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私と司令官さまの攻防戦

お酒は大人になってから②

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 雲の上でごろりと横になっているかのように、ふわふわとして気持ちが良い。あと、なんか意味もなく楽しい。

 なんだろうこの高揚感。特に意味は無いけれど、クスクスと笑いが止まらない。

 傍から見たら、深夜の薬草園でへらへらと笑う私はホラーでしかない。でもそれを想像すると、これまた笑いのツボを刺激される。

 そんなふうに、一人で肩を震わせていたけれど、カツンと堅い足音が薬草園に響く。あ、あと今更だけれど、この薬草園は温室で、床は大理石。

 そして、足音は最初はゆっくりだったけれど、近づくにつれ、どんどん足早になって、私のすぐ傍でピタリと止まった。

「シンシアっ、どうした!?」

 ふわんふわんに揺れていて気持ちよかったのに、突然、強く揺さぶられ無性に腹が立つ。

「あ゛?」

 若干、凄みながら目を空ければ、そこにはひどく慌てた様子の司令官さまがいた。あ、どうも、お勤めご苦労様です。 

「司令官さまぁー残業ですかぁ………へへっ」

 普段、冷静沈着を絵に描いたような司令官さまが、こんな顔をするとは珍しい。そして、ドアップでイケメンを見ても平然としていられる自分が妙に面白い。

 頭の隅で、こらこら私、ちゃんとしないと駄目でしょっと思っても、まぁいっかという緩い思考になり、へらへらと笑ってしまう。

 そんな私を見て、司令官さまは眉間に皺を刻んだ。

「…………酒臭いな」
「は?あー…アジェーレしゃんが、おいちいお酒の入ったチョコくれたんですぅ」
「なんだと!?」

 くわっと目を見開いた司令官さまは、すぐ傍に置いてあるチョコレートの空箱を手にして頭を抱えた。

「……くそっ。なんてものを、食べさすんだ。アイツ」

 そう言った後、片手で顔を覆って、司令官さまは呻くように、これをくれた持ち主の名を呼んだ。

 途端に私は不機嫌になる。

「司令官さまぁー、アジェーレしゃんを怒ったら駄目でしゅよ…………って、私、噛んでるぅ。ふはっ、ヤバイ。いひひっ」
「…………困ったな。相当、酔っぱらっている」

 膝を付いて私を覗き込む司令官さまは、言葉通り、大変、お困りのご様子だ。

 そしてその表情を見て、再びツボに入る私。薄明かりの薬草園で笑い声は、無駄に響く。

 でも、司令官さまはつられて笑うこともなく、慣れた手つきで私の背に手を入れ身体を起こしてくれながら口を開いた。

「シンシア、宿舎に戻るぞ。送っていく。立てるか?」
「やだぁー。ここで寝るぅ」
「何を言っているんだ、君は。ほらっ立ちたまえ」
「いーやーでーすぅー。ここで、ねーまーすぅー」

 いーっと子供みたいに歯を見せて、司令官さまが怯んだ隙に、ごろんと転がってみる。ああ、床が気持ちいい。

 うつ伏せになって視界が闇に覆われた私の耳朶に、司令官さまの、くそっという悪態が届く。次いで、肩を掴まれ身体が反転したと同時に、ふわりと身体が浮く。

 どうやら司令官さまは、私を横抱きにして薬草園の端にあるソファに運んでくれているようだ。

 そしてあっという間に私は、ソファに寝かされる。

「………本来なら宿舎に送っていくべきなんだろうな」

 ソファのすぐそばで膝を付いて、溜息交じりにそう呟いた司令官さまは、そのまま私の頬にかかった髪をそっと払ってくれた。されるがままの私だったけれど、ふとあることに気付いて、その大きな手を掴んだ。

「司令官さまぁー、今日は、手袋してないんですねぇ………ふっあはっ」

 いつも真っ白な手袋に包まれている手は、今日は何故か外されている。

 レアなそれに、テンションが上がった私は、司令官様の手を、むにむにと握ってみる。ちなみに、その手の持ち主は、されるがままになっている。

「うわぁ、ごっつごつしてるぅ。へっへっへっ。硬いっ。っていうか、おっきいー」
「誤解を招く発言は、今すぐやめなさい」
「へへっ……どこが誤解を招くんですかぁー。っていうか、司令官さまぁ、顔怖いですぅ。って、あはっあははっ、ヤバイ、マジでウケるっ。へへっ……」

