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22日目①
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.。*゚+.*.。 22日目 ゚+..。*゚+
「ちょっと見ない間に、随分やつれたな。まるで君が病人のようだ」
「あなたは、随分と顔色が良いわね。仮病という言葉がこれほど似合う人はいないわ」
「………辛辣な口調は健在で安心した。ま、これでも食べてくれ。我がシェフティエの新作ケーキだ」
「あら、気が利くわね。ありがとう」
「で、いきなりで申し訳ないが………」
「………ん?」
「弟のデリックがそこに居る。君と話をしたいそうだ」
「私をケーキで買収するなんて、良い度胸ね」
「いやそこは、知恵がついたと言って欲しい。ただ、自分で言うのも何だが、君を騙すようなことをして、今胸が痛い」
「どっちのジャンルで?」
「…………恐怖から来る不整脈で、だ」
レオナードはそう言った途端、左胸を押さえた。顔色も紙のように白い。
以前のように東屋で向かい合う私達。そしてバナナとクリームチーズのタルトを前に、本気でビビるレオナード。そんな彼に向かって、私はフォークを手にしたまま、にこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「いやね、レオナード。私がそんなことで怒ると思ったの?」
こてんと首を横に倒して、くすくすと笑いながら目を細めれば、レオナードは信じられないといった表情を浮かべた。
「君に対して騙すようなことをしてしまったと自覚してる私としては、君が怒りを覚えること以外想像がつかなかった」
「あら、そうなの?」
「………………ああ」
レオナードがおずおずと頷けば、私はさも可笑しそうに、再びくすくすと笑みを浮かべる。けれどすぐに、渾身の力でフォークをレオナードに向かって投げつけた。
「ええ、あなたの言う通り怒っているわよっ」
「………………ああ、そのようだな。しかも、どうやら私が想像している以上だったようだ。本当にすまない」
『…………』の間にレオナードは人差し指と中指で、私が投げたフォークを優雅に受け止めてテーブルに置く。次いで、綺麗な所作で頭を下げた。けれどその翡翠色の瞳は、駄々っ子のように強い意志を持っている。絶対に我を通すと。
そんな甘ったれのお坊ちゃまに向かい、私は大仰に溜息を付きながら口を開いた。
「弟さまが私に話したいことって、何?」
「直接聞いて貰えると有難い」
「私一人で弟さまと話せってこと?」
「………………ああ。そうしてもらえると有難い」
「事と次第によったら、あなたの弟さまの原型がなくなるかもしれないわよ」
「………………弟もそれは覚悟の上だ」
「そんなに酷い内容なの!?」
「………………」
最後の問いは無言だった。じれったい気持ちで答えろと渾身の力で睨みつければ、レオナードの表情が消えた。これは黙秘権を行使するという意思の表れだった。
………………なるほど。これは口にはできない程の内容、ということか。
思わずちっと舌打ちしてしまう。本当に一難去って、また一難だ。今日、私はレオナードとこうして再会できたことを祝したいと思っていたのに。それと随分前から保留になっているレオナードの問いについても、ちゃんと話したいというのに。
けれど、さっきから視界の端にデリックが映り込んで来る。まるで、悪戯が見付かって叱られる直前の子犬のような表情を浮かべて。
しかも反対側にはアルバードまで控えている。ああ.........もう自分の未来が見えた。どうせ今回も、私がぐずぐずと不平不満を述べたところで、実力行使に出るのだろう。
けれど前回のメルヘンお母様の一件のように、甘んじて受けるつもりは無い。
「そう、わかったわ。……………でも、ケーキだけでは、足りないわ」
途端に、レオナードの眉がぴくりと撥ねた。そして表情筋が動いた瞬間を私が見逃すわけはなく、畳みかけるようにこう言った。
「ねぇ、レオナード、ここ舐めて」
そう言って私はスカートを少し持ち上げると、彼に向かって、つま先を向けた。
さて、いつもの流れなら、ここで眼前のお坊ちゃまは、感情をむき出しにして拒否するだろう。もしくは子犬のように、ふるふると震えるだろう。いや、尊厳云々の問題で本気で怒るかもしれない。────けれど、今回は違った。
「ミリア嬢、そんなことで良いのか?」
