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寄り道の章

イケメンに説教されました②

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 飲まず食わずで人が生存できる時間は、ほぼ72時間とされている。そしてつい今しがた、風神さんは、私が意識を失って数日経っていると言った。

 慌てふためく私に、風神さんは豪快に噴き出したけれど、私は全く、全然、これっぽっちも笑えない状況なのだ。

 そんな青ざめる私に向かって、風神さんは呑気に口を開いた。 

「あ、そんな顔しなくても大丈夫、大丈夫。とりあえず生きてるし、最低限の栄養補給はしてるよ。でも、意識がある状態、つまり君はずっと寝てないね。あと、僕と繋がりやすいように、庭の桜が見える縁側に居てもらっているから、風邪引いちゃうかもね」

 とりあえずとか、最低限とか不吉な単語を並べないでほしい。
 それに私は、ずーっと縁側でぼーっとしていることになる。それは、別の意味でヤバい。相当イタイ人ではないか。

 人の眼など気にしない、というか人と深く関わり合いを持たずに生きてきた私だけど、好き込んで変人扱いされたくはない。

 更に狼狽して青ざめる私に、風神さんは今度はさも可笑しそうに口を開いた。

「ねぇねぇ、君さぁ、今、あの屋敷の連中に何ていわれてるか知ってる?儚い蜻蛉とか蛹に戻った蝶っだってよっ。うっけるぅー」

 うけないよ。全然面白くない。どうでもいい情報だけは、無駄によこしてきた風神さんに殺意が湧いてくる。

 というか、この世界に飛ばされてから私は、いきなり怪我をするわ、寝込みを襲われるわ、死にかけるわ、等々……本当に踏んだり蹴ったりだ。そこでふと気付いたことがある。

「ねぇ風神さん、私に何か恨みでもあるの?……まさか、じじいって言ったこと根に持ってる!?」
「持ってないよ!!」

 くわっと目を剥いて叫んだ風神さんだったけど、小声で【でも、ちょっとだけ傷付いた】と付け加えている。そっかやっぱり気にしていたんだ。

 疑いを拭いきれない私は、ジト目で風神さんを見つめるが、風神さんは本当にお暇したいらしく、コホンと咳払いをして話を元に戻した。 

「じゃあ、本当に限界だから行くよ。君も早く現世に戻ってねー。………あ!最後に大事な事、言い忘れてた」

 この期に及んで、まだ情報の小出しをする風神さんに私は、大概にしろという意味を込めて渾身の力で睨み付ける。石でもあったら絶対に投げつけていただろう。

「君、これ以上、約束しないでね」
「…………どーゆーことぉ?」

 虚を付いた風神さんの言葉に、一瞬きょとんとするが、すぐ尖った声で聞き返す。そんな私に風神さんは淡々と説明を始めた。

「君のいた世界より、ここでの約束は重いんだ。もちろん、口約束でもね。後から撤回はできないし、何より自分を縛るものだから。とりあえず、これまでの約束はいいよ。そう時間がかかるものじゃないし、君を縛るものでもない。でも、これからは、絶対に約束しないでね!」