 笑いこける私を見て、司令官さまもつられて笑みを浮かべる。

 でも思考を振り払うように、首を緩く横に振った後、するりと手を引き抜き私の目を覆った。

「………シンシア殿」
「はぁーい」
「…………頼むから、寝てくれ」

 ほとほと困り果てた司令官さまの声を聞いて、なぜだかもっと意地悪をしたくなる。

「枕が無いから、寝れませぇーん」

 目元を覆う手を剥ぎ取って、ぷくぅっと頬を膨らませれば、司令官さまは更に困った顔をする。

 でもすぐに少し考え込むように沈黙する。次いで、意を決したようにぐっと唇を噛み締めて、私の頭を抱え込む。そして、ちょびっとだけ頭を持ち上げられ、その隙間に司令官が入り込む。

 頭をそっと戻されればイイ感じの高さ。ああ、司令官さまが膝枕をしてくれたんだ。

「………これで良いか?」
「硬いですぅ。もっと、ふかふかが良いですっ。あと、ちょっと寒いですぅー…………なんちゃって。あはっ、ははっ」

 イケメンに膝枕される私。しかも、図々しくあれこれ要求を述べる私。

 それを想像したら面白くて仕方がない。そんな私に、司令官さまは、今まで見たことがない程の困惑な表情を浮かべ、これは蛇の生殺しだと呻く。…………なんですか、それ?焼いたら良いんですかね。

 ふとそんなふうに思って、とぐろを巻いた蛇の丸焼きを想像していたら、ふわりと身体が柔らかい温度に包まれる。どうやら司令官さまは、自分の上着を脱いで、私にかけてくれたようだ。すごいっ。言ってみるもんだ。

「うひょーかたたかい。いや、あかかかい?あれ?…………ふっははっ」
「暖かくて何よりだ」
「それそれぇー。司令官さま、あまた良いんですねぇー。でも、なんかこの上着、キザな匂いがするっー……へへっ」
「…………すまない。明日からコロンは控えるから、今日はこれで勘弁してくれ」
「はぁーい。あー……司令官さま、寒くないんですかぁ?」
「………大丈夫だ。気遣いに感謝する」
「めっそおうもごじゃりませぇ…ん?………へへっ。また噛んだ……あはっ、ははっはっ」
「………………」

 もう好きにしれくれといった感じで無言になってしまった司令官さまが、ちょっと寂しくて、私は子供のように、大きな手を握る。

「司令官さまぁー」
「な、なんだ?」

 びくりと身体を強張らせた司令官さまに、私はにやりと笑う。

「へっへへっ……呼んでみただけです」
「……………………」

 さすがにムッとしてしまったかなっと思ったけれど、司令官さまは、なぜかとっても優しい目になった。

「シンシア殿」
「はぁーい」
「……シアって呼んで良いか?」
「ふふっあはっ、どうしよっかなぁー……あー、司令官さまのこと、アルって呼んでいいなら良いですよぉ」

 思い付きで口にしたのに、司令官さまは意外そうに目を見開いた。でもすぐに、ふっと目を細める。

「構わない。そう呼んでくれ」

 司令官さまの掠れた声と、急に真顔になったその表情に、私はなぜか不安に駆られる。

 ここで、なんか大事なことを考えないといけないと、もう一人の真面目な私が咎めてくる。でも、なんだかそれを考えるのが怖くて、私は自分の気持ちを誤魔化すように無駄に大きな声を出す。

「いやそこは、『なんでやねんっ』てツッコミを入れるとこでしょ!?っん、もうっ。司令官さまは、頭が固いなぁ」
「…………それは申し訳ない」

 変な間の後、素直に謝罪を口にした司令官に、私は次に口にしたい言葉があった。………あったのだけれど、忘れてしまった。なぜなら、急に眠気に襲われたから。

「ふぇー……まぁ、良いですよ。じゃあ、寝ます。おやす……────」

 そんなふうに一方的に喋り散らかした挙句、【み】まで言い切れなまま、私の意識はプツンと途切れてしまった。

 ちなみに、その翌日、私が自分のしでかしてしまった数々の出来事と、人生初めての二日酔いで頭を抱えてしまったのは、言うまでもない。
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