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物語のはじまり

面接は本音でぶつかります②

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 面接志望だと!?このイケメン、なんて面倒なことを聞くんだ!! 

 ───………と、思ったのは一瞬。よくよく考えたら、志望もなしに面接を受けに来るほうが、どう考えてもおかしい。

 ヤバいっ。なんかこう適当に受けの良いことを言わないと。あ、でも『別に』的なちょっと感じ悪い対応をすれば、望み通り不採用になるかもしれな……だっ、ダメだ。私、お父さんからの紹介状を持参しているんだった。

 迂闊な私の発言一つで、父が職を失ってしまうかも。最悪、そのショックから父が私に代わって、裏山でニート生活になってしまう。じゃあ、やっぱり、まともなことを言わなくてはっ。

「あの……えっとぉ………志望動機は………」

 とりあえず口を開いてみたものの、続く言葉が出てこない。

 そして脳裏にちらつく、父の顔。眼前にはイケメン面接官。しかも、さぁさぁ早く言えとばかりに無言の圧力が半端ない。思わず背中から嫌なジャンルの汗が流れる。

 ああああああああっ!もう、どうしよう。何も思いつかないっ。

 無駄に追い詰められた私は、もう頭の中が真っ白状態。そして、何かがプツンと切れてしまい、気づいたらこう叫んでしまっていた。

「私、失恋したんですっ。で、山に籠る前に、記念面接をさせていただきましたっ!」

 ───シーン。

 はっと我に返った時には、時すでに遅し。室内は重苦しい静寂に包まれていた。

 ………あ、やべぇ。これ一番言っちゃいけないヤツだった。

 そぉーっと面接官の皆様を右から順番に見つめると、全員揃いも揃ってぽかんと口を開けていた。それを一言で表すなら【唖然】。この言葉しか見つからない。

 けれど、一人だけ表情を全く変えない人がいる。それは、真ん中にいるイケメン面接官。

 正直言って、無表情でいられるよりも、何かしらのリアクションを求めてしまう自分は、少々我儘なのだろうか。

 と、一瞬、他事に気を向けたけれど、イケメン面接官がじろりと私を睨みつける。そして、小さく息を吐いた。

「………………なるほど」

 えっと、コメントそれだけですか?

 思わずそう聞きたくなるほど、淡々として感情の読めない口調だった。

 そして両端にいる面接官のおじさん達も同じことを思ったのだろう、ぽかんとした顔のまま首をこてんを傾けた。

 軍服を着た厳ついおじさん達が、一糸乱れずにそうされれば、なぜか笑いのツボを刺激する。でもここで笑うわけにもいかない。これはある種の拷問だ。

 ということで腹筋に痛みを感じた途端、イケメン面接官さまは再び口を開いた。

「では、合否を伝えることにしよう。シンシア・カミュレ殿、この度の面接の結果………」
「はい」

 妙な間が置かれ、思わずごくりと唾を呑む。

 まぁでも、あんなやらかし発言をしてしまったのだから、間違いなく不採用だろう。でも、いざ面と向かって言われるのは少々辛い。

 できれば、後ほど書面で云々というド定番の台詞を期待してしまう。

 けれど、イケメン面接官の口から出た言葉は、まさかのまさか、だった。 

「採用、だ。本日、本時刻をもって君は私の秘書として勤務してもらう」
「は?」

 採用ですと?そんでもって秘書ですと?

 どうしたこのイケメン。頭でも沸いたのか。

 そんなことを心の中で呟きながら、くらりとめまいを覚えた私だけれど、おじさん面接官達は、そそくさ席を立つ。

 そして、ふうやれやれといった感じで一斉に出口に向かい始めてしまった。

 いやいやいやいや、おっさん達、ちょいと待て。

 ここは『なんでやねぇーん』的なツッコミを入れるとこでしょ!?あと、ペスとミミの肖像画を、面接官同士で見せ合うのは、今じゃなくてもよくね?

 っていうか、ぐだぐだ過ぎるこの展開に私は泣き出したい。何が悲しくて、イケメンの秘書なんてやらなければならないのだろうか。

 …………あの……誰か教えてください。

 という気持ちを凝縮して、面接官のおじさん達に手を伸ばしてみたけれど、私に返ってきたのは、パタンッという扉が閉まる音だけだった。


 さて、残されたのは、私とイケメン面接官の二人。………私、今、ものすごく死にたい。

 だが、死ぬ前にここは一つ悪足搔きをしてみる。

「あのぉ…………一つ良いでしょうか?」
「なんだ?手短に頼む」

 おずおずと手を挙げれば、イケメン面接官様はちょっと眉を上げて、続きを促してくれた。

「では、お言葉に甘えて単刀直入に聞きますが、私が辞退するっていう───」
「却下」
「はい!?」

 思わず声を上げた私に、イケメン面接官は眉間に皺を刻みながら、一方的な持論を展開し始めた。

「君がここに面接に来たということは、この施設で働く意思があるからだ。そして、私はその気概を買って採用した。つまり、君から辞退をするなど言語道断だ。そして君は今後、私の許可なく退職することはできない」
「………嘘」
「嘘ではない。ここは一つ腹を括ってもらう」

 そんな横暴な発言に、括れる腹など持ち合わせてはおりません。

 状況を忘れ、思わずジト目で睨んでも、イケメン面接官は不敵に笑うだけ。そして再び語り出した。

「とはいえ、今の時刻は既に正午を過ぎている。実際の業務は明日からで結構。本日は、当面の荷物をこちらへ移動する時間に充ててくれたまえ。今後、君はここで住み込みという形で働いてもらう。…………ほかに、何か質問は?」

 最後に向けられた質問は、何だか取って付けた感じのものだった。

 が、しかし、私はそのニュアンスはきちんと無視して、質問させてもらう。

「あの………私の幻聴だったら申し訳ありませんが、今、住み込みと聞こえたような気がしたんですが、これは何かの間違いですよね?」
「いや。間違っていない。君は今日から私の秘書となった。そして、ここで勤務する者は、皆、この施設内で生活をしてもらう。これは軍の規定だ。そして、君もここに所属するからには、軍事規則に従ってもらおう。詳しい内容については、後程冊子を渡すのでしっかり目を通しておきたまえ。では、他に質問がないようなら、以上とする。ごくろうさま」

 ごくろうさまって………オイ!!

 まだ話は終わっていないっ。っていうか、嫌だっ。イケメンの秘書なんてやりたくないっ。

 100歩譲ってここで働くから、秘書以外の仕事でお願いしますっ。皿洗いとか結構、得意なんでっ。

 ………てなことを独り心の中で叫んでいたけれど、気付けばイケメン面接官様の姿は消えてしまっていた。

 そして、ヤリ捨てならぬ、言い捨てされた私は、しばらくの間、流れる雲をじっと見つめることしかできなかった。
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