 最後に人差し指を突き付けて、風神さんは言いきった。そして、そう言われた私は膝から崩れ落ちた。説明不足にも程がある。

「そういうわけだから、頑張ってねぇー」

 崩れ落ちた私を無視して、風神さんは強引に話を打ち切って本当に消えてしまった。

 そういうわけがどういうわけなのかわからない。けれど、ここに居続けてるわけにはいかない。早急に戻らなければ生死に関わってしまう。

 ということで、残された私も、のろのろと起き上がる。───さて、どうやって現世に戻ろうか。

 ぐるりと見渡しても、やはり外に続くトビラ的なものは見当たらない。……やはり、今回も落ちる的なアレなのだろうか。

 二回目ともなれば、心構えもできる。さあ来いとばかりに、両足に気合いを入れるが、足元は以前、白いままだった。



 あれ?と思ったと同時に誰かが襖を開ける音が聞こえたような気がした。








「─────……瑠璃」



 名前を呼ばれ声のするほうを振り返った瞬間に、唇に何かが覆いかぶさった。

「ふっ、ふごっむっふがっ!?」

 何するの!?と言ったつもりだったけど、すぐに口の中に液体が流れ込んでくる。慌てて吐き出そうとした私の口を大きな手ががっしりと覆った。

「いいか?むせては困る。ゆっくり飲み込め」

 私の口を塞いだ犯人は、シュウトだった。どうやらシュウトは、何も食べない私に痺れを切らして、無理矢理口の中に何かを押し込んだようである。

 口外という出口を失った飲み物の行く先は一つしかない。───私の胃の中である。

 味もわからないまま飲み込むと、シュウトはやっと手を離してくれた。けれど、ほっとしたのも束の間、今度はシュウトに息が止まる程強く抱きしめられていた。

「……良かった」

 たったそれだけの短い言葉だったけど、彼がどれくらい心配してくれていたのかが、痛いほど伝わって来た。

「ごめんなさい……ちょっと、───え?……待って、あの大丈夫っ、一人で飲めますっ」

 ちょっと不測の事態に襲われていた、と伝えようと思ったが、その前にシュウトは椀の中身を口に含むと、それを口移しで私に飲ませようとした。

 両手をシュウトの胸に押し当てて、必死にそれを止めようとするが、いつの間にかシュウトは器用に私を抱えがっちり顎を掴まれてしまった。

 問答無用で押し付けられた唇から、椀の中身が零れ私の顎を伝い胸元を濡らす。微かに薬草の独特の香りが鼻をつく。あ、椀の中身が薬湯の類かと妙に納得していたら、突然、唇にぬるりとした感触がした。

「─────………ん………んんっ」

 驚いて声を上げた途端、一気に口の中に薬湯が流し込まれる。驚き咽てしまった私の背をシュウトは優しくさする。

「大丈夫か?ゆっくり飲み込め」

 咽てしまったのは、慌てて薬湯を飲み込んだからではなく、その前の行為に問題があったから。咽ながら、そう目で訴えるが、シュウトには伝わらないらしく再び椀に口をつけようとする。

「独りで飲めます」

 そう言って椀に手を伸ばすが反対に掴まれてしまい、再び薬湯を口移しで飲まされてしまった。

 シュウトの唇を感じながら、頭の片隅で風神さんは【最低限の栄養補給はしている】と言っていたが、まさかずっと、こうやって口移しで薬湯を飲まされていたのだろうかという疑念が浮かんだ。

 その考えに、思わず悲鳴を上げたくなる。
 風神さんを引き留めたのは自分だけど、このことを知っていたら一目散に現世に戻ってきていた。
 
 心の中で特大の舌打ちがこぼれる。ただそれは、強引に口移しで薬湯を飲ませるシュウトに対してなのか、肝心なことは話さない風神さんに対してなのか、迂闊だった自分自身に対してなのかわからない。

 ただ一つ言えることは、私のファーストキスは知らず知らずのうちに終えていた、という悲しい現実だけだ。
 
 結局、私なりに必死に抗ったがシュウトの逞しい腕はびくともせず、こちらのペースなどお構いなしに次々と注ぎ込まれた薬湯をあっという間に飲み干す羽目になった。 
 
 息継ぎすらままならなかった私は、はぁはぁと荒い息を繰り返す。そんな私をシュウトはふわりと持ち上げ寝台に運んだ。それは流れるような仕草で、私は拒むことも身を固くする間すらなかった。

「まずは、ゆっくり休め」

 されるがまま横たわった私に、シュウトはそう言うと掛布を整え立ち上がる。

 あの薬湯には、睡眠薬でも入っていたのだろうか。フカフカの寝台に入れば、否が応でもトロトロと瞼が落ちていく。

 そんな私を見て、シュウトは優しく微笑み静かに部屋を後にした。

 とりあえず添い寝はなさそうだ、良かった。私は安堵の息を吐いたのを最後に、深い眠りに落ちていった。
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