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私と司令官さまの攻防戦
夕方の薬草園①
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薬草園に向かう為に、裏庭に回って柵に取り付けられた小さな扉を開けながら、空を見上げる。太陽は殆ど沈んでしまって、もう夜の帳がすぐそこまで近づいている。
でも勝手知ったる薬草園なので、怖いこともない。ただ念のために、私はランプを手にして、マイ薬草園に向かう。
途中で、勝手に居ついてしまったペットのノラこと、2代目ヤギをひと撫でする。ただ、ノラはお食事中だったので『メェー』ではなく『メッ』と叱られてしまった。ちょっと切ない。
そんな一件があったけれど、無事に目的地に到着した私は、普段ベンチ代わりに使っている、切り株に腰かけて、ふぅっと息を吐く。なんだか、とっても疲れた。
ここ最近の司令官さまの件で疲労困憊のところ、ついさっきのマーカスのあの出来事で、私は超が付くほどにヘロヘロだ。
軽く目を閉じて、身体を弛緩させるために足を投げ出す。
でも、そうやって身体を楽にすれば、否が応でもさっきのことを思い出してしまう。
私は、ずっと心の中で決めていたことがある。もし仮にまたマーカスにあったら、こう言ってやるつもりだったのだ。
『ねえ、あの時の見せてくれた笑顔は嘘だったんでしょっ。最低っ。大っ嫌いっ。もう、嘘の言葉なんていらない。あなたの素直な気持ちをちゃんと教えてっ』
そう、詰って、問い詰めてやるつもりだった。
でも、本当はこうも思っていた。ほんの少しだけでも、あなたが罪悪感を持って、私に謝ってくれたらって。そして、そんな私を見て、好きだと言ってくれないかなって―――。ちょっとだけ期待していた。
でも、そうじゃなかった。
私は思っていた言葉を欠片も伝えることができなかったし、マーカスの口から出た言葉は、耳を塞ぎたくなるようなものだった。
『あのさ、隣の街に行って、ちょっと人稼ぎしてきてくれない?』
隣の街───それって、娼婦街のこと。
彼は私に体を売ってお金を稼いでこいと言ったのだ。なんの罪悪感も持たず、そして私が断るわけがないという前提のもとに。
あの時、私が『そんなの酷い』と言って泣いていたら、彼はどうしていただろう。そんなことをふと思う。
私の涙を見て、焦ってくれただろうか。取り乱してくれただろうか。謝って、言い訳して、自分がどれほど酷い言葉を吐いたのかを気付いてくれたのだろうか。
そして、私が自分の元にお金を運んでくれるだけの、ただの都合の良い人形のような存在じゃないということも気付いてくれたのだろうか。
そこまで考えて、首を横に振る。ちゃんとわかっている。どれだけ泣いても、どれだけ訴えても、マーカスには私の気持ちなんか届かないことを。いつだって――きっとこれからも、彼にとって私は都合の良い存在なのだ。
そう。わかっている。なのに…………どうして私は、夢を見てしまったんだろう。あんな辛い言葉を吐かれたというのに。
そしてまた、今日のようにマーカスと再会すれば、そう思ってしまうのだろうか。期待してしまうのだろうか。くり返し、飽きることもせず、バカのひとつ覚えみたいに。
そう思ったら、限界だった。
「っ………うっ、ふぇっ………うっうっ」
胸の痛みに耐え切れなくなった私は、両手で口元を押える。ても、嗚咽は止まらないし、涙もぽろぽろ溢れてくる。
あれだけ泣いて、涙なんかもう出ないと思っていたのに。
そしてあんなヤツのために泣きたくないと思っていても、自分の意志とは関係なく涙が止まらない。
でも、早く泣き止まないと。赤い目をして、家に戻れば、きっと『どうしたの?』と聞かれてしまう。母にも、弟にも。
そんなことばかり考えている私は、背後から近づいて来る足音にまったく気付くことができなった。
「────……ここら辺一帯が全て薬草だなんて、圧巻だな。王都でも、こんな規模の薬草園はない。本当にすばらしいの一言に尽きる。君もそう思わないか?シンシア殿」
