上 下
56 / 61
私と司令官さまのすれ違い

★一難去ってまた一難※司令官さま目線

しおりを挟む
 ───審判開始がら数時間後。

 すっかり暗くなってしまったけれど、無事、窃盗団の審判を終えた自分は、アジェーレとケイティの3人……つまり、いつものメンバーで、この任務が終了したささやかな祝杯を上げることにした。


「かんぱーい!!」
「おっうー」
「ご苦労だった」

 それぞれが乾杯の音頭を口にして、グラスに入った酒を一気に飲み干す。

 ここは先日と同じ会議室という名のサロン。そして、テーブルには乗り切れない程の酒とつまみが並べられている。………つまり、本日も、深酒に付き合わされるのであろうか。

 うんざりとした気持ちを露骨に表してみたけれど、二人の視界にはまったく入ってないようで、好き勝手なことを口にする。

「それにしても、やるって言ってから2週間足らずで任務完了とは、さすが黒鷹の騎士さまね。マーカスに無理矢理アジトを吐かせて、たった4時間で壊滅に追い込んで。しかも、引き連れて行った部下はたった4人。これぞ愛の力ってやつかしら?ま、一方通行だけどねぇ」
「…………………」
「ま、つまりは、やればできる子だったてわけね。あとはシンシアちゃんを口説くだけね。…ぷっ。そっちのほうが大変そうだけれど」
「…………………」

 アジェーレとケイティの言葉は、褒められているのかけなされているのかわからない。思わず表情が険しくなる。

 けれど、そんな自分を無視してアジェーレは、グラスに酒を足しながら口を開く。

「で、結局、ティガリオはどうなったの?」
「ああ。余罪がかなりあるからな、今日一日では裁ききることはことは不可能だ。一先ず王都へ連行。そして、徹底的に余罪を追及して、あとは捕虜として当分は王都にとどまってもらうだろうな。幸運にも、ディガリオは官僚の息子だ。王都でも、それはそれは丁寧にお迎えしてもらえるだろう」
「あら、じゃあ外交的にも使えるカードになるってわけね。おじさま、ウハウハね。今なら新しいドレス買って貰えるかもっ。さっそく手紙書かなくっちゃ」

 ちゃっかりとしたアジェーレの言葉に、呆れた目を向ける。

 そして、良く言えばおねだり、悪く言えば恐喝の手紙を受け取った元帥は、少々不憫だと思う。

 ただ、ドレスの件について、自分はこの話は聞かなかったことにしようと心に決める。

 そんなきゃっきゃとはしゃぐアジェーレと、微妙な顔つきになった自分を無視して、ケイティが口を開く。

「あと、マーカスとジェーンはどうなったの?」
「あの二人も余罪はあるけれど、すべて些細なものだ。未来ある若者の首をそう簡単に跳ねたりはしない。まぁあの2人も共謀者ではあるから、王都近辺で、1年ほどしっかり懲役して放免ってとこだろう」

 そこですかさずアジェーレが口をはさんだ。

「ふぅーん。で、マーカスがここへ戻ってくるのと入れ違いに、あんたは任期を終えて、シアちゃんと一緒に王都へ戻る。あわよくば、シアちゃんを婚約者として、ってことね」
「悪いか?」

 逆ギレ半分、開き直り半分といった感情でじろりと二人を睨めば、大変、ぬるぬるとした笑みを向けられてしまった。
 
「まぁ頑張って。あと1年以上あるんだし。せめて、年内にイケメンくそ馬鹿ジジイって言われない関係になれば、見込みがあるんじゃない?」
「…………なっ」

 何で、彼女から投げつけられた暴言をこの二人が知っているんだ。動揺が隠せない。

「あら?この話、施設で知らない人はいないわよ」

 なんでもないことのように、さらりと言ったケイティの言葉に、この施設の通信網を一度見直さなければならないと、眉間を揉む。

「でもさぁ、こっちの任務は完了したけれど、シンシアちゃんがマーカスから貢いだお金って戻ってくるのかしら?」
「確か聞いた話だと、一年間ずっと貢いでいたんでしょ?結構な金額になるんじゃない?」

