナードは化け物を見る目で私を見た。っとに本当に失礼なヤツだ。私も妙齢の女性だとギロリと睨めば、彼は子犬のように肩を窄めて震え出した。

 そのリアクションも大概失礼だけれど、ここは私が大人になって見てみぬふりをして、再び口を開いた。

「でね、私から言えるのは、彼女がそこまで言うならきっぱりすっぱり諦めなさい」
「できるかっ、そんなことっ」

 私の言葉にレオナードが弾かれたように叫んだ。が、しかし、今日はこの天候の為、私達は彼の屋敷の中に居る。そのことを思い出し、レオナードは慌てて口を閉ざした。時すでに遅いと思うけど。

「………………もう10年も片想いしているんだ。そんな一言で終わりにできるわけないだろう」
「ここになら、失恋を癒す本の一冊や2冊あるんじゃない?」
「あろうが、なかろうが………………読みたくない。というか、そんな本あったら即刻、燃やしてやる」

 そう絞り出すような小声でレオナードは床に崩れるように座り込んでしまった。

 今更だが、ここは彼の屋敷の図書室だ。なんで図書室かと言うと、鍵がかかるからだ。っていうか、異性が二人っきりで鍵のかかる部屋にいるこの状況良いの?と頭の隅で思うけれど、まぁ、こんな話は屋敷の使用人がいるところでできないので、ここが一番相応しいのかもしれない。

 ということも頭の隅で思ったけれど、それよりも前に目の前の傷心の男を慰めたほうが良さそうだ。このまま自殺でもされたら寝覚めが悪い。

「レオナード、10年片想いしていたのなら、10年傷心のまま生きてごらんなさい。そうすれば相殺されて、新しい人生を歩むことができるわ」
「ミリア嬢、慰めてくれているのか?」
「………………ええ、一応」
「そうか、私はてっきり、私を再起不能にする為に追い打ちをかけたのかと思ったよ」
「ああ、かわいそうなレオナード。傷心のせいで、私の言葉まで歪んで聞こえてしまうのね」
「いや、そこは、中立な立場の人間が聞いても、私に同感してくれると思う」
「そう?」

 急に真顔で返されて、私の方が目をぱちくりさせてしまう。恋バナから縁遠い生活を送っていた為、強気に言い返すことができない。

 それに、私はレオナードを慰めながら、重要なことに気付いてしまった。

「ねぇ、私、あなたと彼女さんの関係を知らないまま軽率なアドバイスをしてしまったような気がするの」
「ああ、とても言いにくいが、そこは同意させてもらう」

 私の顔色を伺いながらも、きっぱり頷いたレオナードに私は意を決して不躾な質問をぶつけた。

「あのね、もし良かったらなんだけれど、もう少し彼女さんのこと聞いても良いかしら?」

 私達は婚約者だけれど、偽装婚約の上のもの。だからあまり彼の領域に踏み込んではいけないと思っていたのだが……………それは、私の杞憂だった。

 なぜなら、彼は急に眼に輝きが戻ってきたのだ。そして、今まで語る相手がいなかったという前置きをした後、一気に彼女との馴れ初めを語り出したのだ。
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