「……っ!?」
飛び上がらんばかりに驚いて振り返った先には、司令官さまがいた。
でも勝手知ったる薬草園なので、怖いこともない。ただ念のために、私はランプを手にして、マイ薬草園に向かう。
途中で、勝手に居ついてしまったペットのノラこと、2代目ヤギをひと撫でする。ただ、ノラはお食事中だったので『メェー』ではなく『メッ』と叱られてしまった。ちょっと切ない。
そんな一件があったけれど、無事に目的地に到着した私は、普段ベンチ代わりに使っている、切り株に腰かけて、ふぅっと息を吐く。なんだか、とっても疲れた。
ここ最近の司令官さまの件で疲労困憊のところ、ついさっきのマーカスのあの出来事で、私は超が付くほどにヘロヘロだ。
軽く目を閉じて、身体を弛緩させるために足を投げ出す。
でも、そうやって身体を楽にすれば、否が応でもさっきのことを思い出してしまう。
私は、ずっと心の中で決めていたことがある。もし仮にまたマーカスにあったら、こう言ってやるつもりだったのだ。
『ねえ、あの時の見せてくれた笑顔は嘘だったんでしょっ。最低っ。大っ嫌いっ。もう、嘘の言葉なんていらない。あなたの素直な気持ちをちゃんと教えてっ』
そう、詰って、問い詰めてやるつもりだった。
でも、本当はこうも思っていた。ほんの少しだけでも、あなたが罪悪感を持って、私に謝ってくれたらって。そして、そんな私を見て、好きだと言ってくれないかなって―――。ちょっとだけ期待していた。
でも、そうじゃなかった。
私は思っていた言葉を欠片も伝えることができなかったし、マーカスの口から出た言葉は、耳を塞ぎたくなるようなものだった。
『あのさ、隣の街に行って、ちょっと人稼ぎしてきてくれない?』
隣の街───それって、娼婦街のこと。
彼は私に体を売ってお金を稼いでこいと言ったのだ。なんの罪悪感も持たず、そして私が断るわけがないという前提のもとに。
あの時、私が『そんなの酷い』と言って泣いていたら、彼はどうしていただろう。そんなことをふと思う。
私の涙を見て、焦ってくれただろうか。取り乱してくれただろうか。謝って、言い訳して、自分がどれほど酷い言葉を吐いたのかを気付いてくれたのだろうか。
そして、私が自分の元にお金を運んでくれるだけの、ただの都合の良い人形のような存在じゃないということも気付いてくれたのだろうか。
そこまで考えて、首を横に振る。ちゃんとわかっている。どれだけ泣いても、どれだけ訴えても、マーカスには私の気持ちなんか届かないことを。いつだって――きっとこれからも、彼にとって私は都合の良い存在なのだ。
そう。わかっている。なのに…………どうして私は、夢を見てしまったんだろう。あんな辛い言葉を吐かれたというのに。
そしてまた、今日のようにマーカスと再会すれば、そう思ってしまうのだろうか。期待してしまうのだろうか。くり返し、飽きることもせず、バカのひとつ覚えみたいに。
そう思ったら、限界だった。
「っ………うっ、ふぇっ………うっうっ」
胸の痛みに耐え切れなくなった私は、両手で口元を押える。ても、嗚咽は止まらないし、涙もぽろぽろ溢れてくる。
あれだけ泣いて、涙なんかもう出ないと思っていたのに。
そしてあんなヤツのために泣きたくないと思っていても、自分の意志とは関係なく涙が止まらない。
でも、早く泣き止まないと。赤い目をして、家に戻れば、きっと『どうしたの?』と聞かれてしまう。母にも、弟にも。
そんなことばかり考えている私は、背後から近づいて来る足音にまったく気付くことができなった。
「────……ここら辺一帯が全て薬草だなんて、圧巻だな。王都でも、こんな規模の薬草園はない。本当にすばらしいの一言に尽きる。君もそう思わないか?シンシア殿」
「……っ!?」
飛び上がらんばかりに驚いて振り返った先には、司令官さまがいた。
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