そう言ったレオナードは、ちょっと眉を上げて驚いた表情を浮かべただけだった。そしてすぐさま膝を付き、私の足首へと手を伸ばしたのだった。
「ちょっと見ない間に、随分やつれたな。まるで君が病人のようだ」
「あなたは、随分と顔色が良いわね。仮病という言葉がこれほど似合う人はいないわ」
「………辛辣な口調は健在で安心した。ま、これでも食べてくれ。我がシェフティエの新作ケーキだ」
「あら、気が利くわね。ありがとう」
「で、いきなりで申し訳ないが………」
「………ん?」
「弟のデリックがそこに居る。君と話をしたいそうだ」
「私をケーキで買収するなんて、良い度胸ね」
「いやそこは、知恵がついたと言って欲しい。ただ、自分で言うのも何だが、君を騙すようなことをして、今胸が痛い」
「どっちのジャンルで?」
「…………恐怖から来る不整脈で、だ」
レオナードはそう言った途端、左胸を押さえた。顔色も紙のように白い。
以前のように東屋で向かい合う私達。そしてバナナとクリームチーズのタルトを前に、本気でビビるレオナード。そんな彼に向かって、私はフォークを手にしたまま、にこりと笑みを浮かべて口を開いた。
「いやね、レオナード。私がそんなことで怒ると思ったの?」
こてんと首を横に倒して、くすくすと笑いながら目を細めれば、レオナードは信じられないといった表情を浮かべた。
「君に対して騙すようなことをしてしまったと自覚してる私としては、君が怒りを覚えること以外想像がつかなかった」
「あら、そうなの?」
「………………ああ」
レオナードがおずおずと頷けば、私はさも可笑しそうに、再びくすくすと笑みを浮かべる。けれどすぐに、渾身の力でフォークをレオナードに向かって投げつけた。
「ええ、あなたの言う通り怒っているわよっ」
「………………ああ、そのようだな。しかも、どうやら私が想像している以上だったようだ。本当にすまない」
『…………』の間にレオナードは人差し指と中指で、私が投げたフォークを優雅に受け止めてテーブルに置く。次いで、綺麗な所作で頭を下げた。けれどその翡翠色の瞳は、駄々っ子のように強い意志を持っている。絶対に我を通すと。
そんな甘ったれのお坊ちゃまに向かい、私は大仰に溜息を付きながら口を開いた。
「弟さまが私に話したいことって、何?」
「直接聞いて貰えると有難い」
「私一人で弟さまと話せってこと?」
「………………ああ。そうしてもらえると有難い」
「事と次第によったら、あなたの弟さまの原型がなくなるかもしれないわよ」
「………………弟もそれは覚悟の上だ」
「そんなに酷い内容なの!?」
「………………」
最後の問いは無言だった。じれったい気持ちで答えろと渾身の力で睨みつければ、レオナードの表情が消えた。これは黙秘権を行使するという意思の表れだった。
………………なるほど。これは口にはできない程の内容、ということか。
思わずちっと舌打ちしてしまう。本当に一難去って、また一難だ。今日、私はレオナードとこうして再会できたことを祝したいと思っていたのに。それと随分前から保留になっているレオナードの問いについても、ちゃんと話したいというのに。
けれど、さっきから視界の端にデリックが映り込んで来る。まるで、悪戯が見付かって叱られる直前の子犬のような表情を浮かべて。
しかも反対側にはアルバードまで控えている。ああ.........もう自分の未来が見えた。どうせ今回も、私がぐずぐずと不平不満を述べたところで、実力行使に出るのだろう。
けれど前回のメルヘンお母様の一件のように、甘んじて受けるつもりは無い。
「そう、わかったわ。……………でも、ケーキだけでは、足りないわ」
途端に、レオナードの眉がぴくりと撥ねた。そして表情筋が動いた瞬間を私が見逃すわけはなく、畳みかけるようにこう言った。
「ねぇ、レオナード、ここ舐めて」
そう言って私はスカートを少し持ち上げると、彼に向かって、つま先を向けた。
さて、いつもの流れなら、ここで眼前のお坊ちゃまは、感情をむき出しにして拒否するだろう。もしくは子犬のように、ふるふると震えるだろう。いや、尊厳云々の問題で本気で怒るかもしれない。────けれど、今回は違った。
「ミリア嬢、そんなことで良いのか?」
そう言ったレオナードは、ちょっと眉を上げて驚いた表情を浮かべただけだった。そしてすぐさま膝を付き、私の足首へと手を伸ばしたのだった。
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