上 下
29 / 45
寄り道の章

イケメンに告白します①

しおりを挟む
 シュウトの腕の中は暖かい。

 私を包みこんでも、まだ余ってしまうその中で、とても不思議な気持ちになる。

 私は日本に居た頃、誰かに触られるのがとても苦手だったのに。この世界でシュウトに出会ってから、それが嫌じゃなくなった。それは多分、私自身に変化があったからなのだろう。

 口を開いては閉ざす、を繰り返しながら、どれくらい私はシュウトの腕に抱かれていたのだろうか───ちゃんと話し始めたのは、黄昏からすっかり夜に変わってからだった。





「風神さんと私の先祖は、何百年も昔…富と栄光を約束するかわりに、ある約束を交わしたそうなんです。そして、その約束の証が、この衣、絢桜爛華なんです」

 絢桜爛華は神様の力が宿っている衣。我が家の御神体。だからどれだけ汚れても、傷がついても、すぐさま元通りになる。

 シュウトの腕の中で、ぽつりぽつりと話し始めた私は袖を持ち上げ衣を見つめる。そしてシュウトは、ただ黙って私の言葉に耳を傾けてくれている。

「神結の家は約束どおり繁栄しました。ちょっとじゃそっとじゃ潰れないぐらいに。でも、富を求めすぎてしまった私たち一族は、いつしか長い年月の中で何の約束をしたのか……忘れてしまった。約束を忘れてしまった事を気付かれては、風神さんの怒りをかってしまう。だから……」

 そこまで言って、一旦、言葉を止めてしまう。正直言って、一族の愚かな行為を口にするのはかなり恥ずかしい。
 
 首を捻ってちらりとシュウトを伺うと、くるりと目を向けてくれる。でもやっぱり急かしたりはしない。

 このまま口をつぐんだままでいたら、シュウトはきっと朝までこうしていてくれるだろう。でも、それに甘えるわけにはいかない。小さく息を吸って、再び口を開いた。

「だから、私の一族は怒りをかう前に、この絢桜爛花に花嫁という名の生贄をささげることにしたんです」

 勝手な話ですね、と、自嘲的に笑ってみる。

 風神さんはそのことに気付いていたはずだ。気付いていて、ずっと花嫁を迎え続けた。その真意はわからない。私にお遣いを頼んだように、他の花嫁にも取引を持ち掛けていたのかもしれない。

 かつての花嫁に聞いてみることも、風神さんに直接確認をとることもしていないので、私の推測に過ぎないけれど。

 ただ一つ言えるのは、風神さんと取引をしたのは、きっと私が初めてなのだろう。

 改めて口にしてみると、何て馬鹿馬鹿しい話なのだろうか。語る自分ですら笑いがこみあげてくる。

 けれど、シュウトは先ほどから何も言わない。だから彼が何を考えているのかわからない。私達一族を軽蔑しているだろうか、呆れていてかける言葉すらみつからないのだろうか。

 そんなことを考えていたら、ふわりと柔らかいものが髪にふれた。それはシュウトの手だった。私の髪を撫でる手つきは泣きたくなるほど優しい。その大きな手が気持ちよくて、しばらく身を任せていたけど、私は再び話を続けた。

「きっと最初は試しに……生贄を捧げてみたんだと思います。もし間違っていたら、違う方法を考えようとしていたのかもしれません。ただ風神さんに花嫁を捧げた結果、怒りを買うどころか、神結家はより一層、繁栄し続けたんです」

 怒ってくれたら良かったのに、と他人事のように思う。そうすれば、花嫁の命は救われた。私達一族も、こんな歪んだ形にならなかった。

 目に見えないものに縋るのはとてもあやふやで、不明瞭なものを支えにするのは薄氷の上を歩き続けるもの。常に不安と恐怖が付きまとう。だから、確証を得たものを正としてしまったのだろう。

「約束を思い出すより、花嫁を捧げたほうが手っ取り早いと、味を占めた神結の一族は、それから百年に一度、花嫁という名の生贄をささげ続けました。そして、私の母さまも……その一人だっのです」

 そこまでで、一旦言葉を区切ると、私は思い切って顔を上げた。

「でも、母さまは花嫁にならなかった。逃げ出したんです。好きな人と一緒になるために」

 孤独を抱えていた母さまに、手をさしのべた人がいた。そしてその相手に母さまも、特別な想を抱いた。

 詳しいいきさつはわからないけど、二人は監視の厳しい一族の目をすり抜けて、駆け落ちをした。……それで終われば良かったのに。

「でも、母さまはすぐに一族に捕まってしまった。そして私の父親は────殺されました」

 ぐっと、拳を握り締めた。
 人一人の命を闇に葬ることなど容易いぐらい、神結家の力は大きいものになっていた。一族の繁栄の為なら、多少の血が流れても誰も感情が動かなかったのだ。

