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1日目⑤
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心の中ではチョロい仕事だと小躍りしたい気分だが、一応、見落としが無いか、もう一度契約書を読み直していたら、ふと気になった。
「ねぇ、ここの婚約者のように振舞うって、どこまでやれば良いの?」
上から3行目に書かれている文章を指さしてみれば、レオナードもうーんと考え込んでしまった。
「あいにく、私も婚約をしたことがないから、わからない」
「そう………でも、困ったわ。契約書ってあとで揉めないように作成するものでしょ?ここって明確に記しておいたほうが良いと思う。………勘でしかないけれど」
私も婚約したことがないので、そもそも婚約者らしいという振舞いすらわかっていない。ちらりとレオナードを見れば、彼も渋面を作っている。本気で分からないらしい。
「………あのね、これは一つ提案なんだけど………」
「何だい?ミリア嬢」
「一先ず、この件は後回しにしましょう。契約書には少しスペースを空けといて、後で付け足すっていうのはどう?」
「ああ、本当なら今日中に話を詰めておきたかったんだが、致し方ないな」
レオナードはしぶしぶだけれど、私の提案を受け入れてくれた。けれど、契約書は出したまま。余計なお世話だけれど、これ早々にしまっておいた方が良いような気がする。
「あの………これ───」
「では、最後にミリア嬢、一番下に希望報酬を書いてくれ。言い値でかまわない」
レオナードは私の言葉を遮ってペンを差し出した。でも、とりあえずペンを受け取ってみたけれど、いざ言い値を書けと言われても、少々気が引ける。
「あの………そちらの、希望価格は?」
目安となる数字を知りたくて問うてみても、レオナードは眼だけで早く書けと訴えてくる。うう………なら、お言葉に甘えて書かせてもらおうか。
若干、手が震えてしまったが、渡航費諸々を含めた希望金額を記入した途端、レオナードの眉がピクリと撥ねた。やはり高額過ぎたかっ。
「………ミリア嬢。舐めているのか?」
「な、なによ。言い値を書けといったのは、あなたよ」
「ああ、確かに書けと言ったが」
「が?」
「こんな安価で君を1ヶ月拘束するつもりはないっ」
「はい!?」
「今すぐ書き直せっ。ったく、ロフィ家も見くびられたもんだなっ。いや、もういい。私が価格を決めさせてもらおうっ」
そう言って、憤慨したレオナードは私からペンを奪い取り、さらっととんでもない数字を記入してしまった。
肩書は男爵令嬢だけれど、中身は所詮張りぼての庶民でしかない私は、全身から一気に嫌な汗が噴き出る。
けれど、レオナードはそんな私を無視して、契約書をさっと奪い取ると自分の上着の懐にしまい込んでしまった。そして居ずまいを正して、爽やかな笑みを浮かべる。
「では、ミリア嬢、今日から私達は偽装婚約者という共犯者だ。お互い仲良くやっていこう」
「………はぁ」
曖昧に頷いた私の手を、レオナードは強引に奪い取る。そして、がっつり固い握手を交わしたのであった。
片手を軽く揺さぶられながら、レオナードの指は長く繊細なのに、手のひらは剣だこができていることに気付き、兄上2人と同じような手だということに少し驚く。
この手は毎日、稽古をしなければ作ることのできないもの。
高慢ちきで、人を使うことに抵抗が無い貴族中の貴族。欲しいものは当然のように、手に入れられると信じて疑わない甘ったれた坊ちゃんだと思ったけれど、どうやら違う一面もありそうだ。
そんな彼が一途に想う彼女とは、どんな人なのだろう。
下世話な好奇心がむくりと湧きあがるが、偽装婚約の相手に話すわけがないと結論付けて、それを必死で押し込めた。
さて、ひょんなことから始まった、期間限定の偽装婚約。不安はあるけれど、脳裏にチラつく金貨が私を勇気づけてくれるので………………ま、何とかなるでしょう。
「ねぇ、ここの婚約者のように振舞うって、どこまでやれば良いの?」
上から3行目に書かれている文章を指さしてみれば、レオナードもうーんと考え込んでしまった。
「あいにく、私も婚約をしたことがないから、わからない」
「そう………でも、困ったわ。契約書ってあとで揉めないように作成するものでしょ?ここって明確に記しておいたほうが良いと思う。………勘でしかないけれど」
私も婚約したことがないので、そもそも婚約者らしいという振舞いすらわかっていない。ちらりとレオナードを見れば、彼も渋面を作っている。本気で分からないらしい。
「………あのね、これは一つ提案なんだけど………」
「何だい?ミリア嬢」
「一先ず、この件は後回しにしましょう。契約書には少しスペースを空けといて、後で付け足すっていうのはどう?」
「ああ、本当なら今日中に話を詰めておきたかったんだが、致し方ないな」
レオナードはしぶしぶだけれど、私の提案を受け入れてくれた。けれど、契約書は出したまま。余計なお世話だけれど、これ早々にしまっておいた方が良いような気がする。
「あの………これ───」
「では、最後にミリア嬢、一番下に希望報酬を書いてくれ。言い値でかまわない」
レオナードは私の言葉を遮ってペンを差し出した。でも、とりあえずペンを受け取ってみたけれど、いざ言い値を書けと言われても、少々気が引ける。
「あの………そちらの、希望価格は?」
目安となる数字を知りたくて問うてみても、レオナードは眼だけで早く書けと訴えてくる。うう………なら、お言葉に甘えて書かせてもらおうか。
若干、手が震えてしまったが、渡航費諸々を含めた希望金額を記入した途端、レオナードの眉がピクリと撥ねた。やはり高額過ぎたかっ。
「………ミリア嬢。舐めているのか?」
「な、なによ。言い値を書けといったのは、あなたよ」
「ああ、確かに書けと言ったが」
「が?」
「こんな安価で君を1ヶ月拘束するつもりはないっ」
「はい!?」
「今すぐ書き直せっ。ったく、ロフィ家も見くびられたもんだなっ。いや、もういい。私が価格を決めさせてもらおうっ」
そう言って、憤慨したレオナードは私からペンを奪い取り、さらっととんでもない数字を記入してしまった。
肩書は男爵令嬢だけれど、中身は所詮張りぼての庶民でしかない私は、全身から一気に嫌な汗が噴き出る。
けれど、レオナードはそんな私を無視して、契約書をさっと奪い取ると自分の上着の懐にしまい込んでしまった。そして居ずまいを正して、爽やかな笑みを浮かべる。
「では、ミリア嬢、今日から私達は偽装婚約者という共犯者だ。お互い仲良くやっていこう」
「………はぁ」
曖昧に頷いた私の手を、レオナードは強引に奪い取る。そして、がっつり固い握手を交わしたのであった。
片手を軽く揺さぶられながら、レオナードの指は長く繊細なのに、手のひらは剣だこができていることに気付き、兄上2人と同じような手だということに少し驚く。
この手は毎日、稽古をしなければ作ることのできないもの。
高慢ちきで、人を使うことに抵抗が無い貴族中の貴族。欲しいものは当然のように、手に入れられると信じて疑わない甘ったれた坊ちゃんだと思ったけれど、どうやら違う一面もありそうだ。
そんな彼が一途に想う彼女とは、どんな人なのだろう。
下世話な好奇心がむくりと湧きあがるが、偽装婚約の相手に話すわけがないと結論付けて、それを必死で押し込めた。
さて、ひょんなことから始まった、期間限定の偽装婚約。不安はあるけれど、脳裏にチラつく金貨が私を勇気づけてくれるので………………ま、何とかなるでしょう。
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