 ひぃ、ふぅ、みぃと指を折りながら、これまで彼女がマーカスに貢いだ金額を計算し始めたケイティに妙にイラつきを覚え、自分は尖った口調でそれを遮った。

「シアが望むなら、詐欺罪として訴えることもできるが、それは本人の意思がなければどうにもらなんな。まぁ、返して欲しいと言えば私の私財から渡せばいい」
「…………本音が駄々洩れねぇ」

 ニヤニヤと意地悪い笑みを浮かべるアジェーレを無視して、再びグラスに口を付ける。

 けれど、アジェーレの口は止まらなかった。

「他の男から何にも受け取って欲しくないって、素直に言えば良いのに。っていうか、あんた、独占欲強すぎ。束縛も限度を超えると嫌われるわよ」
「…………」

 これはなかなか手厳しい。特に後半が。

 思わずグラスを持ったまま硬直した自分に、ケイティが取りなすようにこんなことを言った。

「まぁ、私達がいるから安心して、ね?」
「そうそう。あんたとシアちゃんがバージンロードを歩くまで、ちゃんと応援しているからっ」
「ちょっと、待て」

 思わぬ展開にグラスを滑り落しそうになる。

「アジェーレ、お前、任務が終わったんだから、王都に帰れ」
「あーらぁ、ごめんあそばせぇー」

 そんな言葉と同時にアジェーレは、せせら笑いにも似た奇妙な笑みを唇の端に浮かべた。

「あんたのお嫁さん候補が見つかったけど、そのお嫁さん候補があんたにつれないって、おじさまに伝えたら、そりゃ喜んで、任務期間を延長してくれたわ」
「…………なっ」
「つまり、今の任務は、あんたが無事シアちゃんと結婚できるまで応援するってこと」

 華麗なウィンクでこの会話を締めくくったアジェーレとは反対に、自分は頭を抱えたくなった。
  
 ……最悪だ。本当に最悪だ。

 残りの赴任期間を全て彼女を口説く為に、この短時間で任務を完了したというのに。なぜ、小姑よろしくこの女が居座るのだろうか。

 アジェーレとの付き合いは長い。そして、血縁関係がある身内でもある。ただでさえ、身内が施設内にいるだけで居心地が悪いというのに。

 しかもアジェーレは、なかなかの性格の持ち主だ。口では応援していると言いながらも、面白おかしく自分と彼女の動向を観察しているのだ。

 絶対に、何が何でもこれを王都へ強制送還させなければ。そんなことを考え始めた突端、扉の向こうから控えめなノックの音がした。

 入室を許可すれば、警備兵の一人がとても困窮した表情でいる。

「───………司令官殿、少々宜しいでしょうか?」
「どうした?」
「シンシアさんなんですが……その……」

 歯切れの悪い部下の言葉に嫌な予感がする。

 視界の端に映るアジェーレとケイティも、訝しげに眉を寄せている。

「シンシアがどうしたんだ?早く、言え」

 そう部下に急かしながらも、心の中は言葉にならない焦燥で、ぎりぎりと軋みまわっている。

 彼女は審判が始まってすぐ、部下に指示を出して離席させた。

 政治がらみの生臭い話は、彼女に聞かせるべきではないと思ったのもあったが、何より今にも倒れそうな程、顔色が悪かったから。

 だから自室に戻って、ゆっくり食事を取るなり、睡眠をとるなりして、とにかく身体を休めて欲しかったのだが。

 ま、まさか、彼女の身に何かあったのだろうか……。

 ぞわりと背中から怖気が走った途端、部下はとても言いにくそうに口を開いた。

「そろそろお食事をお運びしようと思ったのですが……どうもシンシアさん、鍵を閉めないまま、寝ておりまして……窓も開けっ放しのようで、風が入り込んだ際に、扉が開いてしまったんです。で、今はそのような状態で……でも、あの、一応、生存確認の為、警備兵の一人が中を確認したところ、ベッドにダイブした状態で寝ております。このままでは風邪を引いてしまうか───」
「あの馬鹿っ。なんて無防備なことをしてくれるんだっ」

 気付けば自分はそう叫んで、椅子を蹴倒していた。

「伝令だ」
「はっ」
「いいかっ、絶対に誰もシンシアの部屋に入るなっ」
「はっ」
「もし、シンシアの寝顔を見た奴は、懲罰房行きだっ」
「はぁ!?」

 最後の命令に部下が、目を剥いて素っ頓狂な声を上げた瞬間、アジェーレとケイティが弾かれたように笑いだす。

「あははっはははっははっはっ、あんたそれ、職権乱用よ」
「あはっははははっ、そんなしょうもない命令下さないで、さっさとシンシアちゃんのところ行きなさいよ」

 使えるものを使って、何が悪い。それに、言われなくてもそうする。

 そう言い返そうと思ったが、自分はもう部屋を飛び出し彼女の元へと駆け出した。

 まったく、一難去ってまた一難。どうしてこう彼女は、無自覚に自分を翻弄してくれるのだろう。

 窃盗団は壊滅に追い込んだ。けれど、まだ残党がいるかもしれない。そして、ここに報復に来るかもしれないというのに。

 いつもこうだ。ちょっと優勢になったと思ったら、いつの間にか形勢逆転。こちらの心配や都合など無視して、彼女はいつも自分を全力疾走させるのだ。

 そして、絶対に敵わないと思いながらも、悔しさより愛しさが募ってしまう。───………本当に恋とは恐ろしいものだ。

 そんなことを思いながら、自分は、なりふり構わずで宿舎の彼女の元へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】うっかり異世界召喚されましたが騎士様が過保護すぎます!

雨宮羽那
恋愛
 いきなり神子様と呼ばれるようになってしまった女子高生×過保護気味な騎士のラブストーリー。 ◇◇◇◇  私、立花葵(たちばなあおい)は普通の高校二年生。  元気よく始業式に向かっていたはずなのに、うっかり神様とぶつかってしまったらしく、異世界へ飛ばされてしまいました!  気がつくと神殿にいた私を『神子様』と呼んで出迎えてくれたのは、爽やかなイケメン騎士様!?  元の世界に戻れるまで騎士様が守ってくれることになったけど……。この騎士様、過保護すぎます!  だけどこの騎士様、何やら秘密があるようで――。 ◇◇◇◇ ※過去に同名タイトルで途中まで連載していましたが、連載再開にあたり設定に大幅変更があったため、加筆どころか書き直してます。 ※アルファポリス先行公開。 ※表紙はAIにより作成したものです。

【完結】傷物令嬢は近衛騎士団長に同情されて……溺愛されすぎです。

早稲 アカ
恋愛
王太子殿下との婚約から洩れてしまった伯爵令嬢のセーリーヌ。 宮廷の大広間で突然現れた賊に襲われた彼女は、殿下をかばって大けがを負ってしまう。 彼女に同情した近衛騎士団長のアドニス侯爵は熱心にお見舞いをしてくれるのだが、その熱意がセーリーヌの折れそうな心まで癒していく。 加えて、セーリーヌを振ったはずの王太子殿下が、親密な二人に絡んできて、ややこしい展開になり……。 果たして、セーリーヌとアドニス侯爵の関係はどうなるのでしょう?

運命の番なのに、炎帝陛下に全力で避けられています

四馬㋟
恋愛
美麗(みれい)は疲れていた。貧乏子沢山、六人姉弟の長女として生まれた美麗は、飲んだくれの父親に代わって必死に働き、五人の弟達を立派に育て上げたものの、気づけば29歳。結婚適齢期を過ぎたおばさんになっていた。長年片思いをしていた幼馴染の結婚を機に、田舎に引っ込もうとしたところ、宮城から迎えが来る。貴女は桃源国を治める朱雀―ー炎帝陛下の番(つがい)だと言われ、のこのこ使者について行った美麗だったが、炎帝陛下本人は「番なんて必要ない」と全力で拒否。その上、「痩せっぽっちで色気がない」「チビで子どもみたい」と美麗の外見を酷評する始末。それでも長女気質で頑張り屋の美麗は、彼の理想の女――番になるため、懸命に努力するのだが、「化粧濃すぎ」「太り過ぎ」と尽く失敗してしまい……

船長に好かれすぎて困っています。

バナナマヨネーズ
恋愛
家の手伝いのため、イギリスに来ていた春虎は気が付くと異世界にいた。元の世界に戻るため、願いの叶う宝珠を手に入れるべく、私掠船のクルーになり宝探しをすることになるが、何故か船長のウィリアムに気にいられてしまう。周りに、男の子だと勘違いされていることを訂正が面倒だという理由からそのままにしていたが、日増しにウィリアムの可愛がりはエスカレートしていき……。「えっ、船長ってまさか男が好きな人なんですか?」「ちっ、違うから!!」 全91話 ※小説家になろう様で連載中の作品を加筆修正したものです。

入れ替わった花嫁は元団長騎士様の溺愛に溺れまくる

九日
恋愛
仕事に行こうとして階段から落ちた『かな』。 病院かと思ったそこは、物語の中のような煌びやかな貴族世界だった。 ——って、いきなり結婚式を挙げるって言われても、私もう新婚だし16歳どころかアラサーですけど…… 転んで目覚めたら外見は同じ別人になっていた!? しかも相手は国宝級イケメンの領主様!? アラサーに16歳演じろとか、どんな羞恥プレイですかぁぁぁ———

婚約破棄された検品令嬢ですが、冷酷辺境伯の子を身籠りました。 でも本当はお優しい方で毎日幸せです

青空あかな
恋愛
旧題:「荷物検査など誰でもできる」と婚約破棄された検品令嬢ですが、極悪非道な辺境伯の子を身籠りました。でも本当はお優しい方で毎日心が癒されています チェック男爵家長女のキュリティは、貴重な闇魔法の解呪師として王宮で荷物検査の仕事をしていた。 しかし、ある日突然婚約破棄されてしまう。 婚約者である伯爵家嫡男から、キュリティの義妹が好きになったと言われたのだ。 さらには、婚約者の権力によって検査係の仕事まで義妹に奪われる。 失意の中、キュリティは辺境へ向かうと、極悪非道と噂される辺境伯が魔法実験を行っていた。 目立たず通り過ぎようとしたが、魔法事故が起きて辺境伯の子を身ごもってしまう。 二人は形式上の夫婦となるが、辺境伯は存外優しい人でキュリティは温かい日々に心を癒されていく。 一方、義妹は仕事でミスばかり。 闇魔法を解呪することはおろか見破ることさえできない。 挙句の果てには、闇魔法に呪われた荷物を王宮内に入れてしまう――。 ※おかげさまでHOTランキング1位になりました! ありがとうございます! ※ノベマ!様で短編版を掲載中でございます。

ぽっちゃりな私は妹に婚約者を取られましたが、嫁ぎ先での溺愛がとまりません~冷酷な伯爵様とは誰のこと?~

柊木 ひなき
恋愛
「メリーナ、お前との婚約を破棄する!」夜会の最中に婚約者の第一王子から婚約破棄を告げられ、妹からは馬鹿にされ、貴族達の笑い者になった。 その時、思い出したのだ。(私の前世、美容部員だった!)この体型、ドレス、確かにやばい!  この世界の美の基準は、スリム体型が前提。まずはダイエットを……え、もう次の結婚? お相手は、超絶美形の伯爵様!? からの溺愛!? なんで!? ※シリアス展開もわりとあります。

魔力なしと虐げられた令嬢は孤高の騎士団総長に甘やかされる

橋本彩里(Ayari)
恋愛
五歳で魔力なしと判定され魔力があって当たり前の貴族社会では恥ずかしいことだと蔑まれ、使用人のように扱われ物置部屋で生活をしていた伯爵家長女ミザリア。 十六歳になり、魔力なしの役立たずは出て行けと屋敷から追い出された。 途中騎士に助けられ、成り行きで王都騎士団寮、しかも総長のいる黒狼寮での家政婦として雇われることになった。 それぞれ訳ありの二人、総長とミザリアは周囲の助けもあってじわじわ距離が近づいていく。 命を狙われたり互いの事情やそれにまつわる事件が重なり、気づけば総長に過保護なほど甘やかされ溺愛され……。 孤高で寡黙な総長のまっすぐな甘やかしに溺れないようにとミザリアは今日も家政婦業に励みます! ※R15については暴力や血の出る表現が少々含まれますので保険としてつけています。

処理中です...