 だから私は父親の顔を知らなければ、名前もどんな人だったかも知らない。

 父親の面影を追う為に、何度も鏡に映る自分の顔を見つめた。この髪と目が唯一、私に父親という存在がいたことを証明する証だったから。

 誰も私に父親について教えてくれる者はいなかった。親族の前で父親という名前を出すだけで殴られた。そして、決まってこう言われた


 黙れ、人殺し───と。


 私は生まれついての殺人者なのだ。父さまを殺し、母さまを死に追いやった。

「私ね、生まれちゃいけない子だったようです」

 風神さんの花嫁を汚して、罪のない人を殺して───お前は忌み子だとずっと言われてきた。唯一、その罪を拭えるのは、私が母さまの代わりに風神さんの花嫁になるしかない、と。

 再び、拳を握り締めた。爪が食い込んで痛い。でも、別の痛みでごまかさないと話すことができない。

 それなのにシュウトは、握り締めている私の拳を優しく解いてしまう。そして私の手を取り、辛そうな顔をした。おそらく私の掌は、爪が食い込み血が滲んでいるんだろう。

 私が大丈夫と言うよりも早く、シュウトはお互いの指を絡ませた。私が再び拳を握り締めないように。大きな手から熱が伝わり、指先から順番に強張っていた体が解れる。

「私がね、生かされていたのは、風神さんの花嫁になるためです。でも風神さんは、そんな私に取引を持ちかけてくれたんです」
「どんな取引をしたのか聞いてもいいか?」

 ずっと私の話に耳を傾けてくれいたシュウトが、静かに問うた。

「……お遣いに行ってきて欲しいって。お遣いを引き受けてくれたら、私を自由にしてくれるそうなんです」
「お遣い?」
「そうです。コキヒ国のとある人に会って来てって。それだけ」
「………………」

 だから風神さんは悪い人なんかじゃないんです。そう付け加えてみたけど、シュウトは何故か怒りを滲ませて呻くだけだった。

「……何故に」
「ん?」

 シュウトの声は怒りを含んでいて、私はその一言を言うのが精一杯だった。どうしよう、私の話が不快だったのだ。申し訳ないことをしてしまった。

 怒ったシュウトは、とてつもなく恐ろしいということを私は、十分に知っている。お説教をくらうのは、致し方ないけど、できれば至近距離でのお説教は避けたい。

 どの辺が不快だったのかとか聞く余裕もなく、もぞもぞとシュウトの腕から逃げ出そうともがくがシュウトはがっちりと私を抱えこんで離してくれない。

「何故に……瑠璃ばかりこのような想いをしなければ、ならないのか」

 そう吐き出したシュウトの声は、こちらの胸がえぐられるような、苦しげな声だった。私は顔を上げてシュウトを覗き込む。シュウトは、声よりももっともっと苦しそうな顔をしていた。

「……何故、どうしてなんだ」

 シュウトは私の目を見つめてそう呟く。それは、私に問うているわけでもなく、答えを求めているわけでもないのだろう。

 シュウトは優しい。自分だって何かを抱えているはずなのに、私の為に顔を歪ませ胸を痛めてくれる。

 風神さんがコキヒ国にとってどんな存在なのか、気になるはずなのにそれを決して私に問うたりはしない。ただ、私の言葉に、私の過去に、私の心に寄り添ってくれている。

 そんな彼に向かって私は何度も冷たい言葉を吐き、酷い態度を取ってしまったのに、彼の眼差しはこんなにも暖かい。

 カタリ、心の奥底にしまってあった箱の蓋が、完全に開いた。

 この蓋はどれだけ辛い思いをしても体を痛め続けても、絶対に蓋を開けるもんかと思っていた。一生誰にも言わず、一人で抱えて生きていくつもりだった。

 なのに、シュウトはその蓋をあっという間に開けてしまった。

 それはまるで北風と太陽。

 冷たく厳しい態度でいれば、かえって人の心は頑なになる。けれど、暖かく優しい言葉を掛けたり、態度を示すことによって人は心を動かされるもの。


「シュウト、泣かないでください」

 私は手を伸ばして、シュウトの目の端に溜まった雫を拭いながら囁いた。私にできるのは、これくらいだ。お願い───憐れまないで。同情しないで。



 私は、シュウトが胸を痛めるような人間なんかじゃない。

 認めたくないけれど私だって神結家の血を引く人間なのだ。自分勝手な我儘で傷付けることができる人間なのだ。

 悲劇のヒロインでいたいわけではない。同情されたいわけではない。

 シュウトが全てを知りたいと言ってくれた。だから私は、醜い部分もちゃんとシュウトに見せよう。それがどんな結末になっても。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

