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3日目③

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 レオナードがじっと窓に映る景色を眺めていたのは僅かな間で、すぐに馬車は停車した。

「じゃ、ここで解散だ」
「ええ、わかったわ」

 馬車が停まったのは街の一角にある平民の住宅街の入り口。推測するに、レオナードは彼女さんのご自宅に直接訪問するのだろう。手にはしっかりバラの花束まで抱えている。美男子と花束は文句ない組み合わせだけれど、これが平民街だと少々痛い。

「それじゃ、楽しい時間を過ごしてね。また明日」

 これ以上レオナードを見ていると、彼のテンションを下げることを口にしてしまいそうなので、ひらりと手を上げて私は、屋台や商店が並ぶ通りに移動しようと思ったけれど───。

「ミリア嬢、ちょっと待て」

 尖ったレオナードの声音が私の背を刺した。

「なによ?」

 振り向けば、レオナードは声音と同じように不機嫌というか、ジト目で私を睨みつけている。しまった。私、心の声がしっかり漏れていたのか。

「ええーっと、レオナード、あのね───」
「一応君は私の婚約者なのに、歩いて行く気か?」
「は?」

 私の言葉を遮ってレオナードは、ぶすっとしたまま問い掛けるが、その意味がわからず、ぽかんとしてしまう。そんな私を捨て置いて、彼は再び口を開いた。

「私は、女性にこんなごつごつした石畳を歩かせるほど、失礼な男ではない。すぐに馬車に乗りたまえ。今からこと馬車は君のものだ。行きたいところを口にするだけで良い。もちろん帰りも、屋敷まで送り届けるから、そのつもりでいろ」
「………………はあ」

 私のおざなりな返事に憤慨した様子のレオナードだったが、やはり時間は惜しいのだろう。今度は私に言わず、御者に向かって厳しい口調で、私に言った言葉を繰り返すと、猛ダッシュで住宅街へと消えていった。

 残されたのは、私と、御者と、馬2頭。

「………………失礼、ミリア様」
「はい」

 返事をしながら声のする方をむけば、無表情で直立不動のまま私を見つめる御者がいた。すごい、彼はお屋敷のご長男が平民の女性に浮かれ立つ姿を見ても、ぽっと湧いて出た婚約者を前にしても動じることがない。

 ついでに言えば、傍から見たら、この光景って浮気相手に走った婚約者を見送っている図なのに、御者はそれが何か?と言わんばかりに冷静だった。

 そして御者は慇懃な礼を取りながら、こう言った。

「早速ですが、ご希望の場所を申し付けください」
「そうね………まずは、商店が立ち並ぶ通りまでお願いします」
「かしこまりました」

 思わず丁寧語でそう言えば、御者は恭しい手つきで、馬車の扉を開け、私に乗車を促した。そして必要ないけれど、一応、妙齢の貴族令嬢らしく御者の手を借りながら馬車に乗り込んだ私はふと思った。

 ま、シェフの腕前しかり、使用人の対応しかり、これが公爵家のなせる業なのだろう、と。つまり、期間限定かつ、偽装婚約者である私が深く考える必要なないことなのだ。
 

 それからレオナードの言われた通り買い物をさせてもらった。

 渡航の際に必要なこまごまとしたものは既に用意してあるので、ナナリー宅で就業した際に必要になる文具一式を。

 ………結構な金額になってしまったが、後で請求されたらどうしようかとヒヤヒヤしたが、自腹を切っても良いと思えるものだったので、その時はその時、と楽観視して今日もまた無事勤めを終えたのであった。
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