【完結】そんなに側妃を愛しているなら邪魔者のわたしは消えることにします。

たろ
恋愛
わたしの愛する人の隣には、わたしではない人がいる。………彼の横で彼を見て微笑んでいた。 わたしはそれを遠くからそっと見て、視線を逸らした。 ううん、もう見るのも嫌だった。 結婚して1年を過ぎた。 政略結婚でも、結婚してしまえばお互い寄り添い大事にして暮らしていけるだろうと思っていた。 なのに彼は婚約してからも結婚してからもわたしを見ない。 見ようとしない。 わたしたち夫婦には子どもが出来なかった。 義両親からの期待というプレッシャーにわたしは心が折れそうになった。 わたしは彼の姿を見るのも嫌で彼との時間を拒否するようになってしまった。 そして彼は側室を迎えた。 拗れた殿下が妻のオリエを愛する話です。 ただそれがオリエに伝わることは…… とても設定はゆるいお話です。 短編から長編へ変更しました。 すみません

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

【完結】騎士団長の旦那様は小さくて年下な私がお好みではないようです

大森 樹
恋愛
貧乏令嬢のヴィヴィアンヌと公爵家の嫡男で騎士団長のランドルフは、お互いの親の思惑によって結婚が決まった。 「俺は子どもみたいな女は好きではない」 ヴィヴィアンヌは十八歳で、ランドルフは三十歳。 ヴィヴィアンヌは背が低く、ランドルフは背が高い。 ヴィヴィアンヌは貧乏で、ランドルフは金持ち。 何もかもが違う二人。彼の好みの女性とは真逆のヴィヴィアンヌだったが、お金の恩があるためなんとか彼の妻になろうと奮闘する。そんな中ランドルフはぶっきらぼうで冷たいが、とろこどころに優しさを見せてきて……!? 貧乏令嬢×不器用な騎士の年の差ラブストーリーです。必ずハッピーエンドにします。

旦那様の様子がおかしいのでそろそろ離婚を切り出されるみたいです。

バナナマヨネーズ
恋愛
 とある王国の北部を治める公爵夫婦は、すべての領民に愛されていた。  しかし、公爵夫人である、ギネヴィアは、旦那様であるアルトラーディの様子がおかしいことに気が付く。  最近、旦那様の様子がおかしい気がする……。  わたしの顔を見て、何か言いたそうにするけれど、結局何も言わない旦那様。  旦那様と結婚して十年の月日が経過したわ。  当時、十歳になったばかりの幼い旦那様と、見た目十歳くらいのわたし。  とある事情で荒れ果てた北部を治めることとなった旦那様を支える為、結婚と同時に北部へ住処を移した。    それから十年。  なるほど、とうとうその時が来たのね。  大丈夫よ。旦那様。ちゃんと離婚してあげますから、安心してください。  一人の女性を心から愛する旦那様(超絶妻ラブ)と幼い旦那様を立派な紳士へと育て上げた一人の女性(合法ロリ)の二人が紡ぐ、勘違いから始まり、運命的な恋に気が付き、真実の愛に至るまでの物語。 全36話

美幼女に転生したら地獄のような逆ハーレム状態になりました

市森 唯
恋愛
極々普通の学生だった私は……目が覚めたら美幼女になっていました。 私は侯爵令嬢らしく多分異世界転生してるし、そして何故か婚約者が2人?! しかも婚約者達との関係も最悪で…… まぁ転生しちゃったのでなんとか上手く生きていけるよう頑張ります!

夫の隠し子を見付けたので、溺愛してみた。

辺野夏子
恋愛
セファイア王国王女アリエノールは八歳の時、王命を受けエメレット伯爵家に嫁いだ。それから十年、ずっと仮面夫婦のままだ。アリエノールは先天性の病のため、残りの寿命はあとわずか。日々を穏やかに過ごしているけれど、このままでは生きた証がないまま短い命を散らしてしまう。そんなある日、アリエノールの元に一人の子供が現れた。夫であるカシウスに生き写しな見た目の子供は「この家の子供になりにきた」と宣言する。これは夫の隠し子に間違いないと、アリエノールは継母としてその子を育てることにするのだが……堅物で不器用な夫と、余命わずかで卑屈になっていた妻がお互いの真実に気が付くまでの話。

探さないでください。旦那様は私がお嫌いでしょう?

雪塚 ゆず
恋愛
結婚してから早一年。 最強の魔術師と呼ばれる旦那様と結婚しましたが、まったく私を愛してくれません。 ある日、女性とのやりとりであろう手紙まで見つけてしまいました。 もう限界です。 探さないでください、と書いて、私は家を飛び出しました。